第3話 ジュルク村.2
「マサトさん」
「マサトさん、起きてください」
名前を呼ぶ声がする
「マサトさん、起きてください」
「はい…」
辛うじて声を出す
「マサトさん、おはようございます」
「はい、おはようございます」
取りあえず返事はしたが誰だろう?
薄暗い部屋の中で体を起こして胡坐をかく
硬い布団に見知らぬ部屋
扉の向こうで声がする
扉を開けて外に出ると、見たことが有るような人たちがいる
「マサトさん、おはようございます」
細身で目が線の人、ジョンさんが声を掛けてくる
「おはようさん、朝食は出来てるよ」
ふっくらぽっちゃりのリヨンさんの奥さん
「早起きは苦手か?」
赤髪で筋骨隆々のおっさん、リヨンさん
「おはようごさいます、すいません苦手です」
背中を伸ばしながら答える、背中が痛い
「顔洗ってこい、それから飯だ」
リヨンさんが台所の奥を指さす
台所の奥には水差しと木桶が置いてあった
横には手拭いと房の付いた木の枝が置いてある、どうやら歯ブラシのようである
顔を洗い歯を磨いて食卓につく
テーブルには目玉焼きとソーセージとライ麦パン
食べ終わるのをジョンさんは待っててくれた
黒地にイエローラインのジャージから村人の服に着替えると奥さんに笑われる
「あら、普通の村人になっちゃったわね」
「ただの村人に見えるぞ」
リヨンさんも笑う
・
ジョンさんに連れられて山の中を徘徊する
ジョンさんは、ブツブツと独り言を言っている
たびたびしゃがんでは地面を調べる
立ち止まり、周りを見回す
しばらくすると片膝を付いてしゃがむ
右手の平をこちらに向ける
止まれって事かな?
俺もその場にゆっくりをしゃがむ
ジョンさんは右手で矢筒から矢を取り出す
また、ブツブツと独り言を言っている
ゆっくりと弓を構えて
放つ
何処を狙ってるかわからん
ジョンさんは立ち上がり速足で歩き出す
50メートルほど歩くとシカが倒れていた
頸を射抜かれていた
「マサトさん、お願いします」
ジョンさんは鹿の頭を斜面下に向けてから矢を抜いて、頸動脈を切る
「へ?」
「運搬魔法です」
「あーはい」
集中してシカを運ぶイメージを思い描く
運搬…持ち上げる…持ち上がる…浮かす…フワッと…スーッと浮かぶイメージ
”運べ、運べ、湧き上がる風、我に従いて、運べ、祖の風”
(”運べ、運べ、湧き上がる風、我に従いて、運べ、祖の風”)
鹿がスーッと浮かび上がる
俺の意識で高さが変わる…上がったり、下がったり
ジョンさんは浮いている鹿の首を抑えて低くしている
血だまりが出来ていく
しばらくしてから、ジョンさんの先導で森を進む
「こっちです、急ぎましょう」
結構な速度で森を進む、呼吸で忙しくて声も出ない
血が出やすいように鹿の足を上に頭を下にして運んでいる
魔法の集中もあって、付いていくで精いっぱいである
運動不足に魔法の集中である、しんどい
森を抜けて小道に出る、そのまま川に向かう
「こっちに」
ジョンさんは岩場に荷物を置いて短刀を握って手招きする
慣れた手つきで鹿の腹を裂き、内臓を取り出す
「こっちです」
次は小川の中に案内されて膝上まで深さのある場所まで鹿を運ぶ
「頭の向きを上流にして沈めてください」
ジョンさんに言われるまま向きを変え、鹿を川に沈める
ジョンさんは鹿を洗いながら石を詰めていく
川下に血が流れていく
内臓を土に埋めてから、手と短刀を洗う
「こんな感じです、次行きましょう」
なるほど…よくわからなかった
もう一頭ほど鹿を処理してから村に戻る
井戸で干し肉の塩抜きをしていたマリーさんとエリシャちゃんと合流する
「それでは、昼過ぎに迎えに行きます」
エリシャちゃんに手を引かれてジョンさんが家に戻って行く
