第11話


「あははっ。本当に面白いね、キミは。さて、そろそろ終わりの時間も近づいてきたところだし、白石くんに今後の抱負を語ってもらって、今日はこのへんで締めようかな」


「抱負ですか。……じゃあ、売れたい……です」


 急に抱負を振られ、パッと脳裏に浮かんだのは『売れたい』という、実にシンプルかつ正直な答えだった。


 しかし、本音を言うと台本にないことを不意討ちで振らないで欲しい。どう答えればいいのか分からないし、無茶振りに対応出来る程のスキルを私はまだ持っていない。


「ここまで堂々と言えるのもなかなかに凄いね。俺と同じ事務所だし、そこに関しては大丈夫じゃないかな。マネージャーがなんとかしてくれるよ。白石くんが売れて、いずれは共演とか出来たらいいよね」


 ゆらぎは別ブースで収録を見守っている赤坂は一瞥すると、彼は黒瀬の言葉に微笑し頷いていた。


 最終的には黒瀬が、ゆらぎの直球的な答えを上手く纏めて、ラジオは無事にエンディングを迎えた。



「セメルくん、白石くん。収録お疲れさまでした」


 収録ブースを出ると赤坂が二人にねぎらいの言葉を掛けた。


「おつかれー。なぁ白石、お前結構ボケかます奴なんだな。今日は色々とびっくりしたわ」


「え? オレ、ボケてたつもりないんですけど……」


「それが白石くんの良いところなんですよ」


 三人で廊下を歩きながら雑談を交わしていると、珍しく黒瀬と赤坂の意見が一致して場が和やかな空気に包まれる。


 いやいや、ちょっと待ってください。黒瀬さんはともかく、そこでどうして赤坂さんまで同意するんですか。


 ゆらぎは二人の同意に納得がいかず、控えめに抗議する。


「……あの、お二人ともオレで遊ばないでくださいよ。初ラジオで、すごい緊張したんですから」


「ごめんね、気を悪くしてしまったかな。茶化していたわけではないですよ。でも、今日のラジオを聞いて、白石くんのことを知りたいって思う人が確実に増えたと思います」


「俺のラジオに出たんだから、知名度が上がるのは当然だろ」

 

 確かに新人で無名のゆらぎが、こうしてラジオに出演出来たのは黒瀬のお陰だ。突然の無茶振りだったとはいえ、知名度を上げるには良い機会だったのかもしれない。

 

 自身の番組にゲストとして呼んでくれた黒瀬には、素直に感謝しなければならない。


 しかし、黒瀬の行動には見え透いた恩着せがましさがないのは、実は後輩思いだからなのか。


 そう考えると、黒瀬セメルという人物が何だか良い人のように思えてきた。


 ……今度からは黒瀬先輩って呼ぼうかな。



 初めてのラジオ収録が終わり、寮に戻ると疲れが急激に身体に押し寄せてきた。倒れ込むようにベッドに直行し、目蓋を閉じる。


 明日はいよいよオーディションの結果が分かる日だ。結果はすでに見えているようなものだが、やはり緊張してしまう。


 今回のラジオの件は運が良かっただけで、明日からはまたオーディションの日々が続くのだろう。


 気が重いが訳ではないけれど、なんだか改めて大変な業界に飛び込んだことを実感した。


 ラジオで発言した『売れたい』という言葉が、いつか現実になるようにと思いながら、ゆらぎはゆっくりと眠りに落ちた。


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