第二章⑤:叡舌割邪(えいぜつさや)

 剛柔流空手の全国大会にて、真也、豪地、創の3人がそれぞれメダルを手にした日から数日が経ち、冬休みに差し掛かり河迅太乙(こうじん たいいつ)氏の元で二度目の鳶(とび)職アルバイトに勤める。ここから太乙のことを“親父”と呼び始める。


「豪地もたまにアルバイトで使うときがある。しかしなぁ、あいつは不器用なんだ。母ちゃんに似ちまってなぁ……」


 太乙氏は顔がニヤけながらそう言う。


「気合いの入り方もお前とは違う、んでお前には教え甲斐がとてもある。何でも教えりゃすぐ出来る、こんなに急成長する若い衆は中々いねぇぞ」


「ありがとうございます! ……でも、社長……いや親父のお陰っすよ! 親父が付きっきりで教えてくれたり、先輩達にしごかれたりでここまで成長することが出来ました!」


「まぁ今月も働くんだろ?」


「えぇ、一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします!」


「給料は前より上げてやるから、頑張れ」


「ありがとうございます!!」


 そうして冬の現場の高所作業に取りかかるのだが、これがまた高所による気温の低さで極寒なのである。しかし、早朝はその寒さが身に染みるのだが、動き始めるとすぐに全身から発熱し湯気を纏って寒さを感じなくなるのだ。真也は荷物運び以外にも中段作業に加わることが出来たので、資材の手上げ作業もやっているのだが周囲の従業員全員が全身から湯気が立って上着一枚の薄着で作業していた。


「(これも良い修行だー!)」


 真也は一層気合いを入れて勤しみ、着々とこなしていく。そして報酬を得た頃に友代から真也にデートスポットのリクエストを言い始める。


「また水族館行きた~い、マンボウ見たーい! 動物園にも行きたいー!」


「ッチ……んだよ。いいか? お前の好きなところにはいくらでも連れていってやるよ」


 それに対し出だしは硬派を気取った態度だが、やがて緩やかな態度に移り変わった口調となる。そうしてデートを重ねて行き、生活するにあたってやはり真也の喧嘩っ早い性格上2人の衝突が多々あった。

 その理由の1つとしては、真也は幼少期からずっとゲームが大好きで、毎日のように帰宅したらすぐ家庭用ゲーム機にて没頭したり、仲間達とゲーセンへ遊びに行ったりとゲーム中毒でデートを面倒くさがっていたからである。というのも、かの有名な王道RPGの数々を発売前のフラゲで入手する度にいつも学校をサボり、完全攻略するまで寝ないでプレイし続けて2~3日でクリアしていたのである。


「おーい束岡、お前どこまでクリアした?」


「え? もうクリアしたよ?」


「「うわマジすげー!」」


 といった具合にいつもゲームの話題で人が集まってきて、次々と攻略のアドバイスを貰いに来る人達にしっかりと要所要所に詳しく助言をしてPHSの番号を交換していった。その日の夜中、突如見知らぬ番号から着信が鳴り、不審に思いつつも通話に出る。


「はい、もしもし……?」


『おーう、真也か~!?』


「はい、そうですけど……どなたでしょう?」


『竜村だよぉ……!』


「あ、竜村君ですか!? 何すかどうしたんすか急に!?」


『番号替わったんだよね~』


「久しぶりです!」


『おい、俺もゲーム大好きなんだよ話来たぞッルラァアア! ……今どこまで行った?』


「今は○面のボス攻略中です」


『んなぁにぃいいい!? 俺は今○面を攻略中だオラァアアア! てめぇに負ける訳にはいかねぇなぁ……ちと俺も寝ないでやるぞんの野郎ァアアア!』


「竜村君もゲーム大好きだったんすね!」


『俺もマジでキチガイなくらいゲーム好きだからさ~、“遊びにいこうぜ竜村~!”って家の下から部屋に向かって叫んでくる奴等に窓開けて“うるっせぇえええ!! 今○○やってんだよ死ねぇえええ!!”って叫び散らすくらい俺ゲーム中毒なんだよ』


