第1章 5-4 対狩り蜂戦士

 とたん……周囲が真っ暗になる。あんなに夕日がきれいだったのに、びっくりして空を見ると、一瞬にして真っ黒い雲が天をおおっていた。カミナリ雲だ。夕立でも来るかと思ったけど、雨は降らなかった。


 クカッ! 稲光だ。すかさず、耳をつんざいてとんでもない雷鳴。ついでに空気が震えて、びりびりと電気も大気を伝わってくる。


 目の前に落雷したんだ。

 その落雷がとらえたのは……。


 護岸を走っていた鬼が雷撃をうけて、全身から煙をふいて四つん這いのような姿勢で膝をついている。やったかと思ったけど、鬼はガクガクと身体を震わせて起き上がった、まだ目に光がある。でも、もう笑っていない。


 一歩、また一歩と護岸を踏みしめ、鬼が河川敷の公園まで上がってきて、またゾンの前に立った。悲壮的なまでの戦闘本能に思えた。そこまでして、ゾンと戦うなんて……そこらの土蜘蛛なら逃げに入っている。


 「あれは、戦士ですよ」

 しんがつぶやく。戦士って……もしかして……の……。


 「グゥオオオオオオオ!」

 初めて鬼が吠えた。悲壮的だ。ゾンへ向かって走る。でも、格段に動きが遅かった。


 ドグシャア!

 一撃でゾンが踏みつぶした。

 あっという間に空が晴れて、夕日が戻った。


 アスファルトへめりこんだゾンの足の下より、黒い煙が立つ。土蜘蛛が蒸発してしまった証拠だ。


 「終わりました」


 あたしは声が出ず、小山みたいなゾンの後ろ姿を見つめていた。

 ゾンもその姿勢のまま、ゆっくりと夕日へ融けるように消えた。


 「…………」

 あたしは、金縛りにでもあったかのように、ゾンのいた虚空を見つめていた。


 どうやって帰ったか、あんまり覚えていない。眞と一緒に、電車で帰ったはずだ。あの壊れた公園を残して。


 帰ったころには、すっかり暗くなっていた。

 ご飯も喉を通らなかった。


 その夜……あたしは熱を出して寝こんだ。きっと緊張と精神的疲労からだろうということだった。



 6


 けっきょくあの鬼の土蜘蛛は、あたしの段位では七体分として認定された。


 本部道場でも、土蜘蛛の強さなんて正確にはわからない。判定する機械でも発明されたら別なんだろうけど。その瘴気の強さで予測するしかない。あの鬼みたいに瘴気をあるていど隠す能力を持っていると、ことになる。土蜘蛛のほうでもそうやって狩り蜂を撃退する専門の「戦士」がいるらしいのは習ってたけど、まさか、自分が、ね……。


 六体+七体で十三体。紙切かみきりを取り越して、らいより先に目録もくろくになっちゃった……。


 ババアーは何も云わなかったし、呼ばれもしなかったけど、眞は気持ち悪いくらいにっこにこしてる。


 「二段階特進なんて、いいですよ、お嬢」

 あたしは、ため息しか出なかった。


 「くやしくないの? あたしみたいな新人の子供に、あっという間に並ばれて」

 「まだ、勘違いしていますね」

 「なにが」


 「貴女は、貴女を見て悔しがるようなな有象無象を、実力でねじ伏せなくてはいけません。日本の狩り蜂の頂点に立つ身分なのですから、これくらい、当たり前だって顔でいてください。たとえ、心でどう思っていようと、顔や言葉に出してはいけませんよ」


 「…………」

 ハアーあ。

 重たいんだっつうーの……。


 めまいをこらえて、地道に学校へ通う。

 二週間ほどたって、梅雨もさなかのころ。

 また火事が増えてきた。

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