第51話 さよなら。


「黒瀬くん、白石くんは見つかりましたか?」


 ラジオ騒動から二日後の午後三時半過ぎ。

 事務所の社長室には、田中銀次社長、赤坂マネージャー、黒瀬セメルの三人が集い、神妙な面持ちをしていた。


「いや、緑川にも確認は取ったが、見つからない」


「そうですか……」


 黒瀬の報告に赤坂は肩を落とす。


「彼女も大人だ。ここは少し様子見をしよう」


 そう発言したのは、田中社長だった。


 忽然と姿を消したゆらぎ本人からの連絡は未だない。


 不安に駆られている赤坂。

 苛立ち、焦燥を滲ませる黒瀬。

 静かにこの状況を傍観している田中。


 そして、この元凶とも言える相手も、何のアクションも起こしてはこない。


 完全に八方塞がりの状態だった。


 ネットでは黒瀬に対する根も葉もない噂や誹謗中傷が続いている。このままでは、法的手段も視野に入れなければならないだろう。


「……社長」


「なんだい? 黒瀬くん」


「すみませんでした。俺が赤坂に何の相談もせずに、生放送のラジオで勝手な振舞いをして、事務所を窮地に陥れました」


 田中社長は相槌をすることもなく、黒瀬の言葉に耳を傾ける。


「失礼ながら社長、黒瀬の行動に気づけなかった監督不行き届きの責任は、私にあります」


 赤坂の援護とも取れる行動に、黒瀬は僅かに眉根を寄せる。


「……そうだね。一般的な会社なら連帯責任かもしれないね。でも、違う。僕達はその一般的な会社とは違うんだ。


 見られる立場であって、魅せる側の立場でもあるんだよ。謝罪して、『はい、これで終わり』ってわけにはいかないんだ。一度落とした不良品は、誰だって使いたくはないだろう?」


 自分自身が商品で、自分自身を消費して、犠牲にして、この職業は成り立っている──。


 田中社長はそう言いたいのだろう。


 業界における暗黙のルールを破った黒瀬を、好き好んでこの先も起用したいと思う企業は、ぐっと少なくなるはずだ。


 今回の騒動は、それほどまでに大きな影響を残してしまった。


 例え黒瀬が声優を辞めたところで、現状は何も変わらない。


「黒瀬くん、白石くんを見つけてきて。きっと、独りでとても寂しい思いをしているはずだから。助けに行くのは先輩である君だよ」


「社長?」


「……君たちを守れなくてすまない」


 田中社長から不穏な空気を悟り、黒瀬は言葉に詰まる。


 『売れっ子声優だ』『事務所の稼ぎ頭だ』なんだって囃し立てられて、有頂天になっていたのは他ならぬ自分だ。そして、周りの力によって造り上げられた栄光を自ら手放したのだ。もう、迷うことも躊躇う必要もない。


 ただ一つ、黒瀬が失いたくないのは──。


「……赤坂、今まで悪かったな。赤眼鏡とか言って」


「いえ、気にしてませんよ。赤眼鏡なのは事実なので」


 赤坂は黒瀬の意思を悟り、優しく微笑み返した。


「じゃあ、行ってくるわ」


 お互いに軽口を叩けるのも、これが最後かもしれない。それでも、後悔だけはしたくない。


 白石はきっと、あいつの所にいる。


 黒瀬は確信していた。


 性別を隠すために白石は徹底していた。養成所時代からの友人に裏切られた今、頼れる同業者といえば、緑川しかいないだろう。


 彼女を匿っていて、あえて知らないとしらを切っているに違いない。


 ならば、緑川には事前に連絡をせずに、直接マンションに出向いたほうがいいだろう。


 黒瀬は陽が傾き始めた街並みに紛れ消えた。


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