「おぉー! 俺もゲーム中毒なんすよー!」


『じゃあちょっと頼みがあんだけどよぉ……』


「え、どうしたんすか?」


『お前、相当進んでるよな? しかも攻略情報とか相当持ってんだろ?』


「頭には入ってますよ一応」


『あのコイン女王の城でさ~、小さきコイン集めてんだよ今』


「あれ大変っすよね~、俺も集めてるけど。一応全部集め終わりましたよ」


『マジかぁ……、お前今すぐそれメモ帳に書いて俺ん家に持ってこれる?』


「……無理でしょぉおおお!!? んなの無理っすよ! 無理無理無理、インターネットが普及してる時代じゃないっすよ! 手で1から始めて小さきコインの有りかをメモるんすか……!?」


『っはっはっは! 良いじゃねぇかー! お前もうそこまで行ってんだろぉお?』


「いやもうそういう話じゃないっすよ……。いやでも竜村君のね、要望だったら答えない訳にはいかないんで、明日中に何とかするんでちょっと待ってもらえますか?」


『おぉ分かったよ、頼むわぁ……ーーどうしてもメタルジャックの剣ほしいんだよぉ~……どうしても欲しいんだよぉ~……』


 厳つい声の主が言葉尻を上げてまるでオカマような、無理に声帯を絞って女声を捻り出しているように聞こえてきて、背筋が凍りつき鳥肌が止まらなくなる声に思わず罵声で反撃する。


「竜村君キモいから!! 何その声!? キモいキモいキモい……マジでやめてくれって!!」


『でも欲しいんだよぉ~……メタルジャックの剣ほしいんだよぉ~……』


「分っかりましたよ! もう明日中に仲間使って、夜中になるかもしんないっすけど必死こいてやるんで! ちと待っててくださいよ! つかマジでその声やめてください!!」


 そうして頼みを受け持った翌日、すぐに登校して仲間達に向けて召集を呼び掛ける。


「はい○○持ってる奴集合ー!」


「どうしたのー?」


「何があったの?」


 周囲の○○を所持している生徒達がゾロゾロと集まってくる。


「ちと俺の大先輩で憧れてる先輩がいるんだけどさ~、まだ発売されて2日目3日目でしょ? まだ序盤の人間もいるじゃん? んで昨日、先輩からの指令で小さきコインの在処を全部メモって持って来い”って頼まれちゃって今日中なんだよ……」


 それを聞いた周囲は大いに笑いこけた。


「いや無理でしょー!」


「いやぁでもこれ、やらざるを得ないんだよ……だから皆頼むよぉ……!」


 すると、凡そ30人程協力に加わってもらえた。


「おっし、んじゃ皆でメモりながら、重複しても構わないから情報を集めていくぞ! 俺先輩の所に持っていかなきゃいけないから頼むわー!!」


 そう言いつつも、一日以上は掛かるだろうなと予想した真也は竜村に電話を掛けた。


「ちと今学校で、こうやって人数集めて調査の依頼したんすけど……やっぱりちょっと一日ちょい掛かりますよこれ」


『いいよいいよそれでも、悪いなぁ……。メタルジャックの剣が欲しいんだよぉ~……』


「もいいっすよ何回も言わなくて!! あとその声やめてって言ったでしょ!!」


『っはっはっは!』


「取り敢えず出来次第に連絡しますから、ね? ちょっと待っててくださいよ大人しく!」


『頼むよぉ~……』


「あぁもう、うっさい!!」


 そう言って通話を切り、仲間に挨拶した後自分も情報収集の為に帰宅し小さきコインの探索に取りかかった。



 翌日の朝、登校してすぐに仲間が集まってきて、情報が書かれたメモ書きを其々提示してもらった。それらを順に見ていくと、綺麗に全てのコインの在処が判明したのだ。真也は協力してくれた仲間に感謝し、即行で竜村に電話を掛ける。


「竜村君! コインの在処を全部揃えましたよ!!」


『っ! ……マジかぁああああ!!?』


「今から即行でノートに書いて持っていきますから! 汚い字ですけど!」


『おっし分かったありがとぉおおおお!!!』


 電話の向こうでは歓喜のあまりに叫び散らしている。


「音割れてっから」


『あ、ごめんごめん』


「んじゃノートに書くから、また後でね」


 通話を切り、真也は椅授業サボって特別教室でメモとノートを広げる。


「なぁ、ちと一人20枚ずつくらいで書いていってってくれないか? 頼むよ~!」


 特別教室にいたいつもの仲間数人と分割して、全部で100枚近くある小さきコインの在処を一生懸命ノートに書き写していった。そして、真也達は小さきコインの在処のオリジナル攻略ページが完成した。

