Love Improvement Committee~恋愛向上委員会
NMBは完全にメンツを失いかけていた。
NMBの居並ぶ面子、それは山本彩のプライドでもあった。
難波のNMB、大阪の女子は警戒心が人一倍強い。見栄を張るのも半端やない。けれどその顔は見せる相手によって猫にも虎にも表情を変える。
いったん気を許せばとことん裸の自分を見せていく、お互いにわかりあえているという安心感、そしてその強い連帯心。
それを大阪ではチームワークと呼ぶ。
「さや姉、悔しないのん?」
「・・・」
「私ら、こんなこと言われるために東京に来たんやない」
「・・・」
「なんで・・なんでなん、さや姉」
美瑠はこぶしを握り締めた。
見つめる山本彩の横顔が悔し涙で滲んだ。
白間美瑠。通称みるるん。NMBはもとより、AKBグループにおいても有数のセレブリティ。実家は白間財閥とまことしやかに囁かれている。
そんな浪速のお嬢も、みるきーなき今、実質、なんばのNo2。
最近では自覚らしきものも生まれ始めているみるるんだった。
「もう我慢でけへん!」
「みるるん!」
「そやから、アキバなんか嫌いなんや!」
そう叫んで、美瑠は席を蹴った。セリーヌのドレスがふわりと風になびく。怒りにまかせたその脚はけたたましいヒールの音を床に刻んでいく。
「待ちや、みるるん。まだ話は終わってない!」
出口に向かいかけた、その脚が止まる。
「うちら二人はナンバを代表して来てるんや、このまま帰ったらみんなにどう説明するんや、みるるん」
[けど・・さや姉・・・]
「今から、きっちりそのことを話してもらうんや。
席蹴るのは、それからでも遅ない。
・・・なぁ由依はん 」
横山、指原をはじめとする執行部が問題にしているのはNMB及びAKBグループ全員に事前に配られたアンケート。
それはメンバーの現在の恋愛事情に関するいわゆる身上調査表。
彼氏ありの項目にNMBを除く4グループはほぼゼロだったのに対し、NMBはメンバー数、2割強の10人を数えた。
無記名、自主申告のアンケートとはいえメンバーたちにとっては見過ごせない結果となった。恋愛解禁、ルール撤廃を目指す指原と横山、船出からNMB山本彩と対峙することになる。
フジテレビ湾岸スタジオ、そのM1スタジオ内に設けられた特設会議室。そこにAKBグループの国内5グループの代表が急遽集められていた。その目的は恋愛向上委員会設立に向けての指標作り。
噛み砕いて言うなら、メンバー達自身によるAKB48の「身体検査」。
恋愛向上委員会。それは指原莉乃がタレント生命を賭して秋元康から勝ち得たものだった。
7月某日 あの日、チームAの公演終了後、誰もいなくなったステージ上にうずくまり、立つことができない指原莉乃に最初に声をかけたのは、AKB総合劇場支配人茅野忍だった。
「さしこ、朱里を許してやんな。重すぎたんだよ、あの子には。」
指原が託した魂のメモは誰に伝わることもなかった。高橋朱里は一度は取り上げた携帯をテーブルの上に置き直し、そのメモ用紙三枚分にわたる指原莉乃のメンバーへの想いを目に焼き付け、胸に刻み込んだ。そしてあふれる涙と鼻水で何度ものどが詰まりそうになりながら、メモ用紙をちぎっては口のなかに入れた。誰もいないアキバの楽屋に紙を引きちぎる音と朱里のすすり泣く声だけが響く。
「もう何が何だかわからなくて、気が付けば食べてた。
とにかく、このメモがこの世から消えてほしい、
その願いでいっぱいいっぱいだった。」
彼女は後にそう語っている。幸いにも、三度目を口に運ぼうとしたとき、周りが異変に気付き事なきを得た。メモはその場でシュレッダーにかけられ、朱里の願い通りこの世から消えた。そしてその内容は指原本人と高橋朱里二人だけの記憶に留められた。メンバーと指原莉乃の人生を、たとえひと時といえどもその手に握ったプレッシャー。それは確かに高橋朱里にとっては重過ぎたのかもしれない。けれど高橋朱里は恋愛よりも、なにより指原莉乃が傍らにいてくれることを選んだ。
