第33話


「白石です。失礼します」


「どうぞ」


 扉をノックして、事務室へ入る。


 赤坂はデスクワークをしていたようで、一旦その手を止めて、椅子から立ち上がった。


「お疲れさま。早速だけれど、二週間前に白石くんが受けたオーディションの一つが通ってね」


「本当ですか?」


「学園物語の作品なんだけれど……。相手役が緑川さんに決まったようなんだ。どうする? 今回は無理にとは言わないし、断ることも出来るけれど」


「いえ、受けます」


 赤坂の気遣いを遮り、ゆらぎは力強く答えた。


 ウグイス先輩に直接問い質せる絶好のチャンスを、みすみす逃す訳にはいかない。


 例え、これが相手事務所側からの罠だったとしてもだ。


「分かりました。では、先方に伝えておきますね」


「お願いします」



 再び寮フロアへ戻ると、黒瀬がゆらぎの部屋のドアに立ったまま身体を凭れさせていた。


「ん? どうしました、黒瀬先輩」


「いや、ちょっと、な。一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「三週間前の金曜日、どこにいた?」


「三週間前の金曜日……ですか?」


 当然、覚えている。黒瀬の言った『三週間前の金曜日』とは、ゆらぎが緑川の計画に加担した、あの日のことを指しているに違いない。


「どうしても、外せない用事があったので……」


「それは先輩を差し置いてでも、済ませないといけないことだったのか?」


「……はい」


「そうか。なら、いい。……じゃあ、あれは俺の勘違いだったのか……」


 去り際に聞こえた、黒瀬の『勘違い』という言葉は、どういう意味だったのか。


 聞いてしまえば、墓穴を掘りそうで、ゆらぎは何も出来ないまま、自身の部屋へ入って行く彼の後ろ姿を見送った。



 出演が決まってから一週間後。


 スタジオで台本の確認をしていると、隣にいる緑川が呑気に話し掛けてくる。


「また君と共演なんて光栄だね」


「分かりやすい、お世辞なんて要りません」


 ゆらぎは視線を合わせることもなく、彼の言葉を牽制した。


「なんだか機嫌が悪いね。黒瀬も最近は機嫌が悪いし」


「ご自身の胸に手を当てて、聞いてみたらどうですか」


「なにが? ボク何かした? 記憶にないんだけど」


 緑川の白々しい態度に、ゆらぎの苛々は増していくばかりだった。


 彼女の感情の抑制を担っている赤坂は、黒瀬の仕事現場に同行しているため、当然のことながら不在。


 今はただ、耐えるしかなかった。


 感情を爆発させてしまえば、全ては水の泡となる。理解しているからこそ、ツラい。


「ウグイス先輩。後程折り入って話があるのですが、時間は取れますか」


「ああ、実はボクも話したいことがあるんだ。今日の収録終わり、家に来てよ」


「分かりました」


 ウグイス先輩からの思わぬ誘いに、ゆらぎは深く考えずに即答した。



「どうぞ、あがって」


 三回目ともなると、緑川の自宅に上がることに抵抗は無くなっていた。


 見慣れたリビングに通され、白い本革のソファに腰を下ろす。


「ちょっと、シャワー浴びて着替えてくる」


「どうぞ」


 緑川がシャワールームに向かった後、改めてゆらぎは思考を巡らせた。


 勢いに任せて、ここまで来たものの、作戦は何も練っていない。


 直球で真相を聞くのか。


 誤魔化されたら、どうするのか。


 対策が何一つ浮かばない内に、緑川はシャワーを終えて、リビングに現れてしまった。

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