第27話 そして、二人きり。


「で。今日の黒瀬は、どうして不機嫌なのかな?」


「あ? いつも通りだろ」


「いやいや。態度が、あからさま過ぎるでしょ。理由は白石くんが来なかったから?」


 緑川の言う通り、今日の黒瀬は少し歩く速度が早い。苛々としているのが、態度から丸分かりだった。


 黒瀬先輩の苛立っている理由が自分だとしたら、少し罪悪感を覚える。

 

 私、本当はここに居ますけどね。

 なんて、今は口が裂けても言えない。


 前方の二人から少し距離を置いて、歩いていると不意に緑川が振り向き、意見を求めた。


「ね、さんも、せっかく来たんだから楽しい方がいいよね」


「そ、そうですね。……はい」

 

 緑川の完全なる不意討ちのお陰で、ゆらぎは普段通りの声で答えそうになり、気が動転する。

 

 突然、話を振らないでもらえますか。ウグイス先輩……。


 ゆらぎの心の叫びも虚しく、緑川はこの可笑しな状況を心底楽しんでいる様子だった。



「ボク、チュロス食べたいから、席外すね」


「え……?」


 テーマパーク内のカフェで休憩をしていると、緑川がゆらぎの戸惑いも余所に、わざとらしく席を外してしまう。


 残された黒瀬とゆらぎの席には、何故か重苦しい雰囲気が漂っている。


「あいつ、甘いもん買いに出たら、しばらくは帰って来ないぞ」


「そ、そうなんですか? どうしよう……」


 黒瀬の言葉に、ゆらぎは絶望した。


 緑川は孤立無援のゆらぎを放って置きながらも、ちゃっかりとテーマパークの甘味を楽しむらしい。


 ウグイス先輩のこの無責任さは、どうにかならないのか。


 このままだと気まずさで、気分まで悪くなりそうだ。


「どっか、行きたい場所ある? 連れていくけど」


 コーヒーを嗜んでいた黒瀬が、無言のゆらぎに気を使い、問い掛ける。


「えっと……、特にはない……です」


 そもそも、ゆらぎはテーマパークなどの人が混雑している場所が苦手だ。出来ることなら、今すぐにでも帰りたいのが本音。


 だが、ウグイス先輩が居なくなったので、私も帰りますという訳にもいかない。


「お土産とかは買わないの?」


「んー……。少し、見たいです」


「うん。じゃあ、店に行こう。あいつは合流したくなったら自分で連絡してくるだろ」


 席を立った黒瀬は、緑川の分も含めた三人の会計をさらりと済ませて店を出た。



 ……む。これは一体どういう状況なのだろう。



 自分の隣には普段より口数が少ないけれど、然り気無く歩幅を合わせてくれる黒瀬先輩がいる。


 いつもの日常と似ているようで、似て非なる状況に、ゆらぎの感情は何故か揺らいでいた。


 事務所の寮で見掛ける黒瀬先輩は、いつも上半身裸で、赤坂マネージャーには少し冷たい扱いを受けていて、コンビニの唐揚げが好物で……。


 気がつけば、ゆらぎは顔を上げて無意識に黒瀬を見つめていた。


「ん? 何」


 こんなにも至近距離でいるのに、気づかないものなんですね。


 黒瀬先輩、少し鈍すぎですよ。


 黒瀬が気づいてくれないことに、ゆらぎは一抹の寂しさを覚えた。そして、男装をしているときとの扱いの違いに距離を感じた。


 私は、やっぱりいつもの先輩がいい。


 寂しがりで、なのに人付き合いが少し苦手で、実は後輩思いな先輩が。


 知らない一面を見せられて、この気持ちが何なのか、分からなくなってしまった。


 いっそ、『これはドッキリでした』ってネタばらし出来たら、どんなに良かっただろう。


 それが出来ないことくらい、自分自身が一番良く分かっている。


 だから、もう少しだけ。


 ──今だけは。私は『女性』を演じなければならないみたいだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る