第46話 俺が必ず守ってみせる。
一連の流れを静観していた赤坂が、流石に看過出来ないと思ったのか、声を上げた。しかし、それを遮るように言葉を続けたのは黒瀬だ。
「社長」
「なんだい。黒瀬くん」
「俺は反対だ。白石を退社させるのは相手の思う壺だぞ」
「それは……どういう意味なのかな」
「……黒瀬くん?」
「赤坂は黙ってろ」
黒瀬は口を挟んだマネージャーの赤坂を叱責し、田中社長に挑発的な視線を向けた。一体何を言うつもりなのか。辺りに緊張が走る。
「相手の狙いは勿論、事務所の移籍だろ? それは間違いないんだな?」
「うん。そうだよ」
「けど、それはあくまで表面上の条件だと俺は思う。相手の本当の狙いは白石本人がこの業界から離れることだ」
「そう言うってことは、黒瀬くんには何か確信があるのかな?」
「いや。単なる勘」
「勘……」
堂々と確証めいたことを言っておきながら、結局は勘なのか。
ゆらぎは偉大なる先輩に対し、少しだけ落胆する。庇ってくれるのは正直とても有難い。だが、田中社長を納得させられるほどの強い根拠がなければ結局は諸刃の剣だ。
「なんだよ。お前のために言ってんだぞ」
「多分……ですけど、黒瀬先輩の勘は当たっているような気がします」
胡乱な眼差しを向けつつ、黒瀬の援護をする。これは自分のためでもあり、先輩の意思を尊重するためでもある。
「勘、だけじゃ困るんだけどね。こちら側としては確証がないと動けない」
「それは分かってます。けど、相手が本当にデータを渡すと思いますか? 揺さぶりをかけようと思えば何度だって、そのデータを利用してくるに違いないですよ」
黒瀬の言う通り、データのバックアップをとられていたら、それこそ無意味だ。相手は一筋縄ではいかないことを彼は懸命に田中社長に訴えかける。
「ちなみに期限はいつまでですか?」
「三日間の猶予を与える。と相手は言ってきているね。期間があまりにも短い。つまり、相手は考える時間を僕たちに与えるつもりはないということだろうね」
「なるほど。……私が辞めるか、事務所を移籍させるかの二選択のどちらかしかないんですね」
いつだって、現実は残酷だ。
それを知らしめるかのような局面に、力のない私は為す術など、勿論何も持ち合わせてはいない。
──やっぱり、私が。
喉元までせり上がった言葉は、思いがけない黒瀬の言葉により塞がれた。
「白石を辞めさせるなら、俺も辞めてやる。未練なんてない」
「な、にを言ってるんですか、黒瀬先輩。駄目ですよ、そんなこと。私が許しません」
自分が犠牲になるのは想定内だ。仕方ないし、納得も出来る。だが、先輩を巻き込むのは嫌だった。私が辞めることで全てが丸く収まるのなら、これ以上、無闇に騒動を大きくしたくない。
「後輩は黙って、先輩の言うこと聞いてろよ。俺はお前を必ず救ってみせる。……緑川だけに良い顔させられるかよ」
「え? 今、なんて……」
「あ? 何か文句でもあるのか」
「いえ、何も……」
緑川が……と聞こえたような気がしたが、確かめる前に睨まれてしまい、聞き返すことは出来なかった。
「もう、後には引けないよ。どちらに転んでも黒瀬くんの人気が低迷するのは確実だ。
一度の過ちで、多くのファンを失う。その覚悟を君は本当に出来ているのかな。見てきてるよね、謹慎明けに復帰した人たちの末路。ずっと、叩かれ続けるんだよ。
根も葉もない噂を広げられて、活動を妨げられるんだよ。理不尽だなんだって嘆いたって、それがこの業界なんだよ」
「分かってるよ。裏切られたって、見損なったって、罵倒される覚悟なら、とっくに出来てる。俺はそんなに柔じゃない。上等だよ。好きな女ひとりも守れないで、何が人気声優だよ。だったら、俺はそんな栄光なんかいらない──」
ゆらぎは、啖呵を切った黒瀬を見上げる。
清々しいまでに自信に満ち溢れた黒瀬の表情が、彼女にはとても輝いて見えた。
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