第2章 3-2 顔饅頭

 「…………」


 うつむき加減に兜の下で真っ黒い闇をのぞかせている名前も知らねえメガネのゴステトラへ指をつきつけて云うと、オレはのっそりと向こう側へ出た。


 「ゾン」


 ユスラが不安げにオレを見上げる。本能で不吉なものを感じているのかもしれねえ。


 オレは前に出て、瘴気を嗅いだ。懐かしい匂いだ。同類のな。それに、人間の臭いもする。いや……ものの。


 「おまえは下がってろ」

 オレはユスラを押しのけるようにして、さらに一歩、前へ出たが、

 「ちょっと……子供扱いすんなって」


 子供じゃねーか、なに云ってんだよ。

 「泣いたってしらねえぞ」

 「泣くわけないでしょ!!」


 しまった、逆効果だ。どーも、こういう手合いは苦手だぜ。ユスラがオレを追い抜いて廃屋へ向かう。思わずメガネを見た。メガネがオレを見て、小さくうなずく。あの怨霊を出す気はねえみたいだ。


 よしよし、まかせておけ。


 ドガシャア! おっと、ほら、突然来たぜ。二階の壁と窓を突き破って、でっかいおっさんの顔が空地となっている地面へ落ちる。顔だけだ。顔っつうか、首だけ。三メートルくらいある、まん丸い顔のバケモノだ。血走った眼が光る。薄い髪も顔もなにもかも脂ぎってて、土蜘蛛独特の臭いがスゲエ。重そうにバウンドして、巨大な顎をもごもごさせている。ねばねばしたよだれが糸を引いて、まっ黄色い乱杭歯の奥で紫色の舌が蠢いているのがわかる。口臭がとんでもねえ。


 「きもッ!」

 ユスラが硬直した。


 するとそいつが、固まって顔をしかめるユスラへむけてなにかを吐き出した。ユスラが避ける前にオレが……と思ったけど、オレも実体化したらゾンビだからな。基本は幽体だから別にこれ以上は腐らねえけど、腐ってるから鈍いんだよ。


 オレより先にメガネがユスラをかばうようにして後ろへ下がらせる。


 その二人の足元へ転がったそれは……骨だ。豚か? んなわきゃねえよな。こんな街中、豚のほうが珍しい動物だ。


 さらに、プッと吐き出す。これは分かりやすい。頭蓋骨だ。人の。顎から上。


 さらにプッ、プッ……と。三人も食ったのか。人を。やれやれ、こりゃ死刑だな。はい死刑執行。


 「……」

 ユスラの命令がねえ。


 オレが振り向くと……あーあ、云わんこっちゃねえ。はじめてまともに人を食った土蜘蛛を見て、びびってやがる。真っ青になっちゃってまあ……やっぱり泣いてんじゃねーか。指摘は……しないでおこう。


 メガネが前に出る。怨霊君を出すか? カッコつけた手前やめてほしいんだが、ユスラがあれじゃしかたもねえ。


 「ゾン!」

 おっと、ほいきた。やるじゃねえか。そうやって、きもを練っていくんだよ。


 「……ぶっつぶせ!!」

 「よっしゃ」


 まかせとけ。オレが地面を揺らして、前に出る。といっても、竜化はしねえよ。こんな顔饅頭ごときに。それに、今はちょっとユスラへの負担を抑える頃合いだ。


 ゾンビったって、初動は遅いし持続はしねえけど、瞬発力が無いわけじゃねえからな。


 ズシ! と体重を乗せ、指の第二関節を突き出すように握った右こぶしを顔饅頭の眉間へ突き立てる。爪が尖って長いので完全に握りこめねえのもあるんだが、このパンチはオレの得意技よ。ただ握りこむより効くぜ。オレがなんでこんな拳を知ってるのかは忘れちまったけど、昔からこれでやってる。


 けど、顔の野郎、瞬時に後ろへジャンプして威力を殺しやがった。豪快に廃屋の壁をぶち抜いてぶっ飛んだが、ありゃオレのパンチのせいじゃねえ。ほとんど自分で下がったんだ。

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