第9話


「あ! そうだ。白石くん、今日は一緒にセメルくんを迎えに行ってみない?」


「え? 大丈夫なんですか。怒られたりしませんか」


 ゆらぎは事務作業を手伝いながら赤坂を一瞥する。


「大丈夫。お仕事の邪魔はしないよ」


 そう言われても些か不安がある。


 何と言ってもあの黒瀬だ。収録現場へノコノコと行ったら、怒られるのではないだろうか。


 ゆらぎが答えあぐねていると、赤坂はすでに決定事項と言わんばかりの微笑を向けてた。


 時々、赤坂が発揮する他人に有無を言わせない強引さは、まさに黒瀬そっくりだった。


 ファンはタレントに似ると言うが、実はマネージャーもタレントに似るんじゃなかろうかと、考えながらゆらぎは仕方なく苦笑を返した。



 収録が終了する時間を見計らって、黒瀬がいるスタジオへ赤坂の運転で向かった。


 どうやら、タイミングはバッチリだったようで、車が近くの駐車場に入ったところでマスク姿の黒瀬が現れた。


「セメルくん、迎えに来ましたよ」


 赤坂が運転席のウィンドウを下げて声を掛ける。


「おー、サンキュー」


「お疲れさまです。黒瀬さん」


 同じようにゆらぎも黒瀬に挨拶をすると、彼は彼女がいることに、別段驚くこともなく後部座席に乗り込んできた。


「なに、白石も収録終わり?」


「いえ、なんか成り行きで赤坂さんに着いてきただけです」


「なんだそれ? まあ、いいけど。それより腹減った。赤坂、コンビニ寄ってくれる?」


「また、唐揚げですか?」


 赤坂が車を発進させると、黒瀬が携帯を操作しながら行き先を指定する。


 彼の『また』という言葉を聞く限り、黒瀬は仕事終わりにコンビニによく寄ってもらっているのだろう。


「いいじゃん。仕事終わりの唐揚げ。最高だぜ?」


 てか、そんなに唐揚げが好きなんですか。しかも、そのチョイスがコンビニの唐揚げの王様とか、売れっ子声優なのに、すごく安上がりな人だ。


 自分と同じ後部座席に座っている、コンビニの唐揚げが大好きな人物が、BL界隈ではドS王子として君臨しているとは実に摩訶不思議まかふしぎ


「ちなみにですが、セメルくん。明日のスケジュールは覚えていますか」


「当たり前だろ。午前に雑誌の撮影とインタビューが三件。午後にラジオの収録」


「……すごっ」


 スケジュールの内容を聞いて、思わず声が出てしまう。そして、何よりゆらぎが一番驚いたのは、黒瀬が何時にどの雑誌から取材を受けるのかを詳細に記憶していることだった。


 普段の私生活から黒瀬には勝手に不真面目な印象を抱いていたが、仕事に対しての真摯な姿勢に感心した。

 

 雑誌の撮影が一日に三件も有るとは、本当に人気なんだ。多分、他にも色々撮影とかが詰まってるんだろうな。私ならインタビューを受けても、全部同じことを答えそうだ。見習わなければ。


「あ、白石のスケジュールってどうなってんの?」


「オレですか?」


 不意に問われ逡巡する。脳裏に浮かんだスケジュールボードは真っ白。つまりは何も予定は無いということだ。


「セメルくん、白石くんを巻き込まないでくださいよ」


「いや! まだ何も言ってないから! 赤眼鏡は俺に一体どんな悪感情抱いてんだよ」


「いえ、悪感情は抱いてませんよー」


 棒読みの赤坂に負けじと黒瀬も反論する。


 お陰で車内は騒がしくなり、ゆらぎは頭痛を覚えてひたいを押さえる。


 この二人は良いコンビなのか。それとも、良くないコンビなのか。


 いや、長年二人三脚で仕事をこなしてきたのだから何だかんだ言っても、相性は良いのだろうか。


 ……よく、分からなくなってきた。


 で、結局。黒瀬さんは私に何が聞きたかったのか。二人の言い争いにより完全に聞くタイミングを失ってしまった。

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