第12話 大抜擢です。
「お疲れ様です。赤坂さん」
午後二時過ぎ、オーディションの合否を聞くために事務室を訪れると、いつもは冷静沈着な赤坂が珍しく慌てていた。
何事かと様子を静観していると赤坂がゆらぎの姿に気がつき、駆け寄ったかと思うと突然両肩を掴み、大きく揺さぶった。力加減が出来ていないのか、掴まれた箇所が少し痛む。
「ああ! 白石くん、良いところに! 落ち着いて聞いてね。実は……」
「あ、赤坂さん、痛い。痛いです。どうしたんですか? 黒瀬さんが何かしたんですか?」
「違う違う。そうじゃないんだ! 大抜擢だよ、白石くん!」
「へっ……?」
大抜擢とは一体どういうことだろう。あまりにも唐突で話が見えない。
前にもこんなやり取りが有ったような既視感に襲われるが、今はそれどころではなかった。
興奮してやまない赤坂を宥めるべく、ゆらぎは優しく諭す。
完全に立場が逆転していた。
「赤坂さん、少し落ち着いてください。何があったんですか?」
「ああ、ごめんね。私としたことが、嬉しくて取り乱してしまったようで……」
少し落ち着きを取り戻した赤坂は、ゆらぎの両肩を掴んでいたことに気付き、申し訳なさそうに謝罪をした。
「いえ、それは気にしませんが……。尋常じゃないくらい慌ててましたよね」
「そうです! 実は白石くんにオファーが来たんですよ。しかも、主役です!」
「え? 主役? ……赤坂さん、一体なんのコネを使ったんですか……」
無名の新人が突然、主役を貰えるなんてことは通常では有り得ない。あの黒瀬でさえ、苦労していた時期が有ったとラジオで発言していたばかりだ。
となると、赤坂が何らかのコネを使ったとしか考えられない。
……流石にそれはどうなんだろうか。
「コネとかではなく、監督からの直接的なオファーですよ。ほら、数日前にセメルくんとラジオ収録をしたでしょう。その時に監督さんがその現場にいたようなんです」
「はぁ……、なるほど」
勿体振らずに簡潔に話をして欲しいが、興奮冷めやらぬ赤坂には、生憎そんな余裕はないようだ。
仕方ないので、ゆらぎは大人しく話を聞くことにした。
「──つまりは、監督に気に入られたんですよ、白石くん」
『良かったですね!』と言わんばかりの赤坂の満面の笑みに、ゆらぎは苦笑するしかなかった。
突然気に入られたと言われても、『なるほど、そういう事もあるんだー』くらいの薄い感情しか出てこない。
そもそも、監督に気に入られたという実感が湧かないのだ。
「あ、オーディションの方はどうなりました? やっぱり駄目でしたか?」
すっかり赤坂のペースに呑まれていたが、本来の用事を思い出し、ゆらぎから話を促す。
「不良少年B役で通りました。どうしますか?」
「分かりました。受けます」
てっきり不合格とばかり思ってたが、オーディションの方も無事に合格していたようでホッした。
ようやく、声優として一歩を踏み出せた気がする。
真っ白だったスケジュールボードに、収録予定日が赤坂の手によって書き足されていく。
スタートというにはあまりにも小さな一歩かもしれない。それでも、嬉しさが心の底から込み上げていた。
「あ。黒瀬先輩、お疲れ様です」
寮の廊下を歩いていると、上半身裸でタオルを首に引っ掛けた黒瀬と遭遇した。何度も赤坂に注意されているというのに、裸で出歩く癖は治ってはいないらしい。
ということは、今日の仕事は終わったのだろう。
「おう、白石もお疲れ。あ、赤坂のテンションが異常に高かったんだけど、なんかあった?」
「オーディション通ったんです。多分、それでかと」
「ああ、なるほど。それでか……」
ん? 何だろう。心なしか黒瀬先輩の機嫌が悪い気がする。
「……どうかしましたか?」
「んー」
「…………」
黒瀬は腕を組み、仁王立ちで天井を見上げている。
寮の廊下だからいいものの、端から見たら、ただの不審者ですよ。先輩。
「よし、俺が祝ってやるよ」
「え?」
まさか、このパターンは……。
あの時と同じ……。
「行くぞー!」
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