第1章 6-1 中川先輩のマンション

  

 中間テストの最終日に、テスト中は部活禁止なのでにぃなと二人で帰ってると、ものすごい消防車の音がして、何台も目の前を通りすぎる。すると、もう通りに人だかりができていて、焦げ臭い空気が風に乗ってやってきた。近くなんだ!


 「いってみよ!」

 「待って!」

 にぃなが走り出した。野次馬に興味ないけど、


 「中川先輩のマンションのちかくだよ!」

 と、云うので、とりあえずついてゆく。


 現場は騒然としていて、規制線が張られて、それ以上は近づけない。それより、人だかりが凄すぎて見えない。十階建てほどのマンションの上のほうが燃えているようだった。真っ黒い煙が立ち上って、はしご車が何台も高い梯子をかけている。マスコミのヘリも凄い来ていた。


 「帰ろう、にぃな、先輩には後で連絡しなよ」

 「う、うん……」


 とたん、すごい爆発音がして、悲鳴もした。見ると、ガスにでも引火したのか、黒い煙だったのが猛炎となって窓から噴き出ている。まるで、でっかい松明だ。


 あたしはなぜか、ゾンの吐く火を思い出して嫌な気分になった。

 「……?」


 帰ろうと云ったにもかかわらず、あたしはその炎に釘付けとなった。確かに見えた。その猛烈な炎が千切れて、鳥みたいに羽ばたいて飛んでゆくのを。


 「……ゆすらぁ?」

 「…………」

 「ゆすら!?」


 「えっ、あ……うん」

 「どした?」

 「いや、なんでも……ない」


 雷の話を思い出す。土蜘蛛案件だ。にぃなへ云うわけには。

 「かえろ」

 「うん……」


 ところが、帰ろうとして踵を返すと、突然、人ごみの中から中川先輩がとび出て、どこかへ駆けていくのが見えた。一瞬、二人で眼を合わせて、あわててその後を追う。


 「……!?」

 「あれっ!?」


 走るの速ッ!

 「中川先輩って……陸上部も……入ってたっけ……!?」


 返事がない。見ると、にぃながずっと後ろであえいでいる。仕方なく止まる。

 もう、見失ってしまった。


 「……メールも……図書局の……ラインも……インスタも……返事ない……」

 にぃながハアハア云ってスマホを操作した。そりゃ、さっきの状態じゃないだろうね。


 「先輩、どうしたんだろ」

 「……わか……わかんない……」


 にぃなが両膝へ手をついて、目をつむって過呼吸かっていうほど激しく息をしている。運動不足すぎるだろ……そんなに太ってるようには見えないのに、これは基礎体力の問題だろうな。


 「ほら、おちついて。ちょっと休もうか」

 「ごめん……」


 汗だらだらでヒーヒーいうにぃなへ手をそえ、ゆっくり歩いて、コンビニを探す。近くにはないようなので、少し歩いて、どっかのマンションの前の植栽へ腰かけた。自販機があったのでペットボトルのお茶を買った。


 「はい」

 「……ありがと……おなか……おなか痛い……」

 にぃなが脇腹を押さえる。そんなに走ったかなあ!?


 と……。

 あたしは口へふくんだばかりのお茶をふきだした。

 狭い道路に、ゾンが立ってる。


 (な……!)

 目をむいて立ち上がりかけ、

 (なにやってんの! 早く消えなさいってば! 邪魔でしょ!)


 こぼしたお茶も拭かず、声は出さずに、必死にジェスチャーする。ほら、クルマきた!


 あぶない、ぶつかる!

 ……と、思ったら、クルマはゾンをすり抜けて行ってしまった。

 「あ……」

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