第63話 最終章。


「セメルくん。赤坂です。田中社長がお呼びですので、社長室まで来てください」


「分かった……」


 ドア越しに用件を伝えられると、気だるい雰囲気をまとったまま部屋を出た。


 社長室の前で立ち止まり、軽くノックをする。


「どうぞ」


「失礼します」


 革製の椅子に腰掛けていた銀次は、黒瀬を呼び寄せると、唐突に世間話を始めた。


「最近、調子はどうかな」


「はっきり言って良くないです。それより、用件は何ですか。ここから出ていけって話ですか」


 黒瀬は苛立ちに任せて言葉を紡ぐ。


 自分でも大人気ないことは分かっていても、止めることは出来なかった。


「いや、出ていく必要はないよ。むしろ、ここに居てもらえると、僕は嬉しい」


「は? 意味が分からないんですが」


「まぁまぁー。あ、そうだ。珈琲でも飲む? 赤坂くん、お願いしてもいいかな」


 田中社長の隣に待機していた赤坂は、素早く次の行動に移した。

 

「はい。承知しました」


 そういえば、あの時以来だ。赤坂の姿をまともに見たのは。


 以前は多忙を極めていたせいか、頬が少し痩けていたように見えたが、どうやらいつもの赤坂に戻ったようだ。


 違うところといえば、トレードマークだった赤眼鏡を、銀縁のシンプルな眼鏡に変えていた。


 雰囲気、変わるもんだな。


 変わってないのは俺だけ、か。


 情けなくて、渇いた笑みすら作れなかった。


 赤坂が用意した珈琲に口をつけ、平常心を保とうとする。


 これから、俺は何を言われるのだろうか。


 そんな覚悟もないままに、ここに来たことを少し後悔していた。


「それじゃあ、本題に入ろうか。実はね、来月からここに、新しい声優事務所が入ることになってね。シルバーフェザーは実質の終わりを迎えることになった」


「…………」


 意外と早かったな。と、田中社長の話を聞いて、どこか他人事のように思う。


「それで、なんだが。今、黒瀬くんはフリーとして活動しているわけなんだが、どうだろう。この新しい事務所に入る気はないかい?」


「興味ない」


「ふむ。これはこれは……なかなかに重症だねぇ。なら、言い方を変えよう。君の想い人が、その事務所に所属することが決まった」


「なっ! 白石が……?」


 驚きで、思わず田中社長を見上げた。


「誰も白石くんだなんて言ってませんけどね」


「赤坂、お前……」


 今まで静観していた赤坂が、鋭い指摘をする。黒瀬は咄嗟に反論しようとしたが、正論すぎて何も言えなかった。


「まぁまぁ。で、だ。どうかなと思って。悪い話じゃないだろう」


 場を諌めるように、田中社長は会話を続ける。


「……今さら会って、どうしろと」


「好きなんでしょう? 白石くんのことが」


 直球な田中社長の言葉に、黒瀬は痛いところを突かれた。


「……ああ、好きだよ。今でも! 会えるなら会いたいに決まってる! でも、あいつの声優人生を一度駄目にした俺が、そんなこと言えるわけないだろ!!」


 畳み掛けられるように、誘導尋問され、黒瀬は半ば自棄になりながら声を荒げて、秘めていた自身の想いを吐露した。


「そっか。その言葉が聞けて良かった」

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