その手は握れない─ある研究生の告白 前編




自分をそんなにキレイだとは思わない。手だってトイレから出たとき洗わない時もあるし、お風呂もそんなに好きじゃない。鼻もほじるし朝起きたら目やにが一杯。ひどい便秘で悩まされているメンバーも少なくない。それでも男(ひと)をどうしても斜めに見てしまう時期がある。異性を汚く見てしまう時が女子にはある。肌のセンサーが敏感なときは朝からわかる。そんな日は遅刻してでも女性専用列車を待つのはそんなに珍しいことじゃなかった。そんな時が思春期のうちで、長いか短いか、濃いか薄いか。それによって彼女達の悩みの程度は変わってくる。






2018年8月、


お盆休みも過ぎて、肌を刺すようだった夏の陽射しもここ数日幾分和らいできたように思える、そんな日の午後。。。


「うーん、レジェンドぱるるなんや」


「てちとね」

朱里が言う。


「やればいいんだよ、叫べばいんだよ、嫌だって。思わない、由依ちゃん?」

さしこはいつも前を向いてる。いい意味でも悪い意味でもこやつはいつも何かと戦ってるよう


「できへんやろ、ぱるるやてちの真似を、研究生の子に」



「握手会って生身で接するもんだからさぁ、マニュアルで乗りきるには無理があるんだよね。だからそこらへんの小技を誰かが教えてやんなきゃあいけないんだよ。なんか言い方はおかしいけど職人芸みたいなところがあるから」


「いずれは無くなると思う?」


「握手会?」


「うん」


「無くならないんだろうな。営業的にどうのというんじゃなくて、不安なんだよね、ここまで来ると、やってないと」


「うん、それはわかるねんけど・・・」






総選挙が終わってからもう2ヶ月、センター不在の見切り発車の53rdシングル発売を間近に控えた8月、ちょっとした騒ぎがAKB 界隈で起こっていた。


夏休みに入ると秋葉原の劇場は急に騒がしくなる。行き場をもて余したメンバーのJK 達は劇場や稽古場に何気に集まってくる。

この期間に新たなる自分の可能性を見いだして見違えるほど短期間で成長する子もいれば、ストレスや不安を増幅させて自分を見失ってしまう子もいる。

学校に行かなくてもいい解放感は少女を躁にも鬱にもならしめる要素をはらんでいる。




「その手は握れない」

その魂の叫びはそんな言葉から始まっていた。



────その手は握れない。

でもやめたくない。

でも握手会があるから仕方なく卒業を選択する、そんな子があまりにも多い。不特定多数との接触、見知らぬ他人(ひと)との肌の触れ合いを

生理的に受け付けない子達。

それがアイドルって大人たちは言う。

それを分かって入って来たんだろうと言う。

そんなことは頭では理解できても私達の体は精一杯の拒否反応を示す。

日々起こる様々な内からの悲鳴に耐えて私達は生きてる。

今日もおじさん達が汗で滲んだねっとりした手のひらを私の前に差し出す。

それを親指と人差し指だけで摘まむようにやり過ごした、

そんな勇気あるレジェンドもいた。

握手会は嫌だって、声だかに叫べる超エースもいる

でも握手会にしか需要のない私達にはそんなこと到底真似っこできっこない。

私達はその場その場で演じきる自信は少なからずある。

どんな人が来ても表面上は笑顔を絶やさずアイドルでいられる。

でもそのあと襲ってくる強烈な自己嫌悪に日々悩まされてる。

見てくれの良し悪しで反応してしまう、

そんな卑しい自分も腹立たしい。

どうしたら私は怯むことなく顔を上げて前へ進めるのか

できれば姿無き声の後押しが欲しい

私達と大人達のとの心の轍埋めて平らにしてくれる大きな声が欲しい。


                  ──AKB 48十六期研究生 真幌繭







それは彼女自身の755で発信された。


村内は少なからずざわついてるけど、今のところメディアの方はヤフーニュースが例によってAKB 枠があるのでそこで食い付いたぐらいで、まだそれほど大きな話題にはなってはいない。


運営の大人達も取り敢えずは静観、事の成り行きはメンバー達のなかでの自然融解を期待して、私達に任した形。

握手会。AKB グループの生命線、小さな綻び、大きな亀裂。

取り扱い、ボタンの掛け違いによっては大きな問題に発展するかもしれない。






他の道があるとするならそこに縋ってもがいてみるのもいいと思う。

でも今は私達はここを守っていくしかない

きてくれた人の手のぬくもりを信じてみる、この人は自分を守ってくれているそう思えばいい。


握手会の会場に立ってアイドルの鎧を身に纏っていると思えば何にも怖くもうざくもないはずだ。




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