第2章 4-1 バンシー

 歩いて行ける近所の空き地で、隅っこにぽつんと立ってる陰気なツラした中年女の地縛霊だ。おいおい、ホントにこんなんで十六匹目めかよ。楽勝すぎて薄気味わりぃぜ。


 「ゾン!」

 「云われなくても、あんなもなあ、指先ひとつだってえの」


 オレがゆっくり空き地を進む。逆に、完全に実体化しねえ。相手が完全幽体だからな。こういう土蜘蛛もいるんだよ。


 ところが、その女幽霊、オレが間合いに入った瞬間……ザンバラ髪をかきむしって大絶叫を上げやがった。おいおい、こいつあ、泣き女バンシーだ。この金切り声をまともに聴くと、人間は発狂するんだ。


 ハハッ、そんなこったろうと思ったぜ。


 オレは縮小している翼を大きく広げて自己魔力をほんの少しだけ解放し、結界を作って完全にその絶叫攻撃を防いだ。ユスラからは、何やってんのか分かんねえくらいにな。


 「ばーか」


 狼狽うろたえるバンシーを結界で完全に囲っちまうと、今度はオレの大咆哮だ。魔力を帯びた波動を至近で浴びて、バンシーは見る間に薄れて消えちまった。


 「フン」

 オレが振り返って、またゆっくりと戻る。ユスラのほっとした顔が見えた。


 「終わったの?」

 「ごらんのとーりだ」

 「終わってないじゃない!」


 へ?


 オレが振り返る。さっきのバンシーが、にやけて立ってやがった。

 「てめえ……」


 ちょっとむかついたぜ。どうしてだ? また泣き叫ばれる前に、再度結界を張る。だが、あんまり魔力を使ってらんねえ。ユスラに逆流するし、オレ自身の魔力が減少すると元の世界からユスラを通して供給される。自動的にな。ユスラがそれにいつまで耐えられるかは、誰にもわからねえ!


 「なめやがって」


 しまった。幽体に物理攻撃は逆に効果ねえ。どうしても、こっちも幽波動攻撃になる。魔法が手っ取り早えんだが、んなもんそうそう使ってらんねえよ。ユスラが死んじまう。


 クソが、あのハゲ、やっぱり殺してやるぜ!


 バンシーの絶叫とオレの咆哮の、音響合戦となった。結界内なので遠慮はいらねえ。こんな大幽波音、もし結界を張ってなかったら、いくら周辺住民が避難してても聞こえるぜ。そうしたら、中にゃあ気分が悪くて病院に行くやつも出るだろう。それほどだ。


 だけどよ、こんな細っちい大年増おおどしまと、オレだぜ。基礎霊力が違うよ、基礎霊力が。いや、オレは魔力か。


 オレがヴォリュームを三段階くらい一気に上げると、またバンシーが掻き消える。だがオレはその場に留まった。……ほぉら、またぞろ滲み出てきやがった。


 「てめえ、ざけてんじゃあねえぞ!」

 二度も同じ手はくわねーよ。ボケが。


 オレは実体化すると、バンシーの足元めがけて右手をつっこんだ。地面がえぐれ、土砂が飛び散る。オレはこいつの魔力の根っこをつかむと、一気に引き上げた。


 ボゴオォッ! でっかい人間サイズの植物が引き抜かれる。人間めいた姿をした、腐ったニンジンみてえなもんが地面の下から現れた。特大マンドラゴラ。あるいはマンドラゴラのバケモノだ。顔があって、大口開けてやがる。


 こいつが、偽のバンシーを囮として出して、近づいてきた人間をその声で発狂させ、憤死させやがる。そうして死んだ人間を養分として食う。こいつの死の絶叫は、亡霊の比じゃねえぞ。


 ズボアアア!! だが、この距離じゃこっちのほうが速え。いくらオレがソンビだってなあ。オレの火炎放射一発でマンドラゴラは燃えあがって、自分の断末魔を聴きながらたちまち燃えつきちまった。ただの火じゃねえ。ドラゴンの息吹だ。こいつらの魔力に引火して、一気に燃焼させる。こっちの土蜘蛛連中じゃ、耐火魔法も知るまい。


 「手間ァかけさせやがって」

 ペッ。燃えかすに唾をはきかけて、オレは今度こそユスラのところへ戻って、消えた。

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