第3章 2-2 ゴステトラ捜査

 二人は現場を離れ、一時的に安い賃貸へ移っているこの家の住人からも話を聞いた。やはり、何も火の気の無いところがいきなり何か所もブスブスと燃え上がって、一気に火が回って何もできなかったという。


 「スプリンクラーは?」

 「作動したんですが、すぐ止まってしまって……」

 「故障ですか?」

 「わかりません」


 故障か、家の精霊とやらが止めたのか。

 そのほかにも話を聞き、二人は真新しい賃貸アパートを出た。


 その二人を、道の反対側のコンビニの前からサングラス姿の男性が見ていた。濃い茶色の髪をしたスラヴ系の白人で、上着を脱いだスーツ姿のうえ、ガタイもいい。どこからどう見ても日本で働く外資系の営業マンという雰囲気ではない。


 「やっこさんがた、隠れようともしねえな」


 車へ乗った野賀原のがはら係長が口をひん曲げて苦笑した。千哉ちかも新しいガムを口へ放り投げる。


 「いざというとき、公妨は適用できるんですか?」

 「できても、その日のうちに釈放だろうさ!」


 考えていても仕方なく、二人は車を出して次の現場へ向かう。タブレットに地図を出し、スライドする。火災現場をマークしているが、規則性、法則性はまったく無い。


 「相手は人間じゃないし、放火犯のパターンも通用しないしなあ」


 千哉は寝不足で隈ができていた。職業上あまり濃いメイクもできず、みっともない顔を隠すこともできない。


 「いっそ、ゴステトラを遣うか?」

 「ゴステトラを? 捜査にですか?」


 ゴステトラは実際に土蜘蛛を退治する場面で遣うのが原則で、捜査段階で遣った事例はなかった。また、遣い方も確立していない。マニュアルも何もない。理由は、土蜘蛛はこんな手のこんだ犯罪をしたことが無いためである。出現する、人間へ害をなす、退治する。延々とこれだけだった。逮捕するのは土蜘蛛を利用する人間の犯罪者であって、彼らにゴステトラを遣うことは禁じられている。つまり、土蜘蛛のいない場所で、ゴステトラを基本的に出すことがない。


 まして、今回は土蜘蛛とは異質の存在が相手だ。遣うと云っても、何をどうすればよいのか。


 「手さぐりですけど、やってみますか……」

 窮余の策にも似た単なる思いつきであったが、これが功を奏した。


 とりあえず、次の現場の一軒家へ向かう。住宅街へ入り、まだ規制線の張られて見張り署員のいる現場へ手帳を提示して入る。


 ここは、寝室が焼けただけで被害は少なかったが、やはり火災保険が出る出ないでもめているようだ。土蜘蛛事件の可能性があるということで千哉たち特現刑事が出張っているわけだが、土蜘蛛が原因だと逆に保険が出ないので、あまりいい顔をしない被害者もいる。保険金が出るにしろ出ないにしろ、早くハッキリさせてほしいという人もいる。


 「確かに、土蜘蛛保険で火災は聞いたこと無いな」


 「保険ではありませんが、土蜘蛛事件と認定されれば、おそらく火災でも厚労省の補助金が出るはずですが」


 「ところが、実態は土蜘蛛でもないと来た」

 「ロシアの精霊かもしれない……と。それも土蜘蛛ということにしちゃえばいいのに」


 「法改正までするかねえ?」

 「そこは、規則で運用ですよ」

 「財務省が許さないよ」


 それは、たとえロシアの精霊を土蜘蛛として認めたとしても、それによって増えるであろう厚生労働省の補助金の予算を、財務省が認めないという意味である。つまり、ロシアの精霊は、日本では土蜘蛛として認められない。


 「消防庁には、何か情報が行ってるんですか?」

 「知らないね」


 二人は家主の許可を得て、寝室でゴステトラを出した。千哉は、狩衣にも似た白を基調とした飾り紐だらけの派手な装束へ身を包んだ美青年。野賀原は、対照的に人狼にも似た狼の顔をし、毛皮を着た古代人のような半裸の小柄な人物だった。じっさい、これは大きな狼の皮をかぶっているだけだ。手には石器の槍を持っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る