「はい」
答えてリヨンさんの家に向かうが足が重い
山歩きは、しんどかった
・
リヨンさんの家に戻ると奥さんが昼の準備をしていた
「食べるだろ?」
リヨンさんの奥さんは俺の顔を見て、ライ麦パンの籠をテーブルの上に置く
厨房に戻ってスープを入れてくれる
スープと匙をテーブルに並べて、煮出し茶をカップに注いでくれる
「先に食べちゃいな」
「いただきます」
俺は野菜のスープをライ麦パンでこそいで食べる
煮出し茶を飲んで、マッタリである
「食器は風呂の所の井戸で洗うんです?」
食器を重ねて椅子から立ち上がる
「いいよいいよ、まとめて洗うから置いといておくれ」
「それよりもルーアンさんの所に行って薪の束を2つ貰ってきてちょうだい」
「家はジョンさんの家の隣だよ」
「りょうかいです」
ルーアンさんの家に向かうとする
…
ルーアンさんの家も田舎の特有の入り口の扉が空きっぱなしである
中を覗いて声を掛ける
「ごめんくださーい、薪の束を2つください」
「はーい、ちょっと待ってねー」
家の奥から声が聞こえる
…
暫くして赤錆色の髪に赤錆色の髭の女性が現れた
樽の様な体格におっぱいが付いてる、ルーアンさんの奥さんだと思う
「はいはい、おまたせおまたせ」
ドワーフは女性にも髭が有るのは本当だったのかと
産毛ではない、はっきりとフサフサの髭である凄い違和感を感じる
「薪なら納屋だよ、ついてきな」
ドワーフは背が低い120センチメートルくらいだろうか
ポテポテ歩く姿が何かコミカルである、納屋に歩いていくので後を追いかける
「好きなだけ持っていきな」
「炭も有るけど、まだいらないかい?」
さあどうぞと言わんばかりに手を広げる、納屋の中には薪が天井まで積んである
「大丈夫だと思います、今日は薪を2束ほど貰っていきます」
左右の手に一束ずつ持って納屋を出る
「ありがとうございます」
「あいよー」
薪を両手に持ってリヨンさんの家に戻る
今日もいい天気である、未舗装の道をエッチラオッチラと歩いていく
「薪は何処に置きましょう?」
入り口からリヨンさんの奥さんに声を掛ける
「その辺に置いといておくれ」
「りょうかいです」
壁際に薪を置いて、呼ばれた気がして振り返る
ジョンさんがこちらに歩いてくるのが見える
「では、ジョンさんの所に行ってきます」
「はいよ、いってらっしゃい」
・
午後はジョンさんと鹿の回収から始まった
川に沈めた鹿を二頭回収して運搬の魔法で井戸まで運ぶ
鹿の首にロープを掛けて、井戸の屋根の梁に掛ける
二頭ともに梁に吊り下げてから魔法を解除する
「本当に便利な魔法ですね、ここまで出来るとは思いませんでした」
ジョンさんが感心したように話しかけてくる
「自分も初めて使いまして、本当に便利ですね」
俺も肉体労働しなくていい魔法の素晴らしさを噛み締める
150キロ近くある肉を生身で運ぶとか無理だからね
「そうですか…なるほど」
「何か?」
あぁ、運搬魔法ではなくて…俺か?
此処まで出来るとは思われてなかったのね
初心者に毛が生えた程度だしな…しゃーなしだな
「いえ、では鹿の皮を剥いでしまいましょう」
ジョンさんは何やら少し考えてから作業を再開した
後ろではマリーさんとエリシャちゃんが解体の準備を始めている
ジョンさんは首と足首をクルッと短刀で切れ目を入れる
内臓を取った腹の切れ目を延長して首まで切れ目を入れる
同様に腹の切れ目から足首まで切れ目を入れる
上から下へ、指で毛皮を剥いでいく
「さっ、やってみてください」
剥いだ皮から肉をこそぎながら、ジョンさんが言う
傍らではマリーさんが包丁を持った手を組み、何か呟き祈りの様なものを捧げている
祈り?感謝?