 真也は急いで竜村の家へ自転車で走ってゆき、汗だくの状態で玄関前に到着する。インターホン鳴らすと即行で竜村とマイクが繋がり、竜村の自室へ案内してもらった。中へ入ると、そこにはいくつものビール瓶や缶、カクテルなどの酒類がいくつも置かれていて、中学生というよりは中年男性の部屋であった。


「お前も呑めよー!」


「いや俺、酒呑めないっすよ!」


「お前てめぇこのやろう、俺がお前の為に用意した酒が呑めねぇっていうのかこの野郎……!」


「分っかりましたよ、もう!」


 酒に強くなく好きでもない真也だが、親しい仲の竜村から注がれた杯(さかづき)を断る訳にもいかないので、快く飲み交わすことにした。


「ありがとな~、ほんとに助かったよ。これでメタルジャックの剣手に入っちゃうぜぇええ~!」


 竜村はとても興奮してノート掲げながら、大いに笑って騒いでと喜びはしゃいでいる。それにより弟の権吾もが部屋に入ってきた。


「兄貴どうし……って束岡じゃん!! 久しぶり~!」


「おう、ちょっと来てくれよ権吾~……!」


 真也は小さきコインの件について権吾に話すと、権吾は腹抱えて笑い出した。


「っはっはっはっは! 兄貴バカじゃねぇの~!? 頼む人間間違えてんだろ~!」


「いやこれはもう~これもう束岡しかねぇだろおい、話は聞いてたからさ~だいぶ好きだって話をな、やり込み度も半端ねぇって。だからこいつに頼むしかねぇって電話掛けたんだよ」


「にしたってメダルジャックの剣を手に入れる為に、小さきコイン100枚の在処を手書きで持ってこいって、そりゃないでしょ~」


 そうして3人で飲み交わしながら、ゲームの話で盛り上がって一日を終えた。しかし、そうした楽しい日々も束の間、2~3日経ったある日に友代から真也のPHSに電話が掛かってきた。


「おう、どうした?」


『あのね……真也、相談があるんだけど』


「んだよ、どうした?」


『うちの~……女の子で悪い子がいるんだけど、その子は結構名前知られて足立区の子だから真也も知ってるかなって』


「いや、足立っつても俺、女知らねぇよ?」


『そっか~、泉と瑞穂って二人組がいるんだけど、女同士の喧嘩においては容赦無くジッポライターのオイルを頭にブッかけて燃やしたり、原付に乗ってロープで引き回しとかやってて……でも筋はちゃんと通してる子なのよ、女版のアンタみたいな感じね』


「ほう」


『で、うちはその子らと一応仲が良いんだけど……何かその子らが問題に巻き込まれたらしいのよ』


「え、何処で揉めてんの?」


『埼玉らしいんだよね~……』


「んじゃあ、その話詳しく聞きたいから、直接連絡取れるようそいつらの番号教えてくれる?」


『分かった』


 友代から二人組のPHSの電話番号を聞いて登録し、その片方に電話を掛けてみる。


「あ、どうも始めまして~四区中の束岡真也だけど」


『あ~ほんと電話ありがとう! いやちょっとね、埼玉県の結構連合化してる組織があって、そことちょっと揉めちゃってて。うちの男友達なんかはもうビビっちゃって何も出来ない状態で……。んでどっちが悪いとかじゃなくてただの喧嘩なんだけどさ~、こっちが現状まだ被害を被(こうむ)ってる訳でもないし今すぐ抗争とかそういう話じゃないんだけど、何かあった時にちょっと助けてほしいんだよね』


「あぁいいよいつでも、負ける気しねぇから」


『じゃあ何かあった時に電話するから頼わね~』


「おう、俺いつもダイサンいるから、何かあったらいつでも来い」


 そうして電話を交わした翌日、なんと血まみれになった二人組の少女がまともに歩けない片方の肩を担いで、よろめきながらダイサンに向かって歩いて来るのを真也達は遠くから目撃したのだ。


