BFとTDLに行けるAKB48
「やりたいと言う意思を明確に示さない人間に、
俺達は何を期待したらいいんだ、横山?」
乗り遅れた者、もう乗らないと決めた者、流されるように乗ることを決めた者
そんななかで進む道を約束されているものは微笑みながら南の島を目指す。
6月17日の決戦の地へ向け、さまざまな夢を乗せてAKB48号はゆっくりと錨を上げた。
「もう奈々でいいと思うんです、私は 」
朱里が弱音を吐露してきたのは昨日。
色んな大人の事情が折り重なるように彼女の目の前に積み上げられていっている。
さしこがSTUに入った事で違う流れが目に見えてできて来ている。それをやり過ごすだけの図太さは彼女にはないのはわかっている。
けれど今は耐える時期。自分が何者なのかしっかりと見つめる時。
奈々を選択したらいろいろなものが後を引く、ひとつになられへんもんが一杯出てくる。
もうすでに出来上がってる形、根までしっかり張っているかもしれないその形を崩すことのリスクを
私は心配した。
「珠理奈という手だってない訳じゃない」
「SKEがどうなるか、それ次第ではAKB本店を背負う目がないわけやない。珠理さんがまだ二十歳だという事みんな忘れている。分かりやすく言えばそういう事ですよね、秋元先生?」
ふふっ、鼻に抜けるような小さな笑い声。
「お前の時は簡単だったのにな」
ややこしくしてるのはあんたやろ、
勿論そんな事をこの人に言える訳もなく、
「私の後継指名はあくまで朱里。変える気はありませんから」
「それも大切なことだ」
そう言って秋元康は私に背を向けるように窓の外に広がる青い海に目をやった。
瀬戸内の海は思っていたよりも穏やかじゃなかった。大きなうねりを伴った高い波が船の側板に当たっては弾けていく
マホガニー材を贅沢にあしらった室内はとても船のなかとは思えないけど、テーブルの上に置かれたコップの水面が微かに揺れていることが海の上だということを自覚させる。
「難波はあれでよかったのか?」
「・・・」
「また大きなものを背負わせてしまったんじゃないのか、山本に」
贅肉を落としてやり直す、それが運営側の出した結論だった。それはある意味、私とさや姉の描いたシナリオ通りだったとも言えなくもない。けれど、したたかな大人たちは私達の遥か先を見越していた。
ここ三年は卒業しない。AKBG内の移籍は拒まない。卒業後2年間は引退はしない。
それを全てさや姉は飲んだ。
「NMBが無くなったら行き場を失う子がぎょうさんいてるんや。
そんな子らの泣いてる顔が笑顔に変わるんやったら、こんな私の2年や3年どうってことない」
NMB存続、それは山本彩の夢との引き換え。20代半ばの3年間、
一番輝ける日々を彼女は手放した。
山本彩は人の夢を支える決断をした自分の夢を犠牲にして。
「私がNMBをちゃんと背負っていく。だから私達の夢は残して置いてください」
その日、二百人はゆうに越えるであろう報道陣に向かって頭を下げた。
その傍らで私もさや姉に続いた。二人はカメラのフラッシュが収まるまで頭を下げ続けた。
「どうしょう、ゆいはん、涙が止まらへん」
目の前に置かれたテーブルの上をハンカチで拭きながら、涙で顔をくしゃくしゃにして、それでもさや姉は笑っていた。
熱いものが込み上げる。けど私が泣いてはダメ。私が泣いてはさや姉の涙の意味がこの人たちには伝わらない。
誰に頭を下げていたのかは分からない。
けど難波を守る為だけに私達はこのテーブルに頭を擦りつけているのではない。それはおそらく、この隣にいるさや姉も同じはず。辞めるのなら自分の意思で辞めていく、当然それは大前提、
加えて、朽ちた夢、叶えられる夢も自分が貫いた意思の結果でなくてはいけない。
辞めたい。じゃあ、やめれば。簡単に進んでいく卒業ばなし。
入った責任は当然ある。けれどそこに入らせた責任はないのか。
「横山さんが、見てる。頑張ってるのをここで見てるよって手を振ってくれて、もうそれだけで嬉しくて・・」
16期生の合同リハーサル、まだ何も始まっていない無垢なこの子達。そんなみんなに未姫となーにゃの姿が重なる。涙が溢れた。
苦しかった。何もできない総監督なのに。辞めて行く子に手の一つも指し述べられない私なのに・・
「恋愛向上委員会って結局何だったんですかね、横山さん?」
卒業公演を終えて、秋葉のステージに一人残ったなーにゃは誰もいなくなった観客席を見つめてそう言って笑った。
「もうちょっと待ってて、ボーイフレンドとディズニーランドに行けるぐらいにはしてあげるから」