丸裸の鹿は梁から下ろされ部位ごとに解体されていく
エリシャちゃんは骨を受け取り肉をこそぐ
「えっ、俺ですか?」
マリーさんとエリシャちゃんを見てから聞き返す
「何事も経験です」
ジョンさんは短刀を俺に差し出してくる
「はい…」
仕方がない短刀を握り、皮剥ぎに挑戦する事にする
…
なんとか鹿から皮を剥ぐころには隣の鹿の解体は終わっていた
気が付くと井戸には奥様方とお子様が集結していた
「お疲れ様」
ジョンさんは鹿の皮を受け取り肉をこそぎ始める
「代わりますね」
マリーさんが笑顔で梁から鹿を下ろし解体を始める
エリシャちゃんからは塩の入った桶を渡された
「ありがとう」
「ん」
頷いて答えてくれる
椅子に腰かけて肉に塩をすり込みながら桶に入れていく
ジョンさんは毛皮を納屋に持っていく
脳味噌はなめすのに使うとかで一緒に持って行った
「大変な仕事ですね」
肉に塩をすり込みながらマリーさんに話しかける
「そうね…でも、死ぬ危険が少ないから冒険者をやってた時よりいいわね」
「マリーさん、冒険者だったんですか?」
「あら?この村は元冒険者の村よ?」
「なるほど、どうりで皆さん強そうだと思ってましたよ」
「うちの人もひょろっとしているけど、レンジャーやってたのよ」
「なるほど…鹿を仕留めるのが一発でしたから驚きましたよ」
「うふふ、そうね」
夫自慢で嬉しそうである
「さてと…解体終了」
気が付いたらマリーさんの解体は終わっていた
この世界の人達の体力も筋力も半端ない、異常である
2人とも線が細いのに疲れ知らずでドンドン処理していく
肉は塩漬けに燻製
骨は煮て綺麗にして売るそうな
脂肪も集めて蝋燭や石鹸にするとか
分担作業で鹿を処理していた
ジョンさんはウサギを2羽持って帰ってきた
この村唯一の獣人、アランさんと何か話している
傍らには第一村人の少年、マリアンさんの息子のジョーイ君がいる
風呂用とはまた別の小さなドラム缶で骨を煮ている
・
ガタガタと馬車が村に入ってくる音が聞こえる
音は木の塀の向こうで止まる
リヨンさんの叫ぶ声が聞こえる
「エラ!マリアン!治療だ、治療魔法を掛けてくれ!」
「エラ!居ないのか?!」
「マリアン!来てくれ!」
呼ばれたエラさんとマリアンさんが急いで塀の向こうに向かう
みんなも不安げについていく
俺もみんなについて塀の向こうに向かうと馬車の上では既に治療が始まっていた
ルーアンさんの腕に刺さった矢を抜きエラさんが治療魔法を使っていた
傷口はカサブタに変わり包帯代わりの麻布で傷口を固めている
もう一人のケガ人、ライカーさんは重症である
右の胸に矢が2本刺さっており、リヨンさんも抜くのを躊躇している
「マリアン、何とかならないか?」
リヨンさんがライカーさんを見つめながらマリアンさんに聞く
血を吐くライカーさんは苦しそうだ
「ごめんなさい、私の治癒魔法では…ごめんなさい」
マリアンさんが泣きながら謝っている
「あたしらの治癒魔法では内臓までは癒しきれないから」
ルーアンさんの治療を終えたエラさんも首を振っている
「ライカー…、ライカー…」
奥さんと思わしき女性が泣きながらライカーさんの名前を繰り返し呟く
他のご奥様方に抱きしめられている
何か諦めモードである
治療魔法では治せないものなのかシスに聞いてみる
(シス、治癒魔法では回復できないのかな?)
(いえ、東雲真人様ならできます)
(そっか、できるんだ)
出来るのなら試してみようと思う
矢の刺さったままのライカーさんの傷口に集中する
今まで見た漫画や画像や動画の内臓、人間、動物、問わず肺を思い出すように
昨日、今日見た鹿や兎の内臓の肺を思い出すように
穴が塞がる様に…細胞が盛り上がる様に…刺さるイメージを逆回転のイメージ
修復されるイメージ…モコモコモコと…傷が消えていくかのように
”癒せ、癒せ、彼の傷を、踊れ、踊れ、命の鼓動よ舞い踊れ”
来た!