「おい、どうした!!?」


 急いでその子達の元へ駆けつけ、流血の元を目で追っていく。すると、頭部に10cmもの裂け目でパッカリと割れた傷がついていて、そこから血が溢れていたのだ。


「どうした! 何があった!?」


「いやちょっとやられちってさ……」


「やられちったじゃねぇよ、どこでやられた?」


「埼玉の両新田ってとこと揉めたんだけど……、そいつらも結構人数いて、そこの女と戦ってる最中にそいつの彼氏が出てきて鉄パイプで頭ブッ叩かれちゃったんだよねぇ……」


「女にそんなことやる奴は外道だなぁゴラァ……、そいつらの場所と電話番号教えろ、今すぐぶち殺しに行ってやっから」


 担いでる方の子から電話番号を聞いて、その連絡先に電話を掛けてみた。


『はい○○ですが』


「てめぇこの野郎……、瑞穂の頭カチ割ったの貴様かコラァ……」


『ッチ! あぁ俺だけど何か文句あっか?』


「俺は足立区の四区中の束岡って者だけどよぉ……、噂が届いてねぇかぁ? おい、クソガキ」


『誰だ貴様この野郎ァ!!?』


「上等だ~、ちとお前よぉ……女の頭カチ割るってのがどういうことか分かってんのかゴラァ……!? 俺らが今から行くから戦争だこの野郎……!!」


『待ち合わせは埼玉の△△って所だ、いいな?』


「あぁ、いいだろう (埼玉ってことはコイツらの敷地内だな)」


『お前、こっちが10人用意すっからお前らも10人で来いよ?』


「あぁいいよ、10対10な」


『じゃあお前、明日の夜10時頃に来いよ。マッポ(デコと同じく不良の間での警察の通称)うるせぇからよ、夜の10時ぐらいでいいだろ?』


「あぁいいぞ、行くから待ってろ。お前覚悟しとけよこの野郎……! 殺してやっかんな!?」


 そう言って真也は自分から通話を切り、創の方を向く。


「おっし創~、こういう事になったから行くぞ……お前らも気合い入れろよ!! こんだけやられてる奴がいるんだそ女で、お前らチョン中ん時と話が別だぞこれ……。女の頭カチ割るってことがどういうことか分かるか? 男が女の頭カチ割ってんだぞ……? 男として引けねぇだろォオオオ!! 俺の彼女からの頼みなんだよ!! お前ら気合い入れてけよ? あっちが凶器持ってようが、正当防衛で通るからこっちは素手で行くからな」


「「「ッシャオラ”ア”ア”!!」」」



 当日、約束通り現地にて夜10時前に10人引き連れてきた。だが、相手方は一向に姿を表さなかった。


「んだオラァ……、誰も来ねぇじゃねぇか!」


 待ち合わせ時間から30分、1時間と経過しても誰一人として来なかったのだ。すると、向こうの学校の先生含む大人達が大勢現れた。


「君達が四区中の真也君達ですか~?」


「あ、そうですけど」


「いや~、うちの学校の生徒が君達を呼び出したみたいなんだけど、凶器準備集合罪で今警察に持っていかれちゃってるんですよ……」


「え、10対10の喧嘩って聞いてたんですけど……。うちの彼女の友達がね、頭を鉄パイプでカチ割られてるんですよ。んで、被害届けを出そうと思ってるぐらいなんですよ、自分ところの警察にね」


「ふむ……」


「で、警察沙汰にならないようにね? 10対10の喧嘩ということで、子どもの喧嘩だからいいでしょ? 少年法もあるし……それで来たんですけど」


「いやそれがねぇ……50人ぐらい全員で凶器持って準備して待ってたらしいのよ! で、それで凶器準備集合罪で持ってかれちゃってんの今、だからちょっと今日帰ってくれる……? 金輪際うちの学校と関わらないでもらえるかなぁ……?」


「いやそれは引けないよこっちも……。まぁでも今日のところは帰るよ、どうせデコに捕まって出てこれないっしょ? 暫く何時間も、夜中まで帰って来ないっしょ? 今日は引き下がるから、後のことはお前ら関係ねぇからさ正直、先公どもは。関係ねぇからうちら勝手にやるからさ、分かった?」


「いやそういう話ではーー」


「うるせぇ! 黙れクソガキ!」


 そうして相手側は凶器に飽きたらず人数までも反則を犯した為、警察に連行されて第一戦目は不戦勝に終わったのであった。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る