第31話 迷い。


「──で、あれです。今回、お二人をゲストに呼んだのは新作の宣伝です」


「あ。もう、言っちゃうんだ?」


「勿体振っててもしょうがないからね」


 番組も中盤に差し掛かり、黒瀬が台本通りに収録を進行していく。


 ラジオにはあまり出演しないと言っていた緑川も、黒瀬とは息ぴったりの会話を繰り広げていた。


 ゆらぎは少しだけ疎外感を覚え、同時に焦燥感に駆られる。

 

「そして、忘れちゃいけないのが、白石くんの立ち位置だよね」


「あー確かに。俺的には新鮮だったけど」


「ドS王子の黒瀬が『受け』になるっていうね。立場逆転物語」


 俯いていた視線を上げると、黒瀬が目配せをしていた。自分の思考にとらわれ、会話に参加することを忘れていたのだ。


「そうですね。オレ自身も貴重な体験になったというか……。色々と勉強になりました」


「ということで。気になる人は是非、来月末に発売されるドラマCDを買ってね」


 最後に緑川が作品の宣伝をして、ラジオの収録は終わりを迎えた。


「お疲れさまでしたー」


 三人は録音ブースにいる監督とスタッフに、挨拶をしてスタジオを出て行く。


 ゆらぎが黒瀬の後を追うように廊下を歩いていると、少し距離を開けて後方を歩いていた緑川が小声で呼び止める。


「ちょっと」


「……何ですか」


 つい、素っ気ない返事をしてしまう。

 

「あれからどうなった? 黒瀬、気付いた?」


「いえ……全く気付いてないですね」


 ゆらぎは追憶するように、目蓋を伏せて答える。

 


 そう、あの日──。


 黒瀬は気付かなかったのだ。

 隣にいる人物が、ゆらぎだということに。


 緑川が離脱した後は、二人で普通にテーマパークを見て回り、帰りは黒瀬が駅前まで見送ってくれた。


 もしかしたら、本当はゆらぎだと気付いていながら、敢えて見過ごしてくれたのかもしれないと最初は思っていた。


 でも、そうではなかった。


 本当に気付いていなかったのだ。黒瀬は。


 ただ、あの日の翌日。

 黒瀬の機嫌が、酷く悪かったことだけは覚えている。



「なんだ。つまんないの。黒瀬も鈍すぎでしょ」


「俺が何だって?」


 いつの間にか、緑川の後ろに黒瀬が立っていた。


「ううん。何でもないよ。黒瀬はスゴいよねーって話してただけだから」


「ふーん。お前が褒めるとか、なんか怪しいな。白石、帰るぞ。赤坂を待たせてる」


「あ、はい。それじゃ、お疲れさまでした。ウグイス先輩」


 黒瀬の助け船で、その場を離れる。


「今は、あまり緑川に関わるな」


「そう……ですね」


 まただ。黒瀬先輩、不機嫌になってる。


 当然と言えば、当然かもしれない。


 親交の有る彼を疑わなければならないのだから、黒瀬の心境はゆらぎよりも更に複雑に違いない。


 帰りの車内は、とても静かだった。



 寮に帰宅すると、携帯に一通のメッセージが入っていた。相手は養成所を卒業した後も、変わらずに交流を続けている『冬馬とうまさゆ』からだった。


 ゆらぎが性別を偽り、BL声優として活動しているのを知っている唯一の人物でもある。


『今度、久しぶりにカフェでまったりしない?』


 グッドタイミングな誘いに、ゆらぎは二つ返事でメッセージを送信した。


 こんなときに頼れるのは、やはり養成所時代の苦楽を共に過ごした彼女しかいない。


 今はただ、心に抱えたものを誰かに全て打ち明けて、楽になりたかった。


 独りでは抱えきれない悩みを……。


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