第1章 5-1 午後六時十七分

 こんなとこ、一人で来たことない。いや、一人じゃないけど。

 「広いところがいいと思いまして。あのゴステトラには」


 しんが眼鏡を指で押さえながら云う。そういう相手を選んでくれたんだ。はいはい、気を使ってくれましてどうもどうも。


 そういや、あたし、眞のゴステトラも見たことないや。そう思ってチラッと振り向いたけど、相変わらずの無表情だ。きっと、らいと眞を合わせたらすっごいモテ男になるんだろうけど、天はあんまり二物を与えないよね。


 「で、土蜘蛛はどこ?」

 「もうちょっとで、出てきます」

 「どうゆうこと?」


 「理由は不明ですが、午後六時十七分きっかりに現れるんです。ですので、電車で来ました。……あ、あとちょっとですよ」


 そう、腕時計を見ながら云い放った。細かいなあ。なんだろう、この異様な細かさは。


 あらためて、あたしは視線を前にやった。


 広い河川敷は、人っ子一人いない。カラスが飛んでるだけ。考えてみれば、その土蜘蛛も律儀だね。ま、そのおかげで、こうして避難も手際よく済んでいるのだろうけど。対岸に立ち並ぶマンションは、住んでる人がぜんぶ避難しているはず。


 と。

 「あっ……」


 わかった。見えた。突然、人影が現れた。空間から影が滲み出てきたみたい。でも……大きい。巨人……というほどじゃないけど、二メートル半くらい? しかも、


 「……オニ?」

 「鬼ですね。どう見ても」


 ボサボサの髪に、でっかい角がある。まっすぐな、大きな一本角。トラ柄のパンツじゃないみたいだけど。プロレスラーとかボディビルダーとか、レベルが違うくらいガタイがいい。超マッチョでムッキムキだ。服は、着ているのかいないのか、よく分からない。


 「めっちゃ強そう」

 「五体分ですから」

 「ハアっ!?」


 さすがに目をむいた。でも、眞のやつ、また夕日に光る眼鏡を片手で直しながら、


 「もう、お気づきでしょうけど、貴女はただの入門者ではありません。宗家の後継者候補です。まだ、候補なんです。大先生おおせんせいの手前、天御門あまみかど家では誰も反対してませんけど、裏でどう云われているのかはご想像にお任せします。他にも、北海道や大阪、九州の分家もあります。もはや、ただ免許を取るだけでは許されません。大先生の記録を破れとは云いませんが……それに近いスピードで、せめて中学卒業までには免許になってもらわなくてはなりません。幸いというか、いま最年少入門者です。そのまま、最年少免許となると、さすがに箔がちがいます」


 「ハクってなに!」


 めちゃクソババアー!! どんな了見でひ孫を危険な目に合わせて……あー! もういいや。そういう家だもんね。それでばあちゃんはガチで死んだし、ママは何もかもがイヤになって家を出たんだ。出た気持ちが分かってきた。あたしも、イヤになったら出ればいい。それだけだ。


 それだけ、それだけなんだ!!

 「その前に、死んでなければね!」


 涙目で、ヤケになってあたしは河川敷の土手を下りる。眞も、ゆっくりとつかず離れずついてきた。


 土蜘蛛である鬼に近づくと、ゾンが出る。いっしょに土手を早歩きで進む。ゾンはゆっくり歩くけど歩幅が大きいから、あたしが小走りになる。


 後で知ったんだけど、相手があんまり強い土蜘蛛だと、弱いゴステトラは出ないんだって……。それを気合で出して戦って勝ち続けることで、ゴステトラの存在感が増して、その力もよりうまく引き出せるようになる。


 あたしの場合、勝手にゾンが出るってことは、いちおう、まだ余裕なんだろうね。その……ゾン的には。


 河川敷の公園へおりると、鬼の土蜘蛛があたしへ気づいた。こっち見てる。距離は五十メートルくらい。まだ遠いけど、同じ地面に立つとやっぱりでっかいな。人間の大きさじゃない。ゾンのほうがでっかいけど。


 眼が光ってる……なんでだろう。

 というか、笑ってない!? ニヤニヤしてる……! あたしは妙な恐怖に襲われた。

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