第20話

 早めに就寝しようと入浴を済ませて、リビングに戻ると携帯の着信ランプが点滅していた。


 濡れた髪の毛も乾かさずに携帯を確認すると、メッセージの相手は連絡先を交換していないはずの緑川からだった。


『お疲れ。今日現場で言うの忘れてたけど、ボクの連絡先、君の携帯に入れといたから。でも、携帯にロックかけてないとか無用心すぎ』


 いや、普通に怖いです。ウグイス先輩。

 勝手に何してるんですか。


 緑川の実に勝手な行動に呆れ果て、ゆらぎは画面のメッセージを複雑な心境で見つめる。


『で、黒瀬の休みはどんなかんじ?』


 続くメッセージに先ほど事務室で見た黒瀬の予定表を思い出す。だが、黒瀬の貴重な休みを部外者が勝手に伝えていいとは思えない。 


『黒瀬先輩の休みは分かりませんでした』


 黒瀬の休みは分からなかったことにして、やり過ごそうと、愛想のないメッセージを送信する。


 すると、数分と経たずに緑川からの返信が届いた。


『分かった』


 随分と聞き分けの良い返事だなと思っていると、今度は電話の着信音が鳴り響いた。


 相手は無論、緑川だった。


 このまま無視を決め込み、眠りに就こうとベッドに横たわるも、着信音は鳴り止まず、ゆらぎは渋々に通話に切り替える。


「……なんでしょうか」


『電話出るの遅いんだけど。それより、黒瀬の休み分かんなかったの?』

 

「勝手に教えられませんよ」


 緑川に文句を言われるも、構わずに話を進める。


『ふーん……。まあ、いいけど。なら、今度の休みはボクの家に来てよ』


「それは強制ですか?」


 唐突な誘いに、ゆらぎは眉間にしわを寄せた。


 黒瀬の休みを確認したがったり、かと思えば家に来いと命令したり、ウグイス先輩は一体何がしたいのか。


『そう。強制だね。君はボクに弱みを握られてる立場なんだから、言うこと聞きなよ』


「納得いかないんですが」


 確かに弱みは握られている。けれど、だからと言って、簡単に彼の言いなりには成りたくない。


 返事が出来ずにいると、緑川が更に追い討ちを掛ける。

 

「逆らうの?」


「いえ、別に……」


『うん。それでいいよ。じゃあ、改めてまた連絡するから』


 緑川の満足げな声音と共に、通話は一方的に途切れた。


 本当なら行きたくはない。しかし、彼に弱みを握られている以上、無下に逆らうことも出来ない。


 ゆらぎが何より一番恐れているのは、逆らったときの彼からの報復だった。


 秘密を世間に口外されることだけは、何としても阻止しなければならない。


「……しくじったなぁ。わたし……」


 ベッドで仰向けになり、顔を両手で覆ったまま、ゆらぎは後悔の言葉をポツリと小さく呟いた。



 ──収録四日目。


「今日は午後からセメルくんと一緒に収録です。午前中は好きに過ごしてもらって構いません」


「はい」


 スケジュールの確認を終えると、赤坂は慌ただしく事務室を出て行く。


 ゆらぎは緑川のことを赤坂に相談しようとしたが、タイミングを逃して結局は言いそびれてしまった。


 今日の収録現場に緑川は居るのだろうか。

 出来ることなら、彼と顔を合わせたくない。


 ゆらぎにそう思わせるくらいに、現在の緑川の心証は最悪だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る