第1章 1-2 ドラゴンゾンビ

 しかも、これもゾンビだ。全身ボロボロ。翼は穴だらけ。骨も見えてる。角も少し折れてる。腹は破れて、腐った内臓も少し見えてる……。鱗の色もほとんど真っ黒のブス色なんだけど、それが元々の色なのか、腐ってこうなったのかは分からない。


 これだって、もし本物のゾンビだったらとんでもない腐臭で、とてもじゃないけど百メートル以内には近づけないだろう。


 ドラゴンゾンビ。ドラゴンゾンビの守護闘霊ゴステトラ。それがゾン。あたしのゴステトラ。


 無敵の、ゴステトラ。

 


 今日は、あたしのデビュー三戦目。これまで二戦二勝。無敵。無敗。だけど、ゾンが動くのはこうしていつもギリギリ。デビュー戦は死にかけた。二戦目も死にかけた。いまも死にかけかけた。


 土蜘蛛の研究もずいぶん進んで、その正体が分かってきている。哀しいことに……どうも、守護闘霊が暴走して遣い手を完全に乗っ取っちゃった状態……のことらしい。だから、本来はなのに、自分の欲のためにゴストテラを遣い続けて、身体というか肉体と魂を邪霊や邪神に変移したゴステトラに乗っ取られちゃう。特にゴストテラを遣って傷害、殺人、盗みなんかを繰り返すと


 三戦目のこいつは警視庁からの依頼で、あたしが派遣された。警察とか自衛隊、消防、厚生労働省、それに環境省なんかにも狩り蜂はたくさんいるんだけど、最近、土蜘蛛が特に増えてきていて、あたしら民間団体への公的な依頼も増えてる。……んだって。ひいばあちゃんが云ってた。ふだんは、地道に営業して、一般のお客さんから退治の依頼を受けているんだよ。


 で、いま、ゾンの前にいて、あきらかに自分より強大なゴステトラであるゾンへ動揺し、懸命に威嚇してるこの土蜘蛛は、人間がムカデの殻をかぶったようなキモい姿をしてる。虫人間というか、虫の怪人というか。


 この土蜘蛛の、ゴステトラとしてのかつての姿がどんなのだったのかは知らないけど……それでどんな悪事を働いたら、こんな姿になっちゃうんだろう。でも、以前にどんな人だったとしても、土蜘蛛になっちゃった以上、元はどこの誰かも分からないまま、裁判も無しで死刑の運命だ。かわいそ。なんたって、相手がゾンだから。


 せめて一撃で倒してあげる。苦しくないように。


 ゾンが無敵なのには、理由がある。ゴステトラはゴーストの一種……基本的に幽体なので、土蜘蛛も人間へ行うような物理的な攻撃へ加えて霊的な攻撃をくりだす。霊波攻撃とか……そういうやつ。


 ところがゾンは、元からゾンビ。しかもドラゴン。ドラゴンというからには、ゲームと同じような能力がやっぱり色々とあるみたいで……最初から物理攻撃もほとんど効かないうえに、霊波攻撃の耐性もハンパ無い。それがゾンビなわけで、霊的耐性が陪乗。


 まだ二戦しかしてないけど、今のところ敵のどんな攻撃も超スルーって感じ。


 そして、攻撃力はおそらく最強クラス。

 腐ってもドラゴンだしね。

 いや、比喩じゃなくて本当に腐ってるけど。

 ゾンが一歩、その脚を踏み出すごとに土蜘蛛が震えあがる。


 ゴステトラは幽体だから、強力なゴステトラであればあるほど全身から幽気が噴出する。土蜘蛛と戦うときはほとんど実体だとしても、本質は幽体。いまやゾンの全身から水蒸気か陽炎がごとく猛悪的なまでの幽気が立ち上り、青葉台の公演の片隅でその異形を初夏の大気にふるわせていた。ざわざわと青葉が揺れて、一部が一気に枯れて落ちる。なぜなら、ゾンの幽気は、ほとんど障気だから。


 真っ黒に腐っている、何色だったのかも分からないウロコがボロボロとはがれ落ち、そのところどころ太い骨の見えている肉体が軋みをあげる。幽体だけどほぼ実体化しているので、その巨体の地面を踏みしめる音が聴こえるし、ズシンという振動も感じる。一般人でも、いわゆる霊感の強い人は、近くにいたら気分が悪くなっているはずだ。


 そう。


 ゾンは、モンスターに分類されるだろうことを考えてもわかる通り、聖か邪かでいうと、完全に邪だ。毒をもって毒を制すじゃないけれど、邪属性で土蜘蛛という邪を退治する。だからパワー勝負だ。聖邪の相剋属性は無い。純粋に力で相手を制する。


 「バオオオオオ!!」


 ついにゾンが吼えた。空気が震える。あっ……と、どっかの窓ガラスが割れた。ごめん。弁償はしない。


 ゾンの幽気が渦を巻いて立ち上る。空気が歪んで、空を飛んでるカラスが落ちてきた。やっぱり、障気なんだろう。あたしのゴステトラは、土蜘蛛と同じく障気を放つ……!


 咆哮には退魔の力があって、退魔犬とかが活躍した時代もあるというけど、ゾンの場合はなんなのだろう。この咆哮をくらっただけで、百足人間の土蜘蛛はその固い甲殻へビシビシとヒビ入っている。

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