沖縄騒動前夜
日本の南の果て沖縄から吹いた6月の風は確かにここ東京築地の日刊SPORTS本社まで驚きの衝撃波となって届いた。
けれどそれはあまりにも実態がなく掴みどころがなく、追えば追うほど私の目の前を霞のようになって遠ざかり、やがて梅雨が始まる頃にはだれも見向きもしない三流週刊誌さえ追いかけないネタとなり果て霧散した。
「デスク、結局何だったんでしょうね、あの怪情報は?」
「俺に聞くなよ。それはお前の仕事だろ」
「確かに・・・」
ただ私たちはもうそこまで目を向ける余裕はなかったのかもしれない。なぜなら第二波の衝撃があまりにもショッキングだったから。。
秋元康AKB48解散を画策。そんな情報がマスコミ各社に広がったのが沖縄開催が嵐に揺れる選抜総選挙前日。情報元がAKBお抱えの情報誌だったということでTV各局をはじめメディア各社は色めき立った。
沖縄にカメラマンだけを連れて先乗りしていた私はとりあえずAKB の中枢に強行突破を図る。秋元先生は当日までは東京、居場所の詳細はもちろん不明。突き止めたとしても会えないのはわかってる。
ならばということで、こんなとき私、有働留美が決まって向かうのは脇が甘くて懐のふか~い忍さんこと元AKB 総支配人、茅野忍。
「カンガルーのバーガー美味しいんだよね、食べた?留美姉」
今回の沖縄開催で批判の矢面にたたされているはずのAKB48運営部。
その中枢にいる元総支配人茅野忍から最初に出た言葉がキャプテンカンガルーのスペシャルバーガー。
これは何かの引っかけ問題かもしれない。
そうでないと総監督が涙ながらにメディアに謝罪するほどの状況でハンバーガーなんて口の先にも出てくる訳がない。
「忍さん。。」
「まぁ座りなよ」
美らSUNビーチ奥に広がる総選挙が開かれる予定の広大な芝生広場。降り続く雨の影響で無数の水溜まりがあちこちでどす黒い鏡のような光を放っていた。
鉄パイプで組み上げられた見上げるほどの威容を誇るステージは、もうその設営はほぼ出来上がり、あとは詳細の飾りつけに数名のスタッフが時折見られるだけだった。
ステージから見下ろす豊崎浜の海は押し寄せる大波と黒く厚く覆った雲の為、いくらか澱んで見えたものの、まだまだ本州の其とは比べ物にならないくらいの青さを湛えていた。
「こう見たらさぁ、南の方は晴れてるんだよねぇ」
降り続く雨は幾分その勢いは和らいでいるような気もした。誰もいないステージの上に一人、傘も指さずに折り畳み椅子に腰かける茅野忍元総支配人。
鉄パイプの間をすり抜けていく風の音。ビニールシートに弾ける雨の音。
それらに混じってカメラマン達のシャッター音が遠めから聞こえて来る。
「横山に食って掛かられた。初めてだよ、あんな由依の顔を見たのは。。
『夢は何年も続くもんやない、この一年で終わる子もいてるんや。大人にとってはたったの一年、くすんでもかすんでもええ。けどあの子達にとってはこれっきりで終わるかもしれん夢なんや、それを誰もわかってくれへん』
見れない顔だよ、これから先。あんなのは絶対に。。」
彼女の背中が小さく見えた。手に持ったハンバーガーが少し震えている。その時を思い出し胸にこみ上げてくるものがあるのだろうか。
「わたしだってさ、こんな時にバーガーの話なんかしたくないよ、食べたくもなんかないさ。でも私はお酒が飲めないから、食べるしかないんだよ、こんな時は・・・」
「忍さん。。。」
これは今日はダメだ、そう思った。いくらなんでもこの業界、こんな私でも最低の仁義は知っている。
こんな傷だらけの忍さんの薄皮を一枚二枚剥がしていくようなことはできそうにもない。
「帰るよ」
まだ海の方を見ている忍さんに目線を預けながら、まだシャッターを切り続けているカメラマンの肩を叩く。
「お疲れ、忍さん。落ち着いた時にまた来るわ」
またはないのはわかってた。明日総選挙が終われば、この話も東京へと移るはず。そうなればこのソース自体鮮度が萎えてしまう。
「おまえなぁ」本社のデスクの怒号がすぐそこに聞こえて来そうだった。
かまやしない。取材がとれなかったら、それらしい話を作って上にあげるだけ。元々私の大切なAKB のその傷に、塩をすりこむような記事を書くつもりは毛頭ない。
「留美姉・・・」
「うん?」
二三歩足を進めたところでそっと吐き出すような声が漏れる。でもその視線は未だ海の方にむいたまま。
「これで秋元先生はリセットされた」
「えっ。。。」
「それしか私にはいえない、今は」
「そう。」
「それと・・・」
「なに?」
「なんも聞かないでね、それなら言う」
「わかった」
「明日大変なことが起こる。あんたが今追っかけてることじゃないよ。それとは全然別の話」
「それって・・」
「聞かないでって言ってる」
「・・・・・」
「正義ぶる訳じゃないけど私は止めた。でもことは進んでる。」
「麻友の卒業?」
はじめてこちらに視線を向ける。やっぱり目が真っ赤。思わずもらい泣きしそうになるけど、口の端についたケチャップに思わず吹き出してしまう。
「なによっ!」
「だって、その顔、ふふっ」
この人はやっぱり何にでも一生懸命だ、その時そう思った。AKB創設時からメンバーたちの身体をそして心を誰よりも知り尽くしているのがこの人、茅野しのぶ。総支配人を辞めさせたのは秋元先生からのご褒美だと思う。「しのぶの造る衣装はAKBの最たる奇跡のひとつ」彼女の一番の理解者はいつも忍さんを我が子のように目を細めて見つめている。
「それから由依にあったら言っといて。私はこの海をあなた達に見せたかっただけ。六月の夕陽に染まる
SUNビーチでグリーフラッシュを歌う姿を見たかっただけなのよ」
「ふふっ、そんなの自分で言えば」
「留美姉!」
「でも・・・あんがとね、忍さん」
「もうっ、早く帰っちまいな」
鼠色に澱んだ雲の合間から一筋二筋、光の柱が海面へと伸びていく。風の匂いが幾分変わったような気がした。
「明日は晴れるのに・・・」
背中に48グループ、300人のメンバーの溜息が聞こえたような気がした。
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