そんな私からのメールを彼女は未だに大切にとってあるとも言った。
ディスってるんじゃない。彼女はほんとに期待していた、待ち望んでいた。そんな日が来るのを指折り数えて・・
結局、私は何もできなかった
朱里は戦意喪失、山本彩は難波を向いてなければいけない。麻友さんは変わったけど、自分の見据える方向も決まらないのに恋愛解禁でもない。指原にいたっては一切の手を引いた。で、恋愛向上委員会も空中分解。
もうすっかり辺りは夜の戸張が下りはじめていた。すれ違う度に挨拶がわりに交わされる霧笛の音が引っ切り無しに響く
「俺はそうは思わない。俺が言うのもおかしい話だけど、恋愛なんてそんなもんだと思う。
人にとやかく言われて始めたり終わったりするもんじゃない。
やりたけりゃあ、やりゃあいい。そこに自分を見つけられるのであれば例外は作ってもいいと思う。ただそれだけの肝の据わった奴は今迄のAKBにはいなかったということ。 これまではな・・」
「これまでは?」
「そう、これまでは。
ただ最近になってぽつぽつと俺のラインに割り込んで来る奴が増えてきた。恋愛しないで恋歌なんて歌えない、人を好きにならないと成長なんてできるはずはない、人権侵害、セクシュアルマイノリティ等々。
俺をサイコパスという奴までいた。メールにも同じようなのが来る。
声を上げてもいいんだとみんな思い始めてる。
そんな風が吹き始めている。
俺達サイドにとってはあまり良いことじゃないという奴もいる。
けれどお前たちにとってはいい風だ。
それは全てお前がやったことだと思わないか。
恋愛向上委員会がやらせたことと思わないのか、横山 」
眼の奥が熱くなる、鼻につんつん来た。
やっぱりこの人は敵か味方かほんとにわからない。
大事なところでいつも私の涙腺を攻めて来る。
この人の前だけでは涙なんか見せたくないのに。。。
「横山、サイコパスって言ったのは誰だと思う?」
「・・・」
「凛々花だよ、須藤凛々花。由依はんさんがやらないなら、私がやるってほざいたそうだ、山本に 」
「ふふっ、りりぽん・・。 言いそうや、あの子なら。」
「AKB400人、俺たちが知らないやつがまだ一杯いる。顔や名前は知ってても本当のところは何も知らない。凛々花にしたってどう化けてくるのか。 三年後、日の丸の下で真ん中に立っているのが須藤凛々花、そんな事もありえない話ではない
これからはもう互いの顔を確かめ合いながら上を目指すAKBじゃない。落ちていく者上がっていく者、人の顔踏んづけでも上がっていけるものが天下を取る。寂しいが、それが今のAKBだ。」
できれば、東京オリンピックまでやりたい、そんな私の言葉にもう俺もそんなに長くはない、卒業は横山と競争になるかもな、そんな言葉を返してきた時があった。
最近のメディアでの発言も48グループに対して後ろ向きな発言が目立つ。
「未来予想図が見えてこない」それが近頃の彼の口癖。
今度の総選挙で何かが起こるかもしれない、ラインやメールで留美姉は脅しに近いようなメッセージを送ってくる。
でももちろんそんな事は私は信じない。幾度も幾度も転び躓きながら立ち上がり前を向き、このエンターテイメントの世界でこの人はどれほどの奇跡を産んできたことか。
「でも秋元先生、サイコパスは当たらずとも遠からずやと思う 」
「ふっ、誰がだよ、俺はそれほど度胸もないし、才知もない。それを言うなら、サイコパスは指原だ、それも愛すべきサイコパス。それはいつもやりあってる、お前が一番良く知ってるはずだろ」
指原莉乃は言っていた。
――なんか最近、おかしいんだよね秋本さん。急に昔の話し出したり私に未来を語らせたり。お酒を飲めば、ああすれば良かったこうすれば良かったの愚痴も出たり。還暦が近づいてきて、この日本のエンターテイメント界の偉大なるスーパーおっさんも、やっぱり人の子なのかなって想ったりもする。もっと言えば潮時を見計らってるような気もする。
その言葉をこの人が知っているのかどうかは私も知らない。
けどさしこも秋元先生の事を考えてる、AKBの事を想ってる、
それは伝わっているはず。
サイコパスな、指原莉乃。言葉は悪いかもしれない。そやけど、その危なげそうに見えて頼もしい、極めて稀な長所だけが顔を出すことを願わずにはいられない。AKBの未来の為に、秋元先生の為に。
勿論、さしこ自身の為にも。
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