第10話 Webラジオ「黒瀬のキミをセ・メ・テ・アゲル」

 私はいま、何故この場所にいるのか。


 そんな疑問を胸に、ゆらぎは向かい合わせで対面している黒瀬を一瞥する。


 場所は都内某所のラジオスタジオ。


 無論、ラジオの収録をする為に、ここにいるということは自分にも理解出来ている。けれど、この状況はどう考えてもおかしいのでないか。


 ──どうして私が、黒瀬さんのラジオにゲスト出演しているのだろうか。

 


 それは約一日前に遡る。


 スタジオでの収録を終えた黒瀬を、赤坂と共に迎えに行った帰り道。車内で突然始まった赤坂と黒瀬の口論。事の発端は黒瀬が、ゆらぎの日程を聞いたことが始まりだった。


「白石くん、セメルくんが何かおかしなことを言っても気にしなくていいですからね」


 コンビニの駐車場で、黒瀬の買い物を待っている間、運転席から後部座席へ顔を覗かせた赤坂が言う。


「はい」


 少しだけ黒瀬について踏み込んだ話を聞こうかと思案していると、買い物を終えた黒瀬がタイミング良く現れ、結局は聞けず仕舞いに終わった。



 寮に戻った後、午後八時半過ぎに黒瀬がゆらぎの部屋を訪ねて来た。


「……なんのご用ですか」


「さっき車で聞きそびれたやつ。明日の午後はスケジュール空いてるんだよな」


 黒瀬に問われて、沈黙する。ここは素直に答えてもいいのか。それとも駄目なのか。赤坂さんには間に受けなくてもいいと言われている。


「えっと……」


「白石のスケジュールボード確認したら真っ白だったし」


「そう、ですね……。たぶん何も予定はないかと」


 そこを指摘されたら、何も言い返せなかった。しかも、こんな時に限って二号室の住人、赤坂さんは社長と出掛けているし、誰も頼れる人がいない。この状況はゆらぎ的に絶体絶命だった。


「よし、なら決定だな。白石、お前明日俺のラジオに出ろ」


「……は?」


「赤坂には伝えておくから。じゃあなー」


「え! ちょっと、黒瀬さん!」


 玄関に立ち尽くして、断りの言葉を考えている間に黒瀬の話は勝手に進み、彼は言いたいことだけを言って踵を返した。


 というよりラジオって何? 私、何も聞いてないんですが。


 我に返り慌てて黒瀬を追うも、彼はすでに自室に消えた後だった。



「それでは、本番いきまーす」


「黒瀬のキミをセ・メ・テ・アゲル。リスナーの皆さん、こんばんは。声優の黒瀬セメルです」


 ディレクターの合図を受けて、黒瀬がお決まりのタイトルコールをマイクに向かって言い放つ。その表情はすっかり仕事用のスイッチが入ったようだ。


 ラジオのタイトルコールの後に、リップ音を恥ずかしげもなく披露する辺り、流石プロの成せる技とでも言うべきか。無駄に感心してしまう。


「そして、本日はゲストが来ております。それでは登場してもらいましょう。どうぞ」


「……し、白石護です。よろしくお願いします」


 予め大まかな段取りを聞かされていたとはいえ、初のラジオ収録。柄にもなく緊張してしまい声が上擦る。


 挨拶の後、無意識にお辞儀をして、危うくマイクに衝突するところだった。


「緊張してる?」


「かなり……してます」


「だよね。ま、気楽にいこう。初めましてのリスナーさんもいると思うから説明するね。白石くんは僕の事務所の後輩で、最近養成所を卒業したばかりだとか」


 普段の態度と打って変わり、ラジオでの黒瀬の物腰は柔らかく、沈黙の時間が生まれないように然り気無く会話を促してくれる。


「はい。まだ役を貰えていないので、これから頑張ります」


「そんなにガチガチに固まらなくてもいいけどね。俺も新人の頃は役なんてほとんど貰えなかったし」


「そうなんですか?」


「いや、俺だって初めから大役貰ってたわけじゃないよ? オーディションなんて数え切れないくらい応募したし。もちろん今だって基本はオーディションだからさ」


「え! 黒瀬さんクラスになるとオファーがきて仕事を貰えるんじゃないんですか?」


 超が付く程の人気声優でも、大変な時期があったとは意外や意外。てっきり、デビュー当時から絶大な人気を誇ってたのかと思っていた。


「そんなわけないでしょー。俺、そこまですごくないから」


 黒瀬がマイクに向かって話している姿は、どう見ても謙遜をしているようには見えず、少しだけ彼に対する好感を抱いた。


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