第1章 6-3 あたしは大丈夫
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと、気が動転して……おばあちゃんの家に行こうと思って」
先輩は少し動揺しながら視線を外し、そんなことを云った。いくら動転してたって、あんなに速く走れるもんなのかな。
「先輩の家がもえたんですかぁ?」
「いや、ウチの部屋じゃないんだけど、近いから、臭いもつくだろうし、もしかしたら消防の水も入ってるかも」
「大変でしたね」
「まあね……」
云っていいのか悪いのか分からなかったけど、空気を読まないにぃな、
「あの外国の子は、おともだちですかぁ?」
そういうとこ、マジで尊敬する。わが友よ。
「いや……急にからまれて……びっくりした。助かった。もう、おばあちゃんち行くから。ありがと」
最後まで先輩が眼を合わさずに、そのまま女の子の消えた方角と同じ路地の奥へ行ってしまう。心配だったので送って行こうとも思ったけど、なんか後ろ姿がそれを拒絶していたので、二人して、黙ってその場を去った。
気になるのは、あの外国の女の子が逃げてしまっても、ゾンがずっと出ていたことだった。
それどころか、にぃなと別れるまで、ゾンはあたしの近くでずっと出ていた。
「じゃあね」
「うん……」
代々木公園側から入って、ゾンが消える前に、
「なんだったの、あんた」
と云ったが、とうぜん、答えはなかった。
それどころか、さっさと消えやがった。
あたしは憤慨極まって、不機嫌なまま道場へ帰った。森の中の正門から入って、裏手の勝手口というか、母屋の裏玄関へ向かうために広い前庭を横へそれて歩いていると、覆面パトカーが正門から出て行くのが見えた。関係者は、特別に公園内を自動車で走る許可をもらっている。
なんで覆面だってわかったかというと、運転してたのが千哉さんだったから。隣の上司の人らしいオジサンと二人で、すっごい難しい顔をしてた。というか、めっちゃガムかんでた。
あたしは外国の女の子と、火の鳥を思い出した。
もしかして……連続火災に外国の土蜘蛛や狩り蜂がからんでるんだとしたら、そりゃ千哉さんも渋い顔になるよね。
憤慨気分もふっとんじゃって、裏玄関から入る。いつもの、ロボットみたいなお手つだいさんたちと挨拶して、部屋で着替えて、一人で晩ご飯食べて、シャワー浴びて、パジャマを着て、適当にネットして、寝る。ルーティンだ。晩御飯はエビフライだった。でっかいエビで、めっちゃ美味しかった。タルタルソース大好き。まだ、味が分かってるし、何を食べたか覚えてる。まだ、大丈夫。
あたしは大丈夫だ。
真っ暗な部屋で、遠くから、消防車の音が聞こえてきた。
あたしはベッドで頭から羽ぶとんをひっかぶった。
いつまでも、消防車の音が耳からはなれなかった。
第二章
1
オイッス。
ゴステトラの、ゾンだ。
いやあ、この前は失敬失敬。まだ、こっち側の思考体系に馴染んでなかったからよ……。いまは、もうだいぶん大丈夫だぜ。
ちなみに、ゾンってのはユスラがつけた。ゾンビだからゾンだよ。ま、子供の発想だからな。そんなもんだ。
もっともオレの真名は、人間にゃあとても発音できるものじゃねえから、別にそれでもいいかな、って思ってる。
真名なんてとっくに覚えてねえしな。
とにかく、自分でもよくわからねーことばっかりだ……。
どうしてゾンビになったのか。
どうしてゴステトラになったのか。
これからどうなるのか。
まったく覚えてねえし、考えてもわかんねえから、考えてもいねえけど。でも、そう思うんだよ。……哲学的だな。腐ってもドラゴンだしな。ホントに腐ってるけど。
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