通天閣とNMBと濡れた床、横山本の絆



近頃、なにやら難波が騒がしい。出ては消えていくSKEの解散話は季節の風物詩みたいなもので、もう慣れっこだけど、NMBはもう笑えないところまで来てるみたい。


「山本彩だけが浮き出てしまう、そんな構図はNMBにとってあまり良いことじゃない。それに、目の覚めるような光彩が全てを隠してしまうなんて思わないほうがいい。」


この秋元さんの言葉が誰に向かってのメッセージなのか私はよく知らない。


けど、もしかしたらさや姉の紅白総選挙一位は難波の光と影をより色濃くしただけかも知れない。




折も折、揺れる私の心のなかに届いた、フリーメールアドレスの名無しのメール


それは誰が見てもあの人と分かる”なんやろ”メール。



懲罰解雇? そんな言葉がまだAKBにあるなんて、私は思わへん。 けどあるとしたら、それは私らは何もできてないということ


未姫や奈那、もう少し早く恋愛解禁のパンドラの箱が開いていれば救えた命


「人間なんてね、過ちを犯してなんぼのものなのよね」こんなことを奈々に言わしてしまった私らって、いったい、なんなんやろ、さしこ





~道頓堀の水と中州の水




横山由依が何かをやろうとしている、

そんな噂がHKT内に広がっていた。去年の私への卒業勧告以来、

彼女達の耳は東京の秋葉へといつも向いている。

東京の風に敏感な子猫たちの耳がダンボのように大きく膨らみつつある



「さっしーとだったらもうAKBの看板なんていらないよ

今だったら私らだけでやっていける」


はるっぴと咲良は会う度に口を揃えてそう言ってくる


「しぇからしか!AKB!」

あの日叫んだはるっぴの叫び声は今もメンバーたちの心に色濃く残る。 

あの時、東京は私達を見捨てようとした、まるで不要になったアプリを削除するように。

秋葉ファースト、博多ラスト、何かあればまず切られるのは私達

博多でアイドルを張ることの大変さ辛さを肌で感じているこの子達に

東京との連帯感はほぼあってないようなもの。



「ダメだよそんな事大人の前で話しちゃあ」


そう止めてはみたものの、ホントのところは私もその想いは捨てたわけじゃない。いや、アキバを背負わないで生きてみる、今もそんな夢をだましだまし潰しながら生きているといっていい。




だからといって・・・・



私の朽ちた魂のかけらはちょっとやそっとでもう元には戻らない。

人の勇気の源は友情や愛情じゃない、

そんなことに気付いてしまった私はもう飛べるところは限られてる。

恋愛向上委員会なんてもう誰もその先に恋愛解禁があるなんて思ってやしないのに。



「自分なりの粛正をやる」

横山がそう言ってると麻友からそう効いた


できるの?あんたに、横山由依


あんたの見ているのはおそらく難波

それも運営の手を借りずに自分の手を汚そうとしている


みんなは一人の為に一人はみんなの為に 努力は必ず報われる

そんな使い古された言葉に新鮮味を与える、それには内なる荒療治が必要、それが横山の考えてること。


でもメンバーに、横山に、舵を与えるなんて、たとえあの人が許したとしても周りの大人たちが許さない


── それには、なにより道頓堀の水をきれいにせんと私達は前に進まれへん

   

そんな由依の言葉に私はずっと首を縦に振らなかった


恨んでるんだろうなぁ、私の事を・・とも思う。


でも言ったじゃない、私たちは別の階段を昇ってるって。見上げてるとこは同じでも背負ってるもんが違う、ついてきてる人達が違う。

あんたの周りは笑ってても、私の場合、だれも笑ってないのよ、振り返っても・・



「中洲の水もそんなに綺麗じゃない、きりがないんだよそれでは」


はるっぴのぎらつく目の輝きを気にしながらも、私は一人そう呟いてた。





――――決断




── まず先手を打って記者会見を開く

   そこで洗いざらい懺悔する、書かれそうなことでほんとのことは

   そこで全て認めてしまう、なにもかも全部。それが一番大事。


   ここで間違うと後先全て狂ってきてしまう。

   だから徹底的にやることできることが私の条件

   後はさや姉の決断ひとつ




横山がそこまでやる、もうそれは驚かなかった。


立場が人を作る、それはあの人の言葉を借りなくてもこの一年の彼女の成長で嫌と言うほど理解できていた。


ただ、「自分への保険、掛けてるんやろな、横山」

そんな私の問い掛けにも彼女は言葉を濁した。


「しいて言うなら、うちの保険は留美姉や」

と震えるような声で電話の向こうでそう呟いた。


泣いていたのかもしれない まるで夢から醒めたように自分のやろうとしていることの大きさに気づき始めているのかもしれない。





「それでその保険として有働留美(注)姉さんが直々にお出ましなわけや」


「保険というか担保というか、スイッチの入れ方間違うたら、

ちょっとした爆弾になるかもわかれへんけどぉ・・」



メディアが動き始めている。NMBメンバーの大量スキャンダル。

漏れるのは時間の問題だった、でもそれは私の予想のスピードをはるかに超えていた。


元々水面下では交渉を続けていたNMBの解体縮小、やめていった菊地凛子がその為に作ったシャドーキャビネットは今もちゃんと機能している。それを後押ししたのが今回のスキャンダル。


