第30話 販売促進のためのラジオ収録。


 初の主演作品の収録も、三日前に無事に終了した。


 二週間という日々が長くも短くも感じられる毎日で、とても充実していた。


 収録最終日は濵田監督から花束を受け取り、沢山のスタッフに見守られながら、スタジオを後にしたのを、今でも鮮明に思い出せる。


 だが、思い出に長く浸っていられるほどの余裕は無い。


 次のオーディションに備えて、事務所のスタジオで発声練習をしていると、室内に入ってきた赤坂が声を掛けた。


「白石くん、ちょっといいかな。来週の水曜日に、セメルくんのラジオの収録があるんだけど、またゲスト出演してもらえるかな?」


「はい、大丈夫ですよ」


 スケジュールは全て、赤坂に一任しているため、断る理由も無かったゆらぎは即答する。


「それは良かった。実はね、収録した作品の販売促進のために、緑川さんも一緒にラジオに出演することになったんだ」


 赤坂の口から緑川の名前を聞いた瞬間、ゆらぎは複雑な感情を抱いた。


 仕事だと理解はしているが、真偽がはっきりとしていない以上、ゆらぎは彼を警戒せざる負えないのだ。


 しかも、緑川と会うのはあの日以来で、どう接すればいいのかも正直分からない。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。セメルくんにも事情は全て伝えてありますし、何かあれば私が制止します。だから、白石くんは安心して収録に挑んでください」


「はい……」


 心配ばかりしていても、何も始まらない。

 だから、今は赤坂の言葉を信じて、ラジオ収録に挑むしか、ゆらぎには出来なかった。



 ──翌週の水曜日。午後六時過ぎ。


「最近、元気ないな」


「そうですか? いつも通りだと思いますよ」


 ラジオ収録のためスタジオに入り、スタンバイしていると、黒瀬が台本を片手にゆらぎに問い掛ける。


 緑川は別件の収録が押しているようで、三十分ほど遅れてからの合流になる。


 収録開始までの僅かな間、少しでもゆらぎの緊張をほぐすように、黒瀬は世間話を続けていた。


「ごめん。遅れた」


「押してたなら仕方ない」


 外気の香りを纏った緑川がスタジオに到着し、ゆらぎの隣に着席する。


 その横顔が、どこか疲れているように見えるのは気のせいだろうか。


 時計の針は予定より一時間押して、午後七時から収録が開始された。


「こんばんは。キミセメのお時間です。メインパーソナリティは、声優の黒瀬セメルでお送りしています。今回はゲストが二人来ています。それじゃあ、自己紹介してもらおうかな。どうぞ」


 黒瀬の合図により、緑川が先に挨拶を始めた。


「こんばんは。声優の緑川ウグイスです。ここにお呼ばれされるのは初めてですね」


「こんばんは。声優の白石護です。えっと、ゲストは二回目です」


「このラジオに、ゲストが二人来るのって初じゃないかな?」


 黒瀬は別ブースにいる監督に問い掛ける。


「へーそうなんだ。ボク、ラジオにはあまり出ないからすごい新鮮。白石くんは二回目なんだ?」


「え? そうですね。前回は黒瀬先輩がラジオに誘ってくれたので」


「うわっ、羨ましい。後輩の特権だね」


 緑川から話を振られるとは思わず、ゆらぎはたじろいだ。


 どうやら、気まずいと思っているのは私だけらしい。彼は普段と何の変わりもなく、接してきたことに驚きを隠せなかった。


「まあ、俺にとっては初の後輩だからね。そりゃ甘やかすでしょ」


 すかさず、黒瀬のフォローが入り、その場は上手く凌ぐことが出来た。


 こんなことで動揺して、無駄に黒瀬先輩に迷惑は掛けられない。しっかりしなければ……。


 赤坂さんも言っていたじゃないか。

 何かあったら、助けてくれると。


 だから、もう少し肩の力を抜かないと……。


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