プライド
「横山、私はもう下りるよ」
そんなさしこのメールが携帯に入っていたことに気づいたのは、たなみんの優勝で幕を閉じた、じゃんけん大会の直後だった。
「病んでるのよ、あの子、この頃」
「病んでる?」
アニメの世界から抜け出てきたようなプリキュアのコスチューム。よっぽど気に入ったのかなかなか脱ごうとしない渡辺麻友。通路脇で膝を突き合わしてのひそひそ話には少々目立つ。
「といっても病気じゃないよ。なんか違うほう向いちゃってるのよ、私達とは。
わかる、私のいってること?」
私は首を小さく横に振り、手にもったiphoneの写メを麻友に向ける。
胸の前で大きく✖を作りながら、なぜかウインクする指原莉乃、。
その胸の前で掲げるのはつい先日、メンバーの深夜のデートで話題になったあの週刊誌。
「ざけんじゃないよって、言ってんだろうね」
麻友が覗き込みながら私の顔を見上げる。
「でもこんなことぐらいで・・・」
「あんたはそう思うんだろうね。無傷だもん、真っ白けだもん、由依ちゃんは。」
おつかれさま~ おつかれ~
照明が半分落とされたスーパーアリーナの長い廊下に労いの言葉が通り抜ける。
ダウンライトに照らされたスーパーエースと総監督。
通り過ぎる人の中には、もう立ち上がってまで挨拶をするひとは数えるほどしかいない
「偉くなったもんだんね、私たちも」
気が付けば八年目、小島さんの卒業も二月に決まった。もう上にはみーちゃんとゆきりんしかいない。
歴史を二人で作る、そう誓い合ったぱるるはもう別の道を歩き始めている。
由依は由依の道を生きなよ、みんながちゃんと作ってくれた由依の道があるんだから、
そう言って彼女は卒業を決めた
あんたの道は何処にあるんや、そう聞いたら
回り道・・少なくともそんな平坦な道じゃない、ぱるはそう答えた。
でも最近のドラマでの活躍をみると案外ぱるるにとってそれは近道かもしれない。今までが、AKBが、寄り道。そうかんがえれば私たちの悲しみや切なさもいくらかは少なくて済む。
「こう見えてもあちこちに負ってるんや、心の傷」
「そうなのぉ? そうはみえないけどねぇ」
さしこが下りたら、私たちは大義を失う。行く道も分からなくなる。掲げたのは恋愛自由化
ある意味、その道のパイオニアであり、ジャンヌダルクでもある
指原莉乃が下りるなら、恋愛向上委員会なんて誰も耳を傾けるはずはない。
「もう下の子たちは私らなんて見ていない。ばれても何とかなる、みんなそう思うようになってる。
以前のように握手会で公開謝罪なんかやる訳はない。そう高をくくってる。そうやって、みんながやりたいようにやるんなら、恋愛向上委員会なんて何の意味があるのよ」
さしこのメールはその言葉で終わってていた
「何言ってるか、わかんないのよ、さしこは。だってそうじゃない、あの時に戻れって言ってるみたいじゃない、これじゃあ。」
思い出したくもない、以前、たかみなさんが私に血を吐くように語ったことを思い出す。
「なっちゃんの時だった。見てらんないって、さしこが叫んで消えていった。それほど地獄だった。あの時、ほんとにうしろに十字架がみえたのよ、それも血染めの。ステージに上がらされて、足ががくがく震えて、喋ろうとしても声なんてそんな状態で出るはずがないじゃない?、一万人のお客さんだよ。
それでも戸賀崎さんはじっと見てた。止めるなよ、たかみなって。今止めたら、あの子に一生うらまれるぞって。命かけてたんだよね、あの頃はみんな。
やってることはひどく見えたかもしれないけど、ある意味特効薬だったと思う。じわじわ追い込まれるよりは、公開裁判、公開処刑、若いんだもん、早めにはっきり白黒つけてもらったほうがいいに決まってるでしょ。 けどまぁ、見れたもんじゃなかったけどね。アイドルにさせることじゃないとも思う。
じゃあなんでやめさせられなかったのか。なんども言おうとしたわよ私は、やめてくださいって。でもちゃんとは声をあげれなかった。
なぜって、その子たちの気持ちも見えていたから。謝れば済むんだって、そういう気持ちが、涙の下に隠れて見えたのよ。
可愛そうって、思いながら、心のどこかで正義を振りかざしている自分がいたのかも知れない。コンプライアンスに酔ってる自分がね。」
もしこのまま恋愛禁止が続くのならそんなおぞましいほどの修羅場もこれから現実のものとして選択肢に入ってくるかもしれない。
「それで、たかみなさんには相談してるの?」
私は小さく首を振る。
彼女はもう別の道を歩いてる、よほどのことがない限りこちらを振り向かせる訳にはいかない。
「由依は由依の道を行きな、間違っても私の道なんかなぞるんじゃないよ。もっと言うと私なんか忘れた方がいい。
冷たく聞こえるかも知れないけど、私ももうAKBなんか知ったこっちゃない。
お互い全てきれいに忘れる、そうでないと前へ進めない時があるのよ。それが今。わかる?由依ちゃん」
その時は分からなかった。冷たくて寂しい言葉で、たかみなさんがわざと突き放してくれている、それは頭ではわかっていた。
でもなぞることがなんでいけないのか、忘れることがなんで前へ進めるのか。その時は分かろうともしなかった、たかみなさんへの思慕がそれほど大きかったのかもしれない。
けれど今ははっきりとわかる。
私がたかみなさんの方を向けば向くほどAKBはあらぬ方向に走り始める。私がしっかり見据えないとこの子達は行く道を見失う
「急がないと・・・あかんねや」
「何を?」
「粛清をやる・・私なりの。そして失いかけているプライドを取り戻す」
「由依ちゃん!?」
アリーナの照明が祭りの余韻を惜しむようにゆっくりと薄らいでいく。床一面に張り巡らされたケーブルの束がまるでアリーナに巣くう大蛇のようにその姿をくねらせながら出口へと引き込まれていく。
祭りのエンディングは驚くほどに呆気ない。ほんの数十分程前までのむせ返るようなあの熱気はもうない。 会場全体が意思を持った生き物のようにじゃんけんコールを響かせたアリーナホールは、外から吹き込む秋風によってただの無駄に大きい無機質なコンクリートの箱へと姿を変えていく。
なにやら怪しい妖艶な影が辺りに立ち込めているような気がする
ひとりまたひとり、救えるはずの命が十字架を背負わされ、ゴルゴダの丘を登っていく
昨日見た笑顔が今日には涙に変わる。それがこれから幾度繰り返されるのか
私達にできることなんてやっぱりたかがしれているのかもしれない
けれど立ち返ってみる、あの頃に。がむしゃらに世に出られることだけを願って、アキバの板の上で無心でステップを踏んでいたあの頃に。
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