第二章⑥:蛮派傲散(ばんぱごうさん)

 先日、埼玉の不良達に仇撃ちで戦線を吹っ掛けたものの、相手側が指定した10対10というルールを相手側が堂々と破って50人集めた凶器集団がその日にまんまと警察に捕まり不戦勝となった。それにより代わりにその相手側の学校の教師達が金輪際関わらないよう指示するも、仲間が大怪我を負わされているにも関わらず拳一発入れられないまま手を引くなど出来るわけがない。真也は教師達の言い分を一蹴して、決闘を後日に回すことにし一時撤収した。

 その翌日、真也は早朝に学校の特別教室から相手側の頭角にPHSで電話を掛ける。


『あい、もしもし?』


「俺だよ……、てめぇら昨日デコに捕まったらしいじゃねぇかこの野郎……! おい、約束と話違ぇじゃねぇかよゴラァ……!!」


『あ”ぁん?』


「あ、じゃねぇんだよ糞メンタル小僧が……、何お前10対10で喧嘩しようとかほざいといて50人ぐらい集まって、凶器準備集合罪でパクられてんだバーカ! 小便垂れ小僧がァ!! 雑魚か貴様ら? おい群れなきゃ何も出来ねぇのかこの野郎ァ……!」


『……、あ”あん?』


「あぁじゃねんだよ、同じことしか言えねぇのか猿! おい、コラァ……聞いてんのかこの野郎ァア”ア”ア”!!」

『うるせぇこの野郎ァ”ア”!!』


「おいだったらよぉ、何十人でも良いんだよこっちはよぉ……!! 何十人でも何百人でも連れて来いやこの野郎ァア”ア”ア”!! 今度はこっちが場所指定すっかんな、東京足立、西新井の栗六陸橋(くりろくりっきょう)ってとこがあんだよ、そこの桁下(けたした:道を跨いで掛かっている橋の下のこと)、高架下だ。あそこデコ来づれぇからよぉ、そこに今日の夜の11時だ。分かったか? お前ら10時にパクられたからよぉ、時間ずらしてやるよ。11時から12時までに来い! こっちは10人規模ぐらいで待っててやるから何百人でも連れてこいこの野郎ァア”ア”!!」


 真也は言い切った直後に自分から通話を切り、集まっている仲間に伝える。


「おっし皆、相手何人で来るか知らねぇけどよ……チョン校をブッ潰した俺らだ、負ける訳ねぇだろ。気合い入れて行くぞァア”ア”ア”!!」


「「「オッシャアアア!!」」」


「おい創、お前何人相手でも行くよな?」


「行くっしょ!」


「っはっはっは! その意気だぁー!」


「何人来ようが行くっしょァア”ア”!!」


「「「おう行くぞァア”ア”ア”ア”!!! ブッ殺してやらぁああ!!」」


 真也達が意気投合して鼓舞を打っていると、教師達が近寄ってきて心配をかけられる。その中の一人、オカマ口調の生活指導教師モッさんが声をかける。


「ちょ、どうしたのどうしたの何があったの~ぉん? はいちょっと落ち着こうね~君達ね~! 先生ねぇ~ん、もう怖いんだよねぇ~ん! あ、お、もう罵声を浴びせられるとねぇ~ん……怖い、んだよね~ぇん……。先生ね~ぇん、落ち着いて話がしたいんだよね~ぇん」


「あぁ、いいんだよいいんだよそっちは大丈夫大丈夫。そういう話じゃないからね」


 中学2年生の真也に、灰皿に煙草の灰を落とされながら宥められる教師モッさん。その周囲にはチェスの対局していたり、創もテーブルに足を乗せながら漫画読んでいたりと、ヤクザの幹部達が集まる部屋に一般人が詰められているような感覚である。


「いいよモッさん放っといて、こっちの話だから」


「また何かやるのお前ら~ぁん……」


「いいから! あとはもういいから放っとけ、ちと邪魔だからあっち行ってて」


「む~ぅん……」


 モッさんは肩をすくめて特別教室から退室する。


「取り敢えず今日のな、11時頃……まぁ12時頃には来んだろ呼び出したから! 何百人でも連れてこいっつって啖呵(たんか)切ったから何人来っか分かんねぇけど~。取り敢えずうちらの学校のうちらのメンバーだけで行くべ~」


「いいよ全然」


「行くっしょ! 余裕っしょ!」


「俺らだけで十分だよな~」


 仲間は気合い十分に意思表明し合う。


「お前ら相当気合い入ってんな~、肝座ったよなぁ俺らも。修羅場潜ってきたもんな~」


「全部引っ張ってたのお前だぞ、真也」


 そう創は改めて真也に言う。


「まぁそうなんだけどさ~、何かあったらよぉ、皆に申し訳がたたないっつうのもあんだよこっちもよぉ~……。人が死ぬかもしれない体験をしてきてるだろうよ……、実際うちらだって人殺してるかもしんねぇんだぞ? この間のチョン校の件で……」


