第1章 5-3 鬼
あたしは息をするのも忘れて、すくみ上がった。黒々と逆光に浮かび上がる、鬼の姿。全身が毛むくじゃらで……その大きな角。眼だけが爛々と光っている。ごふぅ、ごふぅと低い呼吸も伝わってくる。生きている。間違いなくこの土蜘蛛も生きているんだ。その、電柱より太い腕は筋肉が脈打ち、きっと指先で小突くだけで、あたしの胴体は真っ二つに引きちぎられるだろう。そうして、頭からクッキーをかじるみたいにバリバリ食われる。昔話と同じだ。桃太郎って、きっと神レベルの狩り蜂だったんだ、きっと。
実は、その時には
ゾンほどの
じっさい、ゾンは元の世界では(おそらく邪だろうけど)神にも匹敵する竜として世界の半分だか三分の二だかを支配していたらしい。
そのとき、ゾンがこっちの世界でも魔法とやらを使ったのか、それとも何か別の方法でそうなったのかは、分からない。
いつもからは考えられないほどの速さで、ゾンが右掌で鬼を叩き潰した。
あたしはゾンの指の間に立ってて、衝撃でへなへなと腰から崩れ、座りこんだ。
おしっこ漏らさなかっただけでも、褒めてほしいくらい。
だけど、鬼はその攻撃すら避けてた。ゾンがアスファルトへめりこんだ右手を引き抜くや上を向く。
そしてブチブチと頬の肉と皮を引きちぎって顎がはずれたかと思うような大口を開け、とんでもない量の炎を吐きつけた!
空中で鬼が炎にまかれ、火だるま……それどころか、河川敷一帯が真っ赤に染まるほどの勢いで、大爆発した。
熱射と衝撃に照らされて、あたしは声も無かった。
ところが、鬼のやつ、それすら無事だった! 避けたのか、どうしたのかまったく分からない。とにかく無事だ!
ゾンはまだ空中で手足を縮めて丸くなっている鬼めがけ、左手で地面ごとアスファルトやその下の土砂、石材をすくって叩きつけた。弾丸めいて石つぶてが鬼へむかって飛んだが、鬼の周囲で全て砕け散ってしまった。どういうこと!?
「い、いまの、なに……!?」
「おそらく、恐るべき威力の
気がついたら後ろに眞が立っていた。
「ボディ……?」
ちょっとなに云ってるのか分からない。
立とうと思ったけど、情けないことに、腰が抜けて立てなかった。眞が立たせてくれる。恥ずかしかった。純粋に。狩り蜂として。みっともない。
鬼はさらなるゾンの掌打による攻撃もすり抜け、着地するや再びジャンプして、空中で一回転しゾンの腿の付け根あたりへ飛び蹴りを食らわせた。ヒットの瞬間、空気が歪んで見える。その、
ゾンがバランスを崩してよろめきつつも素早い体捌きで腰を回転させて巨大な尻尾を振り、空中の鬼を叩きつける。鬼は百メートル? くらいぶっ飛んで、コンクリート製の護岸ブロックを崩しながらバウンドし、川へ転がって落ちた。でも、すぐに立ち上がってまたゾンめがけて走る。
あたしは、とにかく驚いた。
「お、鬼って、あんなに強いの!?」
「いや……」
眞が黙った。
「ちょっと、強すぎますね……あのゾンで、あれですから……」
「ゾン! 手加減してるんじゃないでしょうね!?」
あたしが叫んで、またゾンがチラッとこっちを見た。
「とっととやっつけなさいよ!」
目をむいて右手を振り上げる。
ゾンが首を鳴らすように頭を左右に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます