第2章 3-6 小物にゃあ小物のいいところ

 ガアン!! 雷鳴めいた音がして部屋中が揺れる。ヤカモチの机の上に溜まっている書類がドサドサと床へ落ちた。他の人間はおろかヤカモチもメガネも、地震かと思って固まっている。オレがこっち側で、怒りにまかせて足踏みしただけでこれだ。ビシィ! ビキッ、ビギィ! ギュゥ、キュキュ……!! 空間に亀裂が走ったようなラップ音もする。道場中のゴステトラがざわめいて、異様な幽気が充満する。


 「こ、これは……!」


 ヤカモチめ、オレの姿を思い出したようだな。ユスラは気絶してて観てねえが、いっちばん最初にオレがこっちへ現れてユスラへいたときの、オレの真の姿を。もう、手が震えてるぜ。小物め。


 だけど、小物にゃあ小物のいいところがある。


 「ま、ま、ま、まあ、まあ、こ、今回はいいだろう。だだだ、だが、次、次はしっかり山桜桃子ゆすらこ君を指導して、手伝ったのなら手伝ったでいいから、ちゃん、ちゃんと報告をしししなさい。きき、規約だからね。なにも、実績が無効になるわけじゃない。次に持ち越されるだけ、だけだからね……」


 大物に弱いっつう、いいところがな。

 「ありがとうございます」


 メガネのほうが、きもが据わってやがる。ユスラの腹心になるご身分だからな。ヘヘ、頼もしいぜ。


 そのメガネが、職員たちが注目する中を悠然と退室した。

 「おい、おめえも、当分は変な気おこすんじゃねえぞ」

 「…………」

 怨霊君へ釘を刺しておく。無反応だがな。


 メガネと怨霊君が帰ってった。めいめい、執務を終えた協会職員も帰る。住みこみの職員もいる。屋敷内に寮があってな。協会の職員つうより、天御門あまみかど家に雇われてる女給連中だが。


 ヤカモチは通いだ。どっかにマンションつう集合住宅の一室を買っているらしい。協会の仕事のほか、退治もするんで収入はあるようだ。ヤカモチだって免許なんだから、それなりにやり手のはずなんだが、そうは見えねえ。狩り蜂もいろいろだ。


 屋敷内が静かになって、オレはユスラの様子を見た。泥みてえにねむっている。そうとう疲れたんだな……。


 オレはその日も星空を観て過ごそうかと思ったが、曇りだった。

 月も出てねえ。

 こっちの月は、でかいのがひとつしかねえんだ。

 夜空が見えなくても、この街にゃあ地上に星があるぜ

 


 4


 それから三日後、もう一回、ユスラに退治の依頼があった。ペースが速くねえか? ばあさんが帰ってくる前の日だ。ばあさんのいねえ間に、ユスラを疲弊させようって魂胆じゃあねえだろうな。


 「おう、てめえ、どうなんだよ、答えやがれ」

 「も、申し訳ないであります! 自分は、何も存じあげません!」


 ヤカモチのゴステトラへ迫ったが、棒っきれみてえに敬礼したまま汗だくでそう繰り返すだけだ。ま、そらそーだよな。


 「チッ」

 しかたもねえ、出動だ。


 学校の帰り、またコンビニだかいう小店で落ち合ったメガネが心配してやがる。たりめえだ。


 「お嬢、無理しないでください」

 「わかってる。無理そうだったら変わって」

 「わかりました」


 ユスラが自分でそう云うなんざ、よっぽどだぜ。三月から始めて、そろそろ疲れがドッと出るころなんだろう。


 だけど、今回は最初に戻ったみてえな雑魚中の雑魚だ。あのハゲ、逆に気ィ利かせたんじゃねえのか? だとしたら、オレが凄んでやった甲斐があるってえもんだが。


 偶然かもしれねえが、なんにせよ、こりゃサービスだよ、サービス。


 なんてったって、今にも消えそうな亡霊だからな。ほっといたっていいんじゃねえの? つうくらいの。

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