この騒動数日後、指原に秋元康から一通のメールが届く。
───お前のやろうとしたこと、賛否両論あるだろう。運営にもいろいろ意見は出ているみたいだ。
けれど俺はお前たちに一定の評価を与えることにした。
それはいわゆるよくやった的な、武士の情けじゃない。
指原のメンバーを想う真摯な勇気、そして高橋朱里の葛藤とその下した決断。そこにあるお前たちの絆と成長、それらを総合しての俺の判断だ。 なんだかんだ、屁理屈をこねくりまわしてはいるが、小娘たちのやったことにひとりのじじいがただただ涙を流したということだ。
よくやった、とは言えない。これでも俺はお前たちのボスだ。運営をまとめていく責任というものがある。だからグッドジョブとは言わない、ナイストライと言っておこう。
笑うな、指原。
これでも一晩寝ずに考えた言葉だ。ありがたく聞け。
そこでだ。これからのことだ。メンバーは今少なからず動揺している。それを修正して、正常な方向に戻す。それがお前たち、指原と横山のこれからの仕事だ。
安心しろ、指原。
おまえの今回の決起は無駄にはしない。
ただ、大きな変革、急ぎすぎる改革はそのリスクも上昇する。メンバーたちの心の負担も伴う。 だから、こうゆうのはどうだ。
お前たちの中で恋愛に関する何らかの準備会を作る。
そこで思う存分話し合え。自分のこと、友のこと、これからのこと、結婚、恋人、何でもいい。
それで決めたら、おれはそこの決定に従う。当然、運営もだ。恐らく反対もあるだろう。
けれど、それは俺がなんとかする。
やってみろ、指原。
なれ合いじゃない、お前だけが持ってる、リーダーシップを世間にみせてやれ。
涙が止まらなかった。
諦めていた自分の想いが形になる。なにより秋元康の懐の深さに心が震えた。
そして指原はそのあとすぐに、責任を取る形で一ヶ月の謹慎を願い出る。
「そんな必要があるのか」という秋元の問いに「指原は負けたんですから一応、都落ちします」
とだけSNSで返信した。「人に変な委員会作らせておいて負けたといってる指原。指原はやっぱり指原だ。安心した。謹慎,FAB.。ゆっくり休め、都落人よ。」と秋元もコメントを上げた。
「指原にとって秋元康は師であり、仇敵であり、ライバル。この不思議で良好な関係はこれからもおそらく続いていく。今回は負けたけど次は必ず勝つ!」と指原は返す刀でやり返す。
ちなみにこのtwitterでのやりとりはその年の日本記録200000リツイートを超えた。
そして、この流れを受けて、横山由依と渡辺麻友の二人が動く。
あの糺の森以来、麻友は横山のことを由依と呼び捨てにし、横山は麻友をまゆゆと言える自分を見つけていた。
今までは何かとかみ合わなかった二人が一つの想いを共有していく、
それが・・・
AKB恋愛向上委員会~AKB Love inprovement Committe。
正式名、AKB恋愛推進向上委員会~A.L.i.C
それはすべてメンバーの主体性に基づいていた。発案から進行、会議の段取りに至るまで、何もかも彼女たちの手によって行われた。メンバー達は A.L.i.C としてフジテレビと共同スポンサー契約を結び会議設立にかかわる費用をそこから捻出した。と同時に、A.L.i.C 自体を商標登録し、AKBの恋愛解禁までの諸問題解決のための一助とした。
主体性それは当初AKBが最も意識した言葉。この言葉の旗の下に彼女たちは時には秋元康を師と仰ぎ、時には前田敦子を神と慕い、時には高橋みなみの背中を道標として自分たちの歩みを進めた.。今のAKBの住人たちは生まれながらのアイドル、時代を自らの手で切り開いてきた先人たちとは違う..
