第47話

 ゆらぎ達は事務室を出て廊下を歩いていた。三歩ほど距離をおいて黒瀬の背中を見つめながら、ふと疑問に思ったことを口にした。


「黒瀬先輩」


「……なんだ」


「先輩って、さゆのことが好きだったんですね」


「はあ!? なんで、そうなるんだよ。俺がいつ、冬馬が好きだって言った? お前はさっきまで何を聞いてたんだよ」


 ゆらぎの唐突な質問に、驚いた黒瀬は歩みを止めて勢いよく振り向いた。お陰で、危うく正面衝突するところだった。


「え? 違うんですか。だって、さっき好きな女が──」


「だああああー!! 言うな!! それ以上は言うな!!」


「はぁ、そうですか。なら、聞くのやめます」


 この慌てぶり。やはりそうなのか。


 黒瀬先輩が誰を好きになろうと、別に私には何の関係もない。なら、このもやもやとした感情は一体なんなのか。


 顔を盗み見ると、耳の縁が紅く染まっていた。言葉では否定していても身体は正直、ということなのか。


 と言うより、黒瀬先輩はいつの間にさゆと知り合ったのだろうか。


 幾つもの疑問符が頭上に浮かび上がるも、どうやらこれ以上は聞けそうにもない。


「あああ、あれだ……。白石、今度のオフは何時だ?」


「オフの日ですか? 今日と明日は休みですけど」


 わざとらしく話題を切り替えた黒瀬を訝しげに思いながらも正直に答える。


「今日と明日か……」


「何ですか。また悪巧みでもしてるんですか。私は乗りませんよ」


「それ」


「え?」


「俺の前で『私』って言うのはいいけど、スタジオでは気をつけろよ」


「あ、忘れてました。そうですね。『オレ』ですね」


「後、もう一つ。頼るなら緑川なんかより俺を頼れ。出来る限りのことはするから」


「……ありがとうございます」


 どうして、そこでウグイス先輩が出てくるのか。こんな時までライバル心を剥き出しにしなくてもいいのでは? と思いつつも、黒瀬先輩の心遣いを嬉しく思い、素直に感謝を述べた。


「俺、今日は生放送のラジオあるから。時間があるなら聞けよ。先輩様の貴重な生ラジオだからなっ!」


「はい。聞けたら聞きますね」


 ゆらぎは自信満々にラジオの宣伝をする黒瀬を華麗に受け流した。


「それは……フラグか?」


 すっかりいつもの調子を取り戻した黒瀬とゆらぎは軽口を叩き合いながら、寮の自室へと戻って行った。



 黒瀬の生放送ラジオが始まる五分前。


 入浴を済ませたゆらぎは、携帯アプリでラジオを起動し、放送が開始するのを待機していた。少し手持ちぶさたになり、台本をめくりながら過ごす。


「午後、十時をお知らせします──」


 ピッ、ピッ、ピー、と規則的な電子音の後、アナウンサーの時報と共に生放送のラジオが始まった。


「黒瀬のキミをセ・メ・ル。リスナーの皆さん、こんばんは。黒瀬セメルです」


 お決まりの台詞が流れ、オープニングトークが始まる。


「今日は久しぶりの生放送ラジオなんですけど、皆さんは元気に過ごしてましたか? 俺は毎日慌ただしく過ごしてます。え? 近況報告はないかって。そうだなー、あるにはあるよ。けど、すごく真面目な話になるけどいい?」


 黒瀬はディレクターとやり取りをしながらラジオを進行していく。


 近況報告。というお題を振られた黒瀬は少し躊躇う素振りを見せながらも、トークを始めた……。


「話題に入る前に一つ、皆に聞きたいことがあるんだけどさ。皆から見た、俺のイメージってどんな感じ? やっぱりチャラいとかかな」


 黒瀬の少し自嘲めいた言葉に、ゆらぎは違和感を覚えた。いつものような快活さが感じられないのだ。


 黒瀬先輩は何を言おうとしているの……?


 不安に駆られ、一言一句聞き逃さないようにスピーカーの音量を上げる。

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