第35話

 

「黒瀬から連絡が来たんだ。どういう内容だったと思う?」


 嫉妬という言葉を誤魔化すように、緑川はゆらぎに問い掛ける。


「内容、ですか? 俺にもう関わらないでほしい……とかですかね」


「それも嫌だけど、違うよ。……もう一度、シライさんに会わせてほしい、だって」


 シライって、私が女装したときに使った偽名だ。


 それって……。

 やっぱり、黒瀬先輩は気付いていたってこと?


「で、今は後悔してる。黒瀬に会わせなければ良かったって。こうなるなんて思わなかったんだ」


 ゆらぎは緑川の異変に気付き、表情をそっと窺う。普段とは違う、緑川の雰囲気に戸惑いを隠せなかった。


「後悔って……どういうことですか?」


 ウグイス先輩はさっきから嫉妬だ後悔だ、と何を言っているのだろう。


 いくつもの疑問符が浮かぶ。


 でも──。これは……。


「まだ確信はしてない。けど、俺は多分。──君のことが好きなんだと思う」


 緑川はゆらぎを見つめたまま、真剣な眼差しで言葉を紡いだ。


「えっ……」


 ウグイス先輩が、私のことを好き?


 それは、人としてなのだろうか。

 それとも……。


 ウグイス先輩の突然の告白に、ゆらぎは戸惑いを隠せないまま、言葉を紡ぐ。

 

「……ウグイス先輩は、私のことを女性として認識してるんですか?」


「当たり前だろ。どう見ても男には見えないし。むしろ、気づかない周りが鈍すぎる」

 

 ウグイス先輩のことを男性だと認識はしている。けれど、異性として意識していたかと問われれば正直なところ、分からない。


 告白されたからといって、意識が簡単に変わるわけでもない。


 ウグイス先輩が、私に好意を寄せているなんて、思ってもいなかった。


 いつもみたいに、冗談めかしているのかとも思ったが、そうではない。この空気は明らかに違う。


 いくら鈍感な私でも、それくらいは理解出来る。


 それでも、ゆらぎは緑川の想いに答えることは出来なかった。


 簡単に答えを出せるはずもない。

 

 身の潔白を証明されるまでは、ウグイス先輩を疑っていたのだから。


 そんなゆらぎの迷いに気づいたのか、緑川は微苦笑する。


「返事は今じゃなくてもいいよ。突然だったし。で、どうする? 黒瀬からのラブコール」


「……行きます」


 ゆらぎはゆっくりと頷いた。


 緑川に問われる前から、ゆらぎの決意はすでに固まっていた。いずれ、こうなることを心の何処かで覚悟していたのだ。


 例え、黒瀬にすでに正体が知られていようとも。


「行くの? 俺的には行って欲しくないんだけど」

 

「そもそもの発端は、ウグイス先輩のせいじゃないですか!」


「だから、いま後悔してるんだろ。それに加担した君も同罪だからね」


 拗ねた表情で緑川は答える。


「うっ……そんなの……知りませんよ」


 勝手に告白してきたかと思えば、勝手に拗ねて……。これ以上、私を振り回さないで欲しい。


「じゃあ黒瀬に会うために、また女装しなきゃならないね。次はどんなコーデにしようかなー」


 先程までの雰囲気とは打って変わり、緑川はいつもの態度に戻る。


「結局、一番乗り気なのはウグイス先輩じゃないですか……」


 ゆらぎは自身の感情を隠すように、緑川に悪態をついた。


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