「矢を二本同時に抜いてください」
リヨンさんに聞こえるように大きな声で伝える
「なんだ?」
リヨンさんが声の方向を探している
スルリとジョンさんが馬車に乗り込み矢を掴む
ライカーさんの口に木の棒を挟み込む
「1・2・3の3で抜くよ」
ジョンさんがリヨンさんに告げる
「おう」
リヨンさんも覚悟を決めた顔に変わる
合図の3に合わせて治療魔法を発動する
(”癒せ、癒せ、彼の傷を、踊れ、踊れ、命の鼓動よ舞い踊れ”)
「ぐぅっ!」
ライカーさんの呻き声、血が胸から噴き出る
ライカーさんは淡い光に包まれる…そのまま、ぐったりとして動かない
「大丈夫だ」
リヨンさんが確認するかのように呟く
なんとかライカーさんの息は有るようである
馬車を囲む人々から安堵の声が漏れる
泣き崩れるライカーさんの奥さんを奥様方が支えている
・
鹿を運搬した魔法でゆっくりとライカーさんを家に運び布団に寝かす
「安静にしてもらって、様子を見てください」
「まだ治癒魔法が必要になるかもしれません」
ライカーさんの家の入り口でライカーさんの奥さんに伝える
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
しかし、ライカーさんの奥さんには通じていないだろう
何度も何度も俺に礼を言いながら頭を下げるばかりである
「後はやるから大丈夫だよ」
エラさんがウインク1つ、代わりに答えてくれた
「ありがとうございます、後は大丈夫です」
マリアンさんもお礼を言って家の中に入って行った
「マサト、来てくれ」
渋い顔で話しかけてくるリヨンさんに連れられてリヨンさんの家に向かう
・
リヨンさんの家で、またしても3人でテーブルを囲む
リヨンさんに、ジョンさんに俺である
リヨンさんがテーブルに両手を付いて深々と頭を下げる
「まずは礼を言わせてもらう、ライカーを助けてくれてありがとう」
「矢を抜く際の激痛で死ぬ可能性もあったが、致命傷だった…死は確実だったろう」
おっと、そういえば麻酔の存在を忘れていた
ショック死しなくて本当に良かった
「いえ、運がよかったんです…死なないで良かったです」
人助けが出来て何よりだと思うばかりである
「運ね…」
ジョンさんが何かを考えながら、呟く
「それでなんだが…お前は、何者なんだ?」
唐突ながら、リヨンさんが聞いてくる
「いや、恩人に言う言葉じゃないのだがな」
「最初はフランクに雇われた魔術師かと思ったが…違うみたいだしな」
リヨンさんが言葉を濁しながら話す
そうか、そっちで疑われていたのかと
「おまえは、何か…お人好し過ぎる、人を疑わなさ過ぎる」
そんなひねくれていないし、俺としては普通だと思うが
リヨンさんは真面目な顔で言うのでお人好しなのかなととも思うかな
「世界というか世の中を知らなすぎる、悪意に疎い…そんな気がする」
こっちの世の中は確かに知らないけど、普通の日本人はそんなものです
悪意や疑心暗鬼で生きてる世の中の方が変だと思うんですよね
「しかも、あからさまに怪しい格好で”魔法使いです”と言われてもな」
ポリエステル100%のジャージですからね
蛍光イエローのラインも入ってたし
後は…塩化ビニルのサンダルですし
それはしかたない
「それで…お前は、何者なんだ?」
リヨンさんが眉間に皺を寄せている
「変な格好の魔法使い?としか言いようもなく、すいません」
しかし何物も言われても何と答えていいのやらである
「まあ…そうか」
リヨンさんが黙り、沈黙が始まる
…
ジョンさんが代わって喋り出す
「マサトさん…この村にいる大人たちは皆、何かしらの魔法が使えます」
あら?魔法ってそんなに気軽なモノなの?
「なので、ある意味ですが…みんな”魔法使い”です」
確かにそうですねと
「もちろんですが、魔法が使えない人も世の中には沢山います」
ふむ、使えない人も居るのか
「しかし熟練の冒険者であれば最低でも強化魔法は使えます」
「なので魔法を職業としている人でも、”魔法使い”と名乗る人は居ません」
あぁ…そういうことか
ジョンさんの狩りの最中の独り言も
マリーさんの鹿の肉を解体する前の祈りも
強化魔法だったのか
なるほど
「それと…カーゴの魔法では荷物の高さを変えたり、向きを変えたり出来ません」
「ですので、マサトさんが使っていたのは高位魔法のフライだと推測します」
あれ?カーゴではなかったのかと
魔法も正規に覚えないといけないなと考える
「さらに…ライカーを救ってくれた治癒魔法ですが」
「致命傷を治療できるのは高位の治癒魔法です」
「はあ」
なんとも居た堪れない沈黙が流れる
…
リヨンさんが嫌な空気を終わらせてくれた
「べつに責めているわけじゃねぇんだ、まあ…この話は止めておこう」
「そうですね、どうやらマサトさんは僕らの味方の様ですし」
ジョンさんも雰囲気を和らげてくれる
「はあ、すいません」
恐縮である
「それで、襲ってきたのはネイサン…ではないですよね?」
ジョンさんが話を変える
「ああ…盗賊の方だ」
リヨンさんが吐き捨てるように言う
「ヘンクが後を付けてる、戻り次第準備だ夜襲を掛ける」
リヨンさんの目が光る
「皆に伝えておきます」
ジョンさんが腕を組み考え込む
「おう、相手は20くらいだ、3パーティ程で編成はジョンに任せる」
「わかりました…では、夜に」
ジョンさんが出ていく
入れ違いにリヨンさんの奥さんが入ってくる
ウサギの燻製肉、野菜も抱えている
リヨンさんが立ち上がり荷物を運ぶのを手伝う
俺も調理を手伝い夕食を食べる
奥さんのおしゃべりで食卓は華やぐが
なんとも複雑な気分である
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