第3章 2-3 二人のゴステトラ

 「マサ、ロシアの精霊とやらの痕跡は分かる?」


 長い白袖で口元を隠しながら烏帽子えぼし姿のその青年、流し目で眉をひそめつつ火災の跡をちらりと見やり、


 「分からないでもありませぬ」

 「え、ホント!?」

 まさか、分かると思っていなかった千哉ちかが驚く。


 「分かるんだ?」

 「お前はどうなんだ?」


 むしろ、こちらのほうが得意そうだ。顔が毛皮に隠れて見えない古代人めいた半裸の人物は鼻を鳴らし、火災現場で石槍を支えに四つん這いに近い格好で身を屈め、慎重に臭いを嗅いだ。


 「ワカル。ツチグモナイ。ワカル」


 野賀原のがはらと千哉が、目を向いて見合った。ゴステトラにこんな能力があったとは、だ。まさに灯台下暗し。


 「最初からやらせりゃよかったぜ」

 ため息交じりに、野賀原が頭をかく。そんな発想が微塵もなかった。仕方ない。

 「何がどう分かるわけ?」


 「何と呼べばよいのか知りませぬゆえ、精霊の力とでも申しておきましょう。それが間違いなく働いておりまする。土蜘蛛より純粋な、古代の霊力です。より、分かりやすう」


 「ナツカシイ、ニオイ。ムカシ、コンナニオイ、アフレテ、イタ」


 「ええ。確かに、頼光様が諸々を退治していたころは……かような輩はそこらじゅうにおりました」


 二人とも、ポカンとして声も無かった。

 「……で、ぬし殿、この精霊の力の痕跡を、どうせよと?」


 千哉がハッとする。そうだ。ゴステトラは、勝手に動いたりはしない。意思はあるが、動かすのは狩り蜂である。


 「ええと、その。どうしよう……」


 「バカ、探すんだよ! 連中より先にみつけて、先んじてナントカっちゅう家の精霊を全部つぶしてやる!」


 「そうか!」


 まさか、土蜘蛛(精霊だが)をこっちから探し出して倒すなどと、考えもしなかった。出てきたものを退治するしかないという、何百年と続いてきた狩り蜂の常識へとらわれすぎていた。


 「大反省と大発見だぞ、こりゃあ」

 助手席で野賀原がうなる。運転しながら千哉も、

 「協会にも報告しておきますね」

 「そうだな。もしかしたら、退治の法則が変わるだろうぜ」


 二人は火災現場から離れ、駅前の商店街へ来た。ここら一帯はまだ火事の空白地帯で、次に精霊が火災を起こすのなら、こういう空白地帯だろうという目ぼしだ。


 そこで人目を避けつつゴステトラを出し、精霊の力の痕跡を探させたが、特に見当たらなかった。人目を避けたのは、土蜘蛛が出たと間違われてパニックになるのを防止するためだ。


 「とりあえずここらへんは無し……か」

 「細かく探ってゆきましょう」

 「どの程度まで分かるんだ?」


 後部座席へ、再びそれぞれのゴステトラが実体化する。これまでも自動車へ乗ったことがあるようで、しっかりシートベルトまでして、慣れたものだった。


 「我は力の痕跡を見ることができまするゆえ、見える範囲では。独特の力ゆえ、微かではありまするが、かなり後まで残っている様子」


 「オレ、ニオイワカル、オナジ、ノコル」

 「へええ」

 野賀原は感心しきりだ。


 「もしかしたら、こうして二人を出しっぱなしのまま、車を流したほうが早いかもしれません」


 駅前からまたマンションを含む住宅街へ入り、千哉がそう云った時だった。

 「あそこにおりまする」


 マサが何気なくつぶやいたので、思わず急ブレーキを踏む。後ろを走っていた車から、豪快にクラクションを鳴らされてしまった。路肩へよけ、ハザードを出す。


 「どど、どこ!?」

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