真幌繭のシェイクハンドドリーム 30秒の奇跡 前編



私は真帆繭。AKB48岡部チームA研究生。


これは私が都内の公立中学校の一年生だった頃のお話。


そう、今からちょうど5年ほど前、


さしこさんがあれやこれやと世間を騒がせている、


そんなAKB 48全盛期真っ只中の2012年の秋のことだった。







※※※ ※※※ ※※※







「つまり、時間を買ったのよね、繭ちゃんは」



「うん、30秒間」



「5000円で?」




「そう。正確に言うと1646円×3だから4938円」




「でもちょっと高いわよね、10秒で1600円って」




「そんなことないよ、おまけでCDもDVD も付いて来るし」





今年のお年玉で貰った5000円。親戚の由美おばちゃんと徹おじさんがお正月は来れなかったのでその分いつもより5000円少ない。本当は予定では1分間買う予定だった。云いたいこと聞きたいことを箇条書きにしたらどうしてもそれぐらいの時間は必要。けど大人の事情に子供の私がどうこう言える訳もなく。




「早口で喋りなさい、得意でしょ、そういうの繭は」


「もう、そういうもんじゃないんだから。気持ちが伝わんないでしょ」




うちのママは何にでも耐性のある人なのでこうやってへらへら笑ってるけど、

10秒間1500円、時間をお金で買うなんて不謹慎だと、この前テレビでどこかのおじさんは言っていた。

学校の先生に聞いても似たような答えが返ってくる。


アイドルの女の子が自分の時間を売る。歌を聞いてダンス見てもらうだけじゃなく、自分の身を削る、中一の私たちにはまだちょっと難しいけど大人たちにはその響きはよくないらしい。


「いいのよ、大人はそういうもんだから。うちの兄ちゃんが言ってた、なんでも不純な物にしてしまう。その方が自分たちには都合がいいから」



一緒に握手会に行く幼馴染の真紀ちゃんがそう言ってた。お年玉で時間を買う。一人の女の子の30秒を自分のものにする。される方ってどんな感覚なんだろう。



「なりたいんでしょ、繭は。そっち側の人間に」



行きたいと言った時、ママはそう答えた。でもその時は今のような笑顔は浮かべてはいなかった。


「いいわよ、行ってきなさい。そこであなたが何を感じたのか。


あなたにとってその場所が本当に必要なものなのか。話はそれからよ」


「ママ。。」


いつもはゲームのソフトやコミックで消えるお年玉も今年は私は自分の夢を買うって、そう決めてた。二ヶ月も三ヶ月も前からつけてるノートにはもう想いが一杯になった。


箇条書きで言いたいこと聞きたいことをすべて書き出していく。最終的に選ぶ二三行の為に。大学ノートが目が痛くなるほどの小さな文字で一杯になった。




「あのね、私はね、さしこのことが・・・・」




三十秒を私はあの日、お年玉で買ったんだ。








※※※ ♪ ♪ ♪ ・・・







「それで戦績はどうだったの?」


「どうだったと思う?」


「もう、やめてよ、繭ちゃん。


その質問を質問で返す癖。ほんと、誰に似たんだろうね、この子は」



「パパじゃないよ」



「繭ぅー」



「ふふっ」



「ほら、早く言って。じゃないと夜ごはんのカレー、ピーマンだらけにしちゃうぞ」



「だから・・どうだったと思うの、ママは?」



「そうねぇ、繭の顔は正直だから 、何かやり遂げたって顔してる」



「ピンポ~ン」



結果としてはやり遂げたと言えばやり遂げた。

けど、私はその日は見るも無残な大失態を犯していたのだ。






※※※ ※※※ ※※※ 





「次の人」




係の人に促されるままに私はさしこの前に歩み出た。

もうそこには私が想像していた以上の眩しいほどの笑顔が広がっていた。


何だろうこの人は。周りに光が纏わりついている、周りのあらゆる光源を独り占めにして、その微笑みをこちらに向けていた。



「時間はちゃんと守ってください」


それに反して無機質な男の人の声が耳に突き刺さる。


「ハイ、今から30秒」


もう時計は回り始めている。



心臓のバクバク音と闘いながら私は心のスイッチを懸命に押そうとした。


そこへ・・


気がつけばテーブルから乗り出したさしこの顔がもう私の鼻づらすれすれにあった。おまけにその手はもう私の頭の上に添えられている、ポンポンと。



(えっ、ええぇえっ────っ)



 あと20秒



「ちょっとあの・・・私、えっと・・」



あと10秒



もう頭は真っ白で、手に持ったノートが歪んで見えてきて、口を開いてはいるものの、そこから出るのは泡を吹いたような空気だけ。

まるで餌をもらえない池の鯉のような姿が展開されていた。



はい、5、4、3・・・



「待って、待って、ください。私は三か月かかってこのノートを。その・・ここで・・」



もうその時、私のできることといえば手足をバタバタさせながら手に持った3冊の大学ノートを まるでコンサートのサイリウムみたいに振りまわすことだけだった



「はい。終了です。」



さしこがどんな顔をしていたのかも思い出せない。

ただ、私は軽く首根っこを掴まれ、子猫のようにずるずるとさしこの遠ざかる顔を見つめるしかなかった。



(オワタ。終わってしまった)



何やってんだろう私は。私の声は一言も届かなかった。

大学ノートをビラビラさせた変な子、それだけのイメージをさしこに与えて私のAKBはこれで終わるんだ。



(繭らしい)



ママの顔が浮かんだ。ママにストップウォッチを持ってもらって重ねたリハはなんだっだんだろう。さしこの顔もまともに見れず、私が何者かという事も名乗れず、私はまるでコソ泥をしでかした野良猫のように首根っこを掴まれ外に放り出されようとしていた。




でも・・その時だった。





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