第14話 初出演作品は黒瀬先輩との共演作らしい。

 とある作品の主要人物に抜擢されてから数日後。


 ゆらぎと黒瀬は仕事のために訪れた収録スタジオで、お互いの顔を見合わせて茫然としていた。


「相手役がお前だとは思わなかったんだが」


「いや……オレも何がなんだか分からないんですけど」


 状況を飲み込めていない二人に、赤坂は呆れた声を上げる。


「二人とも出演者欄を確認していなかったのですか?」


「見てない」


「同じく」


 何故、ゆらぎと黒瀬が同じ収録現場に居るのか。その理由は今回、ゆらぎが監督直々のオファーを受けた作品は、黒瀬との共演作品だったからだ。


「共演作ですよ。って、私言いませんでしたっけ?」


 赤坂はタブレット端末を操作しながら、平然とした様子で言う。


「言ってないだろ」

「聞いてませんよ」


 その言葉に反論した、ゆらぎと黒瀬の声が綺麗に重なった。


 赤坂さん、もしかしてわざと黙ってましたか?


 ゆらぎは疑心に眉根を寄せていると、隣の黒瀬はすでに台本をパラパラとめくり、役柄の確認を始めていた。


 いやいや。黒瀬先輩、順応力高過ぎませんか。この状況を飲み込めていないのは自分だけなのか。


 しかし、理由はどうあれ仕事を受けた以上は全うしなければならない。ゆらぎも黒瀬にならい、その場で台本に目を通した。



 収録を始める前に、監督に挨拶をすることになり、黒瀬、赤坂、白石の三人で音響室コントロールルームへと向かう。


「……その監督って、もしかして」


「ええ、白石くんを気に入ってくれた、あの監督さんですよ」


 道中の話題は黒瀬のラジオ収録現場にいた、ゆらぎのことを気に入ったという監督についてだった。


「何それ。コネか?」


 事情を知らない黒瀬は、あからさまに嫌悪感をあらわにした表情で二人を一瞥する。


「コネと言えばコネかもしれませんねぇ」


 ああ、やっぱりコネになるんですね。無名の新人がこんなに早く役を得られるわけないですもんね。


 潔く認めた赤坂の言葉が、ストンと胸に落ち納得してしまう。これはコネなのかと、ずっとモヤモヤとしてしまうくらいなら、はっきりと言ってくれた方がいっそ、心も清々しい。



 音響室には黒瀬を先頭に入室する。複雑な機材の前で椅子に座っている監督に、黒瀬が先陣を切って挨拶をした。


「お疲れ様です、濵田はまだ監督。本日から二週間の収録期間、よろしくお願いいたします」


 ゆらぎも黒瀬に続いて挨拶をした。


「白石護と申します。本日はよろしくお願いいたします」


「ああ、黒瀬くん。お疲れさま。こちらこそ今日から収録期間中、よろしくね。で、君が白石くんだね。ラジオ良かったよ。新人なのになかなか肝が据わってるねぇ」


 強面こわおもての濵田監督は、自身の顎髭を撫でながら微笑した。


「あ、はい」


 私はラジオで何か肝が据わるような発言をしただろうか。数日前のことだというのに記憶が曖昧で思い出せない。


 ゆらぎの黙考癖に気がついた赤坂が、後ろから然り気無く彼女の肩を軽く叩いた。


「黒瀬くん、緑川くんが待機してるから、今回も息ぴったりの演技をよろしくね。期待してるよー」


 濵田監督から激励の言葉を受け取った後、黒瀬とゆらぎは収録室へ移動する。赤坂は別件の仕事により、一足先にスタジオを後にした。


緑川みどりかわさんって誰ですか?」


「台本見てなかったのか? 出演者欄に書いてただろ。『緑川ウグイス』って。俺ら以外にも、もう一人共演するやつがいるんだよ」


 少し苛立っている様子の黒瀬に驚き、ゆらぎは慌てて台本を開く。


 確かに出演者欄には黒瀬セメル、緑川ウグイス、白石護の順で名前が記載されていた。


 それにしても、『ウグイス』はどう考えても芸名に違いない。名前からしてインパクトの強い人物だが、当然の如く、ゆらぎはその人物を知らない。


 女性なのか、男性なのか。それさえも分からないまま、ゆらぎは黒瀬の後に続いて収録室に足を踏み入れた──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る