第23話
先輩の下着姿を見たからです。と、正直には言えない。
そんなことを口走ってしまったのなら、私は確実に変態扱いされてしまう。
「黒瀬先輩。風邪を引かれても困るので、早く服を着てください」
「なんだよ。白石まで赤坂みたいなこと言うな」
不満を洩らしながらも、黒瀬は寝室で部屋着に着替えてから、定位置のソファに腰を降ろした。
「あ。そう言えば、緑川から連絡が来てさ。金曜に、俺と白石と緑川の三人で遊びに出掛けないかって」
「は? オレも、ですか?」
黒瀬から突然に言われ、ゆらぎは驚く。
「そう」
そんな話、ウグイス先輩からは一言も聞いていない。ということは、きっと、私に拒否権は無いのだろう。
仕込まれた感が否めないが、簡単に拒絶も出来ない。
はっきり言って、複雑な心境だった。
黒瀬は片手で缶ビールのフタを開けると、勢い良くアルコールを呷った。
嚥下する度に喉仏が上下する動きを、無意識に追い、眺めていると不意に視線が合う。
「さっきからなんだよ。やっぱり熱でもあるんじゃないのか」
「え? いえ、熱はありませんよ。ただちょっと、ぼーっとしてただけです」
そう。ただ、ぼーっとしていただけだ。
別段、変な意味で彼を見つめていたわけではない。……きっと。
なのに、顔の火照りが治まらないのは何故なのか。黒瀬先輩の言う通り、私は熱に浮かされているのだろうか。
だとしたら、風邪を引き始める前に少し身体を休ませなければ……。
思考に呑まれたゆらぎは、走馬灯のように流れていく映画を、ぼんやりと見つめていた。
黒瀬との映画観賞を終えた後、ゆらぎは緑川へ抗議の電話を掛けた。
「金曜に出かけるなんて聞いてませんよ。ウグイス先輩」
『うん。だって言ってないし。君が役に立たないから、ボクが黒瀬に約束を取り付けたんじゃないか』
「……何がしたいんですか?」
緑川の行動の意味が理解出来ず、苛立つままに言葉を紡ぐ。これ以上、彼に振り回されたくない。そんな思いが語気を強めた。
『何って……それを言ったら計画が無駄になるでしょ。だから言わない。あ、前日はボクの家に泊まってね。準備があるから。じゃ』
「ちょっ──」
引き留めようとするも、すでに通話は勝手に切断され、
……前日って、後二日しか時間無いじゃないですか。ウグイス先輩は何を考えて──。
思考に呑まれそうになり、考えるのを止める。
こうなったら、破れかぶれだ。
何が何でも、私はウグイス先輩の悪巧みを阻止しなければいけない。
謎の使命感に、ゆらぎの心は密かに燃えていた。
──木曜日。午後一時半過ぎ。
午前に収録を終えた黒瀬が、赤坂と共に一足先にスタジオを出て行く。
「じゃあ、俺は雑誌の取材があるから、先に抜けるな」
「はい。お疲れさまでした」
一人残されたゆらぎは、休憩を挟んで、午後も通しで収録を行う。
午後二時を迎えた頃、黒瀬と入れ代わりで収録室に入って来たのは、午後からの収録を予定している緑川だった。
ここ数日は黒瀬と共に収録するか、個人での収録が主だった為、緑川と対面するのは久し振りで、少しだけ緊張感が募る。
「やあ。元気にしてた?」
飄々とした態度でスタジオに現れた緑川は、わざとらしい笑みを顔に貼り付けていた。
「お陰様で、元気にしてましたよ」
「先輩に対する接し方がなってないな。そこは『おはようございます。ウグイス先輩』でしょ? やり直し」
「……おはようございます。ウグイス先輩」
睨み付けながらも、ゆらぎは緑川の指示に従って挨拶をする。
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