第2章 5-4 小せえ火のおっさん

 確かに、火の服を着た小っせえおっさんとはよく云ったもんだ。火っつっても、赤い生地というか、見方によってはそいつ自身が燃えているようにも見えるが、ゆらめく飾り布を全身にまとっているようにも見える。髪は赤茶けて、針みてえに尖ってボサボサだが、それを覆い隠している赤いとんがり帽子がまた憎いじゃねえか。なんだよ、それ。


 そしてツラだ。おっさんというより、老人だ。しわくちゃで、鼻が異様に長え。眼もシワに埋もれている。手足は棒キレみてえに細く、爪が長え。耳も尖っている。背は丸まっていて、猫背というより背骨も曲がった老人みてえだ。そいつが、オレ達の目の前でひょこひょこと歩いて道路を渡っている。どこから現れやがった?


 と、いうより、こいつは何だ!?

 「ゾ……ゾン、これ……」

 「わからねえ。土蜘蛛じゃあねえぞ」


 オレも警戒態勢に入る。ユスラを少し下げた。こいつ……幽体と実体の中間みてえな存在だ。


 「やっちまうか?」

 「え……?」


 いいの? という不安に満ちた顔をユスラがオレへ向けた。いいもなにも……わからねえ。恐ろしくはねえが、未知なのがちょっと不安だ。こいつと戦って、何が起こるか分からねえというな。


 すると、そいつがふいとこっちを向いた。そして、にんまりと笑いやがった。細けえノコギリ歯が耳まで裂けんばかりと三日月に開いた口げびっしりと並んでいる。黒くて小せえモグラみてえな眼が、火の色に光った。


 ボワッ、ボワ、バッ、グワッ! いきなり音を立ててそいつが踊りながら両手を振り上げ、手から火の粉を含めた燃え盛る薪や石炭みてえなものをばらまきだした。


 ……物質だ、こいつ、物質を出してやがるぜ!

 「なん……!?」


 いつもの土蜘蛛とは明らかに異質な攻撃に、ユスラも固まって声もねえ。


 というか、こいつぁ……魔法か!? この世界でも魔法を使うやつがいるのか!? いや……魔力の動きが鈍い。こんなもんで術式は発動しねえ。そうなると、火だけならまだしも、こいつはどうやって薪やら石炭やらを無から出している!?


 「イヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 狂ったように笑いだして、そいつがそこら中に燃えている薪や石炭をばらまく。これが家の中だったら、たしかに火事にもならあ。そうか。そういうことか。


 「なんだかわかんねえが、ここで会ったがナントヤラだ。こいつがなんだろうと、やっちまったほうがよくねえか?」


 「……」

 珍しく、ユスラが黙りこむ。こりゃ、いつもと逆だ。


 「ユスラ!」

 「あ! ああ、うん……でも……」

 「らしくねえな」


 「こいつ、土蜘蛛じゃない……んでしょ?」

 「勘定に入らねえ退治はしねえってか?」


 「そういうのじゃないけど……」

 「じゃあ、なんなんだよ」

 「あんた、勝てるの?」

 「…………」


 て、てめえ、云ってくれるじゃねえか。ユスラじゃなかったら、今ごろグダグダに踏みつぶされてるぜ。


 オレは実体化し、無言で前に出た。怒りでついつい力が入り、音を立てて硬い地面へ足がめりこむ。


 「ちょっと、そういう意味じゃない。あんたの力が通じるの? って意味!」

 オレが振り返る。なるほど。云われてみりゃあ、確かにな……。けどよ、


 「やってみねえとわかんねえだろ!」


 オレが小っせえおっさんめがけ、逃げられねえように周辺の構築物ごと路地へ結界を張って行く。全力で魔法戦ができりゃあ、こんなカスは結界だけで押しつぶすんだが、ユスラが耐えられねえだろう。最低限の魔力行使で魔法戦だ……。ま、この第九だいく天限てんげんりゅう皇神おうじん様様様にとっちゃあ、ちょうどいいハンデだがなあ!

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