パンドラの箱、こじ開けれるのか私達に・・
[じゃあ、それでいいのね、さや姉」
麻友の声に山本彩は小さく頷いた。
恋愛向上委員会設立に向けての内部アンケートで思わぬ内情を吐露してしまったナンバのNMB48。問題のある数人を外部、内部を問わず、実名を伏して横山ら執行部が面談をするという妥協案を山本彩は受け入れた。
「みるるんも入ってんねんやろな、そのなかに」
横山のため息ににも似た呟きに「うん」とだけ彩は答えた。
「アホやな、ほんまにNMBは」
── アホや
それは関西人にしか理解しえない、アンニュイだけど刺激的な言葉。
彼、彼女らは時として相手への最上級の称賛にそれを使う。
その言葉の響きにはどんな称賛の言葉より関西人の心の奥底に響くものがある。
「ほんまにアホや、私らは」
山本彩にやっと笑みがこぼれる。
やっぱり三人だけでここに帰ってきてよかった、さや姉のこぼれるような笑顔に横山は目を細めた。
「だめだよ、こんなの!」
それは突然の思わぬ、ぱるるの発言がきっかけだった。
NMBの風紀の乱れををとことん攻めようと身を乗り出すSKE。それに乗っかり、ナンバ許すまじと息巻く正義の使途、高橋朱里、木崎ゆりあのAKB次世代体制組。
女子たちの恋の恨みは横山の想像をはるかに超えていた。禁欲生活を強いられる苦しみをみんなで共有し歯を食いしばることで彼女たちは何とか耐え忍んできたのだ。それをなんばの小娘たちは平然と破っていた。
NMBの自らの告白も彼女たちは自首と見なさない ふざけてる,舐めてる その一言で片づけた。
「しぇからしか!NMB!」
指原莉乃卒業勧告以来、AKBとは今でも敵対関係を崩さないHKTでさえAKBに同調し思いのたけを吠えはじめる。焦る横山、けれど彼女はあくまでも糾弾する側、総監督という立場上、ナンバに救いの手を差し伸べるわけにはいかない。
──「サッシーは涙を飲んで博多までながされた。なら彼女たちも強それに準じる処分がしかるべき」声を荒げる児玉遥。
──「暗に私たちは気づいていた、なんばの風紀の乱れは。これを、いい機会ととらえ正すところは正すべき」なんばのライバルSKE珠理奈も振り上げた手は降ろさない。
──「自首とみなしてもいい、けど自首も罪の償いは当然伴う。総監督も言うように始まりは真っ白な私たちでないといけない。だからペナルティは当然受けてもらう」朱里の口調はいつもながらに容赦はない。
終らない糾弾の嵐、NMBそしてAKBにとって最悪の結果が見え隠れし始める。
[由依。。」
「ぱる・・」
窓際のソファでひとり黄昏ていたはずのぱるるがあきれた様子でその目線をこちらに投げかけていた。
「いくよ。由依」
彼女の口元がそう言っていた。
そして収集のつかなくなり始めた状況を島崎遥香の一言が一蹴する。
「じゃあ、あんた達は真っ白だって言うの朱里、
神に誓って、自分たちは何もないって言えるの、珠理奈、
馬鹿言ってんじゃないわよ!
じゃあ、ここで私が叫んであげようか、あんた達のしてきた事を!」
一瞬、会議室のLEDライトが瞬きするのを感じた。ぱるるが叫べば時が止まる。神も仏も息をのむ。朱里の顔色が変わる、珠理奈の動きが止まり、遥の叫びも囁きへと変わる。
「ぱるるの発言、彼女なりの言い回しはさておき、一理あると思います。糾弾するばかりでは悪い結果しか見えてこない、自分の身に置き換えて考えてみて、そう言いたいのよね、あなたは。」
議長代理、麻友も同じ思いだったらしい、ここぞとばかりに、休戦の白旗を投げ込む。
「どうでしょうか、ここはひとつ間をおいて、お互い頭を冷やして、それから最善の策を検討するというのは?」
異論は出なかった。
というよりは、疲れ果ててもう声も出なかったと言えばいいのかもしれない。午前中から始まった今日の会議、休憩を挟んで陽が落ちてもまだ続いていた。大体において会議の進め方自体、私たちは知らなかった。朱里がここ二三日ネットで勉強したらしいが、今日の有様を見る限り何の役にも立っていない事は明らか。
進行司会が、この春まで高校生だった朱里が取り仕切るのだから、それはもうどう見てもホームルームの延長線上に見られても仕方がない。
口々に思いついたことを言い合い、各自各所で罵り合いが起こる。
ひとつの結論を議論の中から導き出す作業なんて、生まれてこの方したことがない。
だって私たちはアイドルなのよ、そう一言で片づけられる、そんな保険をこの娘たち全員が持っていた。
────思ったより大変なのかもしれない
心の中で呟いたつもりが思わず吐息とともに出てしまう
「仕方ないわよ、みんないろんなもんを背負って来てんだもん」