今のAKBが忘れかけているもの、それを今、彼女たちは自分達がやろうとしていることのなかに、見出そうとしているのかも知れない。
とはいっても、彼女らはアイドル、やはり、それ以上でもそれ以下でもない。運営の庇護をともなわないAKB女子なら、どこをとっても今どきの女子と何ら変わらない。会議の進行一つをとっても彼女たちなりの手探りの姿がそこにはあった。
「だから、さっきから何度も言ってるように、私達、執行部としてはこのNMBのアンケートは見過ごしにはできないんです。アキバとナンバの温度差があるのは認めます。けどそれはのちの議論に譲るとして、今しなければいけないこと、それはNMBが改めて実名を自己申告すること、自浄作用を最優先させる、それが総監督と指原さん、そして私達の総意です、さや姉さん」
高橋朱里のよく通る声が会議室に響く
「ちょっと待って、朱里。自浄作用ってなんなん?うちらを汚いもんみたいに言わんといて。そんなんいらんいらん。
うちらが馬鹿正直に書いたアンケート。それが気に入らないというんなら、書き直すだけ。それで何の問題もないはずや」
総監督のかばん持ちでも何でもするいつもそういってはばからないさや姉。
当然、横山はそんな盟友には事前に連絡していた。けれど彼女は今回はナンバのプライドとメンバーの面子を背負って来ている。
「悪いけど、由依はん、会議では容赦なくいくで」
それが山本彩の出した答えだった。
答えようとする朱里を手で制しながら横山が立ちあがる
「正直に書いてくれた気持ちはNMBならでやと思う。 同じ関西人として、共に難波で生きた仲間としてその心情は痛いほど理解できる。おそらく、そんな関西人の想いは東京人にはわかれへん。 けど、そんなことを差し引いてもルールはルール。今、私らが進む道は真っ白な無垢の道、
一点の曇りも許されへんのや、さや姉」
たかみなのエールとさや姉の怒り、その両輪があったからこそAKBは前へ進めた、
たかみなが去った今、山本彩の片輪だけが空回りする音をみんなに聞かすわけにはいかない、最後にそう付け加えた。
運営が実施するなら、ともかく、メンバー内で自主的に行うアンケート。素直に自分たちの心のひだまでをもさらけ出す、それがともに戦っていく仲間への礼節。浪速娘たちははそう考えた。
けれどアキバの考えは違っていた。アキバはアキバ、なんばはなんばという両者の温度差。
「ふざけてる、ルール無視、大阪って最低」さまざまな声がAKB内で飛び交った。NMBに対し、この件を勇気ある告白と捉え、静かなる拍手を贈るのか。それとも事実は事実として反省を促すのか。
悩める総監督、横山由依の裁量が試されていた。
その横山の傍らには渡辺麻友、指原に代わり彼女が議長代理を務めていた。
横山の瞳の奥を確かめるようにして話を切り出すまゆゆ。
「とりあえず、これまでのA.L.i.C 設立の経緯とその概要を述べます。話の続きははそれが終わってからということで。。。それでいいわね、美瑠」
メンバーの視線が一斉に美瑠に注がれる。一瞬たじろぎながらも反抗的な態度は崩さない、みるるん。
「はいはい」
「はいは一回だよ、白間」
それまで静かに見守っていたぱるるが珍しく口を挟む。
「文句が言いたかったら、しっかり口を開けていいな。
赤ん坊じゃあないんだろ、あんた」
島崎遥香だけはすこし離れた窓際のソファに座っていた。背後からお台場の午後の陽射しが降り注ぎ、ぱるるのシルエットだけが浮かび上がる。エルメスのピンクのドレスからのぞくぱるるの二の腕の白さとその絵も言われぬ透明感に美瑠はハッと息をのむ。まるで触れてはいけないフランス人形に見据えられているような不思議な感覚。ぱるるの本気の美しさ、それは周りを畏怖させるほどの美しさ、そう語られてきたAKBの先人たちの声を白間美瑠ははじめて知る。
「ぱるる、疲れたら、控室に戻っていいよ、また呼びに行くから」
そんな麻友の気遣いにぱるるの表情も緩む
「ううん、大丈夫だから。ここにいると風が気持ちいいんだ」
お台場の風がコーラルピンクブラウンに染まったぱるるの髪をやさしく撫でていく。
メンバー達が議論をやりあうなかで、ひとり異次元の世界に存在する島崎遥香。
「自己申告?バカみたい、そんなのする訳ないじゃん」
そんなぱるるの呟きは、8月の風に乗ってお台場の海に消えていく。
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