さしこと由依、似て非なる者
「とにかくあんたは由依と連絡とりあって。わたしは動けるところを動いてみるから」
私はさや姉の言葉を待たずに電話を切った。
菊地凛子、あいさつ程度しか面識はない。けれど聞こえてくる彼女の噂は受け入れがたいものばかりだった。
上昇志向を絵に描いたような女、力のあるものしか認めない、有無を言わさないメンバーへの圧力
「一時代前のマネージメントの世界にいたんだけどね、ああいうのは」
AKB劇場総支配人茅野忍の言葉が彼女のすべてを言い表していた。
「メンバーの私生活を逐一チェックできるシステムを作ろうとしている」
つい先日の由依からのメールで私はすでに動いていた。菊地凛子と特定して
動き始めた訳ではなかったけど、調べ始めると彼女の周辺からは耳を疑うような情報が次々と入ってきた。
「そんなもん記事にできる訳がないだろ、有働。文春にでも売ってこい」
「えっ、いいんですか」
「バカ、冗談だよ」
ただ、よく引き入れたもんだよな、こんな女を、秋元康も、そんなデスクの言葉に私も大きく頷いた。
そのなかで、どうしても気になる情報が一つあった。それだけはデスクに言えない.何故なら、それはAKBの在りようにかかわる事だから。
そんな時にかかってきた指原莉乃からの電話、私はなんの迷いもなくそのことをさしこに告げた。
2016年7月26日、記者会見を一時間後に控えた菊地凛子の控室,出席する私とぱるる、そして島田と万里子の4人が呼ばれていた。
「第三者委員会?AKBを自浄する?どういうことですか凛子さん」
「その言葉どおりの意味よ、総監督」
「私たちには私たちでしかできないことがある、すべてを運営が仕切らない
それがAKB48の大前提、それはわかってますよね?」
「もちろん」
「じゃあ、なんで・・・」
「じゃあ、なんで・・・それはあなたたちの胸に聞いた方がいいんじゃないの。ねえ、ぱるる」
ぱるるの表情が変わる、けっして自分の心に入ることを認めない時のぱるるのトカゲの目
「誰にでもそんな目をするの、島崎遥香」
「・・・」
「あんたもそろそろぱるるをやめないとね、辛いことだらけだったんでしょ、そろそろおとなになって風向きかえないと」
ぱるるの鼓動が早くなる。ぱるるの言葉は人の心に直に届く、優しさも、そして憎しみも。
「どうしてよ」
「うん?」
「どうして、あんたがここにいるかってきいてんのよ!
なんで私たちの事を何にも知らない,わかろうともしない、あんたがここにいんのよ!」
「やめな、ぱる」
島田の声を手で制する菊地凛子
明らかに表情が変わる。緩んだ口元が逆に憎しみを露わにする。
「島崎、自分の事をわかってんの、あんた。あんたの為にどれだけ周りが振り回されてるか分かって言ってんの、ねえ、島崎遥香」
万里子と島田に抱えられたぱるる。呼吸の乱れで口の動きに話す言葉が追いつかない。
「わたしは・・・」
「もういいから、喋らないで、ぱる」
「都合が悪くなったら、喘息のふり?どこまで甘ちゃんなの、あなた」
「あんた!」
つかみかかろうとする島田晴香を体で制してとめる。
それをやったら、こいつの思うつぼや、島田、そう私はそっと彼女の耳元で囁いた。
「まだ出て行っていいって言ってないわよ、総監督」
ぱるるを抱えたまま出ていこうとする背中の震えが一瞬止まる。
こみ上げる言いようもない怒りを懸命に抑える。
ぱるるが唇をかみしめた「悔しいよ、由依」彼女の激しくなる息遣いが胸を打つ。
けれど、流れた涙を私は拭かなかった。
覚えておくんや、この悔しさを。それは、きっとこれからの私たちの力になる、そやから、その涙は拭かないんや、ぱる
「ねえ、聞こえてんの、あんた」
横山の声に反して、涙をふく、島崎遥香
このままでは終われないよ、由依、
そう、ぱるるがぱるるである為に彼女は声を振り絞る
「 あんたさぁ、何見てんのよ」
「何言ってんの、あんた?」
「どこを見てるって聞いてんのよ!}
「・・・」
「そんなんで人生たのしいの、あんた?
