第49話 私はあなたが大嫌い。


「で、要件は?」


 昼下がりの都内、カフェ。


 店内の客層は疎らで、話し合いをするには少し静か過ぎるほどだった。


 ゆらぎがやっとの思いで連絡を取り付けた相手─冬馬さゆ─は、あからさまに態度が豹変していた。


 優しげに微笑んでいた彼女の面影は、最早どこにも見当たらない。


「……さゆはどうしたいの? 事務所移籍が望みなの?」


「は? 私が本当にそれを望んでるって思ってたの? 笑える。そんなわけないでしょ、あなたが……あなたが嫌いだからよっ!」


 ゆらぎが控えめに問うと、苛立ちを隠そうともせずにさゆは声を荒げ、乱暴な言葉を投げつけた。


 突然に吐き捨てられた言葉にゆらぎは動揺と悲しみを隠せないでいた。毒の塗られたナイフで心臓を一突きされたような感覚に動悸がする。


 そうか。数少ない友人の一人だと思っていたのは私だけだったのか。


 いつから? 出会ったときから?

 互いが別々の事務所に入ったときから?


 友情なんて、所詮そんなものなのか。


 声を荒げるほど、そんなに私が憎かったのか。


 頭から足先にかけて、すうっと冷えていく感覚に反して、意識はやけに濃く鮮明になっていく。


「じゃあ、なんなの。理由くらい言えば? そんなに私が嫌いなら最初から関わらなければ良かっただけだよね」


「あなたは……っ、あなただけは売れないって思ってたのに……見下してたのにっ! なのに、私より先に売れて、私はしたくもないアイドル紛いの仕事させられて、これじゃ、なんのために声優になったのか分からないじゃないっ! 私は! 私は吹き替えの仕事がしたかっただけなのにっ! なんで、歌いたくもない歌なんて歌わなきゃならないのよっ!!」


「事務所に相談は──」


「無理に決まってるでしょ!! そんなこと言ったら干されるだけ。あなただって知ってるくせに。この業界でそんな甘えたこと言ってたら、他の新人にあっという間に仕事を取られて終わるだけよ」


 さゆの言う通り、事務所の方針に従うしかないのは至極当然のことで、自分の意思を通したいならフリーになるしかない。


 だが、デビューして間もない私たちには、仕事を選べる立場でもなければ、実力も権力も経験もない。あまりにも無力だ。


 新人が溢れる時代で、そんな甘いことを言えるわけもない。そんなの私でも解ってる。知っていた。さゆが事務所との方針の違いで苦しんでいたことに気づけなかった。


 否、本当は気づいていて、見ないふりをしていただけなのかもしれない。


 彼女が吹き替えの仕事をしたいと、夢を語っていたのは養成所時代のときに聞かされていた。


 事務所に所属してからは、ルックス重視の仕事が増えていたことも知っていた。


 私はさゆがその仕事を受け入れたのだとばかり思っていた。でも、本当は苦悩していた。


 どうして、寄り添えなかったのか。


 自分だけが苦しい思いをしているわけではなかったのに。


「……ごめん」


「謝られても不快なだけだわ」


 さゆは順風満帆に見えた私を潰すことで、自身の心の均等を保とうとしていたのかもしれない。


 一度たがえてしまった道はそう簡単には交わらない。


「私が事務所を辞めて、この業界から身を引いたら、さゆは満足?」


 気が立っている相手にこんな言葉を投げ掛けても、無意味かもしれない。むしろ、さらに逆上させてしまうかもしれない。


 それでも、私はさゆの本音が知りたかった。


「……」


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