麻友は目を細めながらそう言った。
「でも、このままじゃあ、明日も変わらないわよ、みて見て、さや姉を」
麻友の視線の先にこちらを見据える山本彩。彼女のぎらつくその光量はまだ落ちていなかった。まだまだ臨戦態勢を崩さない山本彩。
「さや姉・・・」
おさまらない気持ちは痛いほど分かった。
────書けと言われたから書いたまで、それがどんなひどい事実であろうと、責任の大方はアンケートを指し示したAKB48本店にあるはず。謝れというのなら、そちらが先に謝るのが筋というもの。罪を受けろと言うのならまずそっちが懺悔してからものを言え。
大きな自由を手に入れるために小さな自由と闘わなければいけない。
いま山本彩はそんな流れの中に身を投じていた。
同志、さや姉、戦友、山本彩、なんばの恩人、彩ちゃん。あげればいとまがないほど込み上げてくる山本彩への想い
「今日あんたの所へ彼女をつれていくから」
「麻友・・」
「由依はもう帰って。今は話さない方がいい」
そう言って彩の方へと歩いて行く麻友を私はただ見送った。
京都のあの日以来、渡辺麻友は変わった。自分の事よりAKBを語ることが多くなった。
振られなければ決して語ろうとしなかったAKBへの様々な想いを自分の言葉で語るようになった。
──もうどっちが総監督かわからない──立場が人を作る、秋元先生の言葉を借りるなら、私はその立場の上で作られた虚像に甘んじ、自らの確かな実像を未だ形作れないでいる。
──言いのよ、それで──もうひとりの横山由依がそう囁く。
確かなものなんて誰も持ち合わせていない。さしこも麻友も彩も。たかみなさんだって、センターを捨てアイドルを諦め、AKBの暗部まで見なければいけない血染めの総監督を選んだんだ。
──私はたかみなを演じている──そんな彼女の弱音を聞いたのは私だけではない。彼女でも・・AKB10年の礎を築いた高橋みなみでも、確かなもの、シュアシングを手に入れる事はできなかった。
だから、もうやめよう、不毛な疑問を自分に語りかけるのは
とにかく、AKB48の恋愛解禁は走り始めた。その開かずの扉を切り開いたのは、まぎれもなくさしこであり麻友であり私だ。そのことに胸を張ろう、少なくとも私は今、自分のことなんて考えていない、それが一番大事なんだ。AKBへの無償の愛を示すこと、それは誰もができることではない。
「綺麗や」
「見えるんだね、由依の部屋からスカイツリーが」
麻友と彩が頬を重ねあって笑っていた。
つい一か月前までは総選挙でしのぎを削りあった二人。
──AKBのトップとHKTの頭を倒さん限り私らNMBには春はやって来えへん
そう叫んだことを彩はまだ覚えてるんだろうか
「麻友」
「なに?由依」
「私等、あとどれぐらいAKBにおれるんやろか?」
「そうねえ・・」
見上げた麻友の瞳が月明かりに照らされて水晶のような輝きを放つ。
さしこは自分は別の階段を上ってゆくと言った。私のことはみんなと一緒の階段を笑いながら汗を流しながら上ってゆくと言った。だとしたら、このまゆゆはどうなんだろう?
ガラスの階段でも上っていくんだろうか。いえ、貴女の上る階段はガラスの階段なんかじゃない、透き通るように透明で足跡ひとつ付いていない眩しいほどに輝く水晶の階段のはず。
「麻友さん、瞳の中にスカイツリーが映ってる」
「ほんまや」
「ふふっ、あんたたちだって」
自分の心の中に自分で鍵をかける それがAKBの恋愛禁止
好きになってもいい。けど恋をしちゃダメ 会うのはいい片思いなら。けどそこに恋愛感情が相互に芽生えてはNG。なんて線引きが曖昧なんだ
研究生の頃は会えばみんなとそんな話をしていた
そこにあることが当然のように思っていた私たちの絶対的な決め事
10年間、敦子さんも優子さんもたかみなさんでも開けることができなかったパンドラの箱。
こじ開けれるのか、私たちに
さしこは言った
「10年間の時の流れが私たちを動かしていると思えばいい。パンドラの箱なんて自然に開くもの。ゆめゆめ鍵を探して無理から開けようなんて思わない方がいい。願えば祈れば叫べば必ず開く、パンドラの箱なんてそういうもの。だって、そうでしょ、聞いたことある、パンドラの箱の鍵なんて」
今日のスカイツリーはレインボーカラー、三人の瞳が虹色に染まる。
ようやくみんなが一緒になれたような気がする
あとは願って祈って叫ぶだけ。
さしこ、あんたの瞳もここへ来れば虹色に染まるはずや
あんたも私らも、見る景色は同じ。
もう、別の階段を上っていくとは言わせへんで、さしこ。
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