多分あんたはこの業界でいろんなものを見てきたんだろうよ、見たくないもんもいっぱい。
でも、わたしたちは違うよ。真っ白なもんしか見てきてない。なんでも真っすぐにしか見えない。
けどそれでいいじゃん。私らが歩く道はアイドルの道、真っ白な無垢な道でいいのよ。そんな道をなんでわたし達が変える必要があるの、菊地凛子。わたしがやっと見つけた自分の生き方をなんで変える必要があんのよ! 」
「・・・・」
―よく言った― 島田の声にぱるるの息遣いも荒くなる。
そして、ぱるるの言葉を引き継ぐように、横山が菊地凛子の喉元を見据える。
「あんたのやること、なんぼのもんか、どれだけ筋の取ってるもんかは、うちらは知らん。けどあんたが生きた年数の分だけで私らにものを云うてんねんやったら、これがあんたのやり方なら、私らも私らのやり方で戦わしてもらう」
「やれるもんなら・・・」
「ふっ、やったるで、菊地凛子」
菊地凛子は意外にも、もうなにも言わなかった。彼女独特の嗅覚がぱるるや横山のいつもとは違う瞳の強さに何かを感じていたのかもしれない。主体性は認めない、優子やたかみなが作り上げた自主性を完全否定した菊地凛子。そんな彼女の思い描くAKBは、直後に届く指原莉乃からの一通のメールであっけなく終わりを迎える。
あんたとわたしは同じ線上の人間だよ、わかんない訳ないじゃん。誰にもそんなことは言わないし言うつもりもないけど、あんただけにはいっといてやる。
あんたがやろうとしていることはもともと見当がついてた、だって私と同じだもんあんたが考えてること。自分の事しか考えてない、周りに認められることしか考えてない、そして確かなものが欲しい。確かなもの・・お金と力だよね。
で今の状況、私があなたなら何をやりたいか考えた。
いくら結果を出しても上には登れない、がちがちに詰まっちゃてるんだよね、上の方は。
自分はこれだけ能力があるのになんでみとめてくれないんだろう男どもは。
そんな、あんたの嘆きいつも聞こえてきてたよ、私だけにだけどね(笑)
だとしたら、内はダメなら当然外に目を向ける。それも完全に外ではダメ。
あんたAKB愛はないけどAKB大好きだもんね
内のようで外、そんなもんあんの? あったんだよね、これが。
そこで行き着いたのが一つの答え。
キーワードはSNH48
どう驚いた?
センターのキクちゃんとナンバー2のカチューシャ、そしてタンタン。日本に来たら私のところへ泊りに来るほどみんな仲がいいのよ。何でも話す仲、オフレコの恋人のことから、デルタラインの処理の仕方まで。
知らなかったでしょ?特にキクちゃんは運営に近いのよ、あの子。たかみなもそうだったけど経営サイドのすべてを知ってる。
全てを見通せるあなたならもうわかってるわよね。
このわたしがつかんだネタ、文春なら一千万はくだらない。
それだけじゃない、私はAKBを救った英雄。とんでもない名声を得られることになる。
けど、安心しな、菊地凛子。私は今こんなこと書いてる最中もメンバーのことしか頭に浮かばないんだよ。どんな時でも泣かないさや姉、逆にいつも泣いてる私の中の由依、はるっぴの怒りの目、会うたびに顔が違うぱるる
馬鹿だよね、なんでこんなにいい子になったんだろうって自分でも思う。
甘いと思ったらそこでずっと笑ってな菊地凛子、そうなってしまったんだよ指原は。
だから、握り潰して欲しかったら、私の気が変わらないうちに今すぐその記者会見中止しな。
そして、私たちの前に二度と現れないこと
菊地凛子、そうしないと、あんた・・・すべてを失うよ
「指原莉乃。ふっ、やっぱり、あんたなのね・・」
― 私を落とし込むのは― その言葉を菊地凛子は辛うじて自分の胸に飲み込んだ。
訳のわからない、自分でも説明のつかない笑みが一つ漏れる。
もう笑うしか彼女のプライドを保つ術はなかったのかもしれない。
握りしめたこぶしがかすかに震えている。
「怖いの凛子?貴女でも・・・」
そんな囁きがどこかで聞こえたような気がした。
※※※ ※※※
2016年8月6日、
埼玉スーパーアリーナ、AKB48グループ第2回大運動会当日
