第3章 3-1 いつもの放課後からの変化

 野賀原のがはら千哉ちかが窓を開けて周囲を見やった。外の空気が入ってきて、

 「ニオイスル、スル。アタラシイ、イル」


 人狼もどき……野賀原は「やっさん」と呼んでいるが……は、もうシートベルトを外し、ドアを開けて車を降りた。


 「やっさん、待てって!」


 野賀原や千哉もあわてて降りる。マサは、留守番と決めたようだった。なぜなら、駐車禁止だったからである。


 「なんか云われたら動かしといて!」


 エンジンをかけたまま、千哉がマサへそう残すや走って行ってしまったが、マサは運転なんかできるはずもなかった。とうぜん、運転免許も無い。


 「……やれやれ、御転婆おてんばで浅はかな女主おんなあるじを持つと苦労するわえ……」

 平和そうに、マサは後部座席から青空を見上げてつぶやいた。



 「おい、やっさん! おちつけ! せめて姿を消せって!」


 通行人が目を丸くし、すわ土蜘蛛かと身をすくめる中、石槍を持った狼姿のやっさんが低姿勢で駆ける。その速いこと。野賀原と千哉ではとうてい追いつけなかった。


 やっさんもそれへ気づき、途中から二人以外と霊感の強い者にしか見えない幽体となった。野賀原は、当然、自らのゴステトラがいまどこにいるかくらいは分かる。免許ならば誰でも分かることだ。やっさんが遥か先を行って見えなくなっても、確実にその後を追った。人にもよるが、そもそも、ゴステトラは狩り蜂から数百メートルしか離れられない。


 距離にして二百メートルも進んだだろうか。ドモヴォーイだかいうロシアの精霊は、そんなに足が速いのだろうか。軽く息を切らせながら裏道を通って、角を曲がり、古いアパートなどが並んでいる場所へ出ると、やっさんの後ろ姿が見えた。その前に、火の塊のような小さい人のようなもの。あれが件の精霊か。


 そしてなにより、翼長が四、五メートルにもなろうかという怪鳥ともいうべき大きさの炎の

羽毛を持った巨大な鳥と、竜人の姿をした見覚えのある怪物……ドラゴンゾンビが、ドモヴォーイを中心にして三つ巴となって三竦み状態でいる。


 「……山桜桃子ゆすらこ、下がってて!」

 千哉が叫んだ。



 3


 その日、図書室へ行く前から、休み時間のトイレで似衣奈にぃなが山桜桃子へ寄ってきた。


 「ねぇえ、このあいだ中川せんぱいとどうしていっしょにかえったのお?」

 「どうしてって……」

 準土蜘蛛案件だった。軽々しく云えぬ。目をそらしながら、


 「まあなんかその、相談っていうか」

 「なんの相談?」

 「なんでもいいじゃん」


 山桜桃子がそのまま教室へ戻ってしまい、似衣奈が頬を膨らませる。放課後の図書室でも機嫌が悪かったが、特に中川胡桃と山桜桃子が仲よくしているわけでも無く、不機嫌は長続きしなかった。


 帰宅時間となり、図書局一年と一般生徒たちは帰らされる。山桜桃子と似衣奈が何事も無かったようにその日も学校を後にした。


 たわいもない中間テストの話やら、先生の話、互いの同級生の話、どんな本を来月買うとか秋の文化祭への企画展など図書局の話、それから似衣奈が以前より興味を持っている土蜘蛛退治の話などを話せる範囲でタラタラとし、いつものコンビニで甘いものを買って食べ、お茶やジュースを飲む。いつもの日常風景で、その日もいつもの放課後が終わろうとしていた。


 そして、もうすぐ山桜桃子と似衣奈が別れる交差点へ辿り着くというころ……山桜桃子の目の前を例の火の服を着た小いさいおっさんが忽然と電柱の上から下りてきて、ひょこひょことあわてふためいて逃げて行った。


 思わず口につけたばかりのペットボトルのウーロン茶をふいて、山桜桃子がダッシュで追う。


 「おっおっおっ、ど、どした!?」

 勘の良い似衣奈、面白がって気づかれぬように山桜桃子の後を追った。


 もう、ゾンが山桜桃子の横に出現する。

 「出やがったみねてえだな!」


 「ちょっと、もう見えないよ!」

 「バカヤロウ、オレがしっかり通った跡を観ているぜ!」

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