「NMBは博多、新潟となーんも変わらへんはずやのに。

秋葉以外はみんな一緒のはずやろ

裏へ回ればやってることはみんなおんなじや 」

そう吐き捨てるように言うさや姉、だけどその目はまだ笑っていた。


「そやから・・それは違うんや

難波にはあんたがいる、山本彩がいる。AKBGの、NMBの、正義を一人で背負う、あんたがいるんや 」


さや姉の微かな溜息に吐息が重なるようにして聴こえる。

山本彩の難波、さや姉のNMB、それがパパラッチたちの落としどころ。


「あんたの正義を揺るがす、それだけで今は記事になる、メディアに載せれるだけのネタになる、山本彩はもうそんなとこまで来てしもたんや、さや姉」


この機会を利用しようとしている大人達が沢山いる

難波をとるかSKEをとるか、もうそんな選択肢は必要なかった。

NMB解散、それで利益を得られる人間の方が遥かに多い

そしてその中心にいるのが山本彩



「留美姉」


「うん?」


「あんまり大きく見ん方がええ、私のことを」


「ふふっ、これでも見積もりは控え目のつもりやけど?」


難波のNMB劇場、その上階にある稽古場。レッスン終わりのメンバーたちのふざけあう声が控室から時折聞こえてくる。

窓からは一日の終わりを告げるようにオレンジ色の西日が差し込み、磨き上げられた床に長い影を落とす。遠くにちょこんと見える通天閣がいつもの様にシルエットだけをこちらに向ける。


稽古が終われば汗と人いきれで汚れた床を一人で拭いていくのはさや姉の仕事。というより本人は特権と言っているのだが。


それは他のメンバーが誰にも犯すことができない山本彩の日々の聖域。


ただ横山由依が難波に居た半年、その時だけは違った。自分の汚したところは自分で拭く、人一倍汗っかきの彼女はその時、山本彩の特権を初めて奪った。


「難波の稽古場にはゆいはんの汗と涙が染みついてる伝説・・・」


「ふふっ、そこや、見たらわかると思う」


そう言いながら鏡の前、センター少し右寄りの場所をさや姉は指し示した。確かにそこだけ木目の色が他とは明らかに違う。


「人の何倍も動いて、人の何倍も汗かいて涙流して、そら色も変わるやろ」

目を細めて呟くその笑顔に隠していた由依はんへの想いがこぼれる

大阪の人間には無駄な汗も意味のある汗もそんなことは関係ない

汗と涙の総量、それだけでもリーダーの資質があるとみんなは認める

そう言ってまたさや姉は笑った。


その笑顔が何故か眩しくて胸に染みた。


「通天閣の様になりたいんや・・って、そんなこと言うてんてなぁ、さや姉」


「ふっ、誰がそんなこと・・・

そんな芸人さんが言うみたいなこと・・言うわけないやろ」


「由依はんが言うてた

NMBの兼任解除の夜、はなむけの言葉に自分の夢を語ってくれた、

あの日の彩ちゃんの一言一句はぜーんぶ覚えてるって」


「・・・・」


遠くでどこかの小学校の終業を告げる鐘の音が聞こえる。その音を近所を走る南海電車の踏切の音がかき消していく。

目と耳に刻まれたあの日の記憶。


「ちょうどこれとおんなじ景色やった。二人とも掃除を終えたばかりのモップを手に持って、窓際で身を乗り出すようにして、オレンジ色に染まる夕日を見上げた。

高いビルに囲まれながらスクッと立ってる通天閣が何故かあの時はどうしようもなく格好良く見えたんや

明日からはもうここへは来ることはない、そんなゆいはんの目があんまりにも悲しそうやったから・・・なんか言わなあかん、そんな想いもあったんかも知れへん」



── ゆいはんは東京タワーや



── うん?



── そやから・・横山由依は東京タワーになったらええ

   東京でおっきく輝いてみんなを照らす

   それを私は大阪から見てる


── それで、さやかちゃんは?


── 私は・・・

   通天閣や

   どんな光にも、どんな強さにも、その存在で跳ね返すことのできる

   通天閣に私はなる この難波で、NMBと一緒に


── さやかちゃんが通天閣で・・私が・・

   フフッ、どっちもスカイツリーにはなられへんわけや




「そのあとはなんでか知らんけど、二人で涙ぽろぽろぽろぽろ涙流しながら夕陽でオレンジ色に染まる西の空をずっと眺めてた

それから4年間、私はほぼ泣いてない

というかこれからも絶対泣かへんと決めてる

それは私はあの涙だけを信じて生きたいから

あの涙を信じてNMBの階段を昇っていきたいから」




既に、NMBの解散が運営上層部で話し合われていることをこの時点でさや姉はまだ知らない。それはもうメンバーの処遇や配置にまで話しは及んでいた。

ただ、今ではAKBの看板とも広告塔とも言える山本彩、

そのことが事を思いのほか大きくしていた

何処へどのタイミングで彼女を移動させるのか

言葉を換えて言うならば、

大人達の私利私欲が入り混じった山本彩争奪戦が繰り広げられていた


この山本彩の”取り合い”に横山由依は一縷の望みを賭けていたといっていい。


「あの日さや姉とみた景色が今の私の原点 」

横山は衿を正すときはいつもそう言う。

ゆいはんのなかの通天閣とNMBと濡れた床、それが山本彩との絆


プライドを取り戻す、そして難波を残す、そんな微かな光を求めて横山由依は最後のカードを切る

あの日の涙だけを信じて



※(注)有働留美=AKB命の日刊スポーツ記者24歳。AKBオーディション最終面接までいくも病欠で落選、入っていればゆきりんと同期。メンバーの間では"男気"あふれる性格から留美姉と呼ばれ慕われている。特に由依はん、さや姉とは互いに戦友と呼ぶ間柄、仕事よりアキバ、その破天荒な性格で彼女たちを側面から支える






                        


                

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