もうあと2時間もすればここは数万の人で溢れる。そして何事もなかったかのように私たちはこのグランドに立ち声援を受け走り回り、歌い踊る、AKB48として。
菊地凛子のいないAKB、どんな景色かと思ったこともあったけどそんなには変わらない。
変わったことと言えば、ぱるるが少し元気になったことぐらい。
あの日、「ちょっと待ってなさい」その言葉を最後に彼女はもう私たちの前には現れなかった。
彼女がいつもつけていたシャネルのサムサラのバラの香りだけを残して。
「凛子さん、あれからどうしたんやろ?」
「名古屋に帰ったって忍さんが言ってたけど」
留美姉から薄々は聞いていた。今のAKBとSNHの微妙な関係、そこにどうやら彼女は自分の立ち位置を見つけたかったらしい。上海の利権に彼女は絡んでいた。それもかなり深いところまでで関わっていたらしい。そしてそのことを運営側も最近になってやっと気づき始めていた。
「記者会見はそんな自分に注がれるようになった目を欺くため?」
「それだけじゃないと思う。ああ見えて、純粋にAKBの事も考えてたんじゃない?」
「じゃあ、なんでこんな急に消えたの?彼女」
「・・・・」
「さしこ、あんた、やばいことは、やってないねんやろな」
私の顔を覗くようにする、その仕草はいつものさしこ
飾らない本音を語る時にしかそんな姿を彼女はみせることはない
「やばいこと?・・はやってないよ。でも、指原らしいことはやったかもしれない」
「AKB愛・・・そう考えてええねんな、さしこ」
「ふふっ、しゃべり方、ぽくなってきたよね、総監督」
ほんの二か月前、私は彼女に卒業勧告を突き付けた。今でもそれは間違いだとは思っていない。彼女のすべてを認めるつもりはおそらくこれからもないだろう。
ただ今は私たちは同じところを向いている、そんな確かな実感があった。
「やっぱりあんたと私は同じ階段や」
「何のこと?」
「わたしも月に上っていきたい、そういうことや」
― 横山、わたしはあの月のところまで上っていきたい、
研究生の頃、私に夢を語ったあの時と変わらないきらきらと輝く目が私の横にあった。
「で、どうなったの?靴屋さんとは?」
「聞いて、どうするんや、そんなこと?」
「チェリーガールも大人になったのかなぁ、って思っただけ」
「さしこ・・」
「うん?」
「今度言うたら殺す」
「ふふっ」
「さしこさ~ん」
スタンドの向こう側からまっこじが叫んでいた。
「どうしたの~真子~」
「はるっぴさんがずっと睨んでて~コワい~」
「許してやんな~ほんとは大好きなんだよ~あんたたちの事が~」
菊地凛子、もしかしたら彼女は私たちにとって必要悪だったのかもしれない。なれ合いでは何も生まれない、秋元先生が彼女の様々な所業を黙認していたのはその為なのか。
そこから生まれる何かしらの力強さを私たちに先生は期待していたのかもしれない。
「深読みしすぎだよ」
さしこはそういった。
「凛子は凛子だよ。誰も彼女を止めれなかった、あそこまでになるまで。 言葉に、生き様に説得力があったんだよ、暴走していてもね。」
ある意味可愛そう、最後にぽつりと漏らしたさしこの言葉が妙に心に残った。
「本気でやらんと、これからは恋愛解禁も何もかも」
そうでないと、また第二の菊地凛子が現れる。何事も主体的にやる、それが私たちにはどこまで可能なことなのか。みんなで笑いみんなで泣く、そこに巣食う個人アイドルレースの矛盾。
「由依ちゃん、今回の事で私を勘違いしないでね。今でもわたしは私だから」
「うん」
「やりたいようにやる、私も博多も。」
「うん、わかってる」
さしこのその言葉は偽りではなかった。
彼女のその言葉どおり、この先の10月のじゃんけん大会で私とさしこは再び相対する事になる。
でもそのことはもう少し先のお話。
ただ、今は二人だけの時間を共有していたかった。
夢だけを抱いて夜空の星を互いに見上げたあの頃のように。
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