「ま、いいんじゃん?」


「っぶはっはっは! ちょ、軽いなぁ創おい!ーーまぁこういうことだから、今日は十分に体力の温存しとけよ? 夜暴れんだから、体育とかやる訳にもいかねぇし寝てても良い。夜にダイサン集まって行くけど、その時に筋トレとかしねぇで、体力温存して、で基礎だけまた教えっからよぉ~1から。取り敢えず人間の殴り方、人間の急所な? 全部また1から、何度も何度も教えたけど1からまた教えっからよぉ」


「おっけー分かった!」


「おっし、じゃあ」また夜な~!」


「んじゃもう面倒くせぇから学校ばっくれっか!」


「学校いてもしょうがねぇもんな~」


「取り敢えず給食だけ食って、ばっくれちまおうか!」


「そういや真也の彼女は調子どうなの?」


「あぁ別に良好だよ全然。たださ、前回の竜村君との件もあんじゃん。俺もさぁ、家に両親いても彼女来るんだけどさぁ、お前らだってよく叫ぶじゃん? “しーんーやー君! あーそーぼー!!”って俺がダイサン行かない時に俺ん家の前でふざけてさぁ。んで俺も“うるっせぇこの野郎!! 今ゲームやってんだ邪魔すんなオラァアア!!”って叫ぶじゃん? あれ竜村君も一緒でさーっはっはっはっは!」


「あの人もやんのゲーム?」


「あの人もスゴいよ、ほんと気が合うんだよね~。憧れの先輩とあんだけ気が合うとは思わなくてさぁ~、いやぁすげぇ可愛がってもらってるよ~。だから最近彼女を放置気味なんだけどね」


「なんだよそれ、っはっはっは! 全然調子良くねぇじゃねぇか!」


「まぁまぁそのうちまたデート連れてくわ。んでさぁ、最近竜村君の所が梅刃会と揉めてるらしいぞ? あの三代目を受け継ぐ為にっつってボクサーと俺タイマン張ったじゃん? あそこのヤクザの若頭と揉めてるらしいんだ」


「マジで!? ヤクザと揉めてんの!?」


「普通……暴走族ってか……まぁなぁ~……そういうのもあるんだろうな~」


「まぁ竜村君のことだから心配ねぇだろ~」


「取り敢えず給食食ってバックレてダイサン行こうぜ~」


 真也達は全員授業をサボって特別教室で引き続き昼まで雑談やチェス等をして、体力をなるべく使わないように時間潰して昼休みに給食摂って、皆で自転車乗ってバイクのエンジン音の声真似でチャリンコ暴走族の真似しながらダイサンへ直行した。


「「「べーん、べーん! べんべげべんべん、べんげべんべん♪」」」


「今日は全員学ランで行くべ!」


「いいよいいよ、がっちり決めてこうぜ!」


「デコ見えた瞬間おちょくってダッシュして撒こうぜ!」


「窃盗車のバイクもあるし、まぁ逃げられるだろ」


 彼の言う窃盗車というのは。キーボッコと言って当時のバイクはハサミやマイナス極ドライバーの先端を鍵口に当てて、ハンマーで思いっきり叩いて突っ込んで、そこから力ずくで回すとエンジンが掛かって乗り回せるので簡単に窃盗出来てしまうのだ。原付やスポーツバイク、単車といったほぼ全てのバイクがそれで窃盗出来てしまう。その為、学校のマスターキーを複製して持ち歩いている真也達は例によって簡単に工具を取り出して持ち歩けるので、いつでもどこでも窃盗し放題なのである。

 全員がバイクを手にしてダイサンに集まり、夜10時半頃になってから栗六陸橋に盗んだバイクで走っていって橋の下に集まる。するとまた狙ってやっているのか、11時を回っても相手方はまた誰一人として来なかったのだ。


「ッチ! 遅っせぇなぁアイツらぁ……」


 真也達は到着するなり準備運動に柔軟したり、身体をしっかりと温めて気合い十分にして待っている。


「っしゃぁあああ……、皆準備出来てっかオラァ……! 今からアドレナリンを上げておけよ? アドレナリンの上げ方はなぁ、今までで一番ムカついた奴とかいるだろ? 殺してぇって思った奴いっぱい居るだろう? そういう奴等を想像するんだよ、目を瞑って。んで、今から“今からお前を殺す! 今からお前を殺す! 今からお前を殺す!”って怒りを奮い立たせてアドレナリンを爆発させとけ!」


「おっし、分かった!」


 飛び抜けて気合いが入っている創も肩や腕をグルングルン回して、指を鳴らしながら有り余る闘気を皆に分け与える。


「ウォア”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”!!」


「……」


「ッセァアアアア!!」


「ブッ殺してやらぁあああ!!」


 瞑想したり雄叫びを上げたり暴言を撒き散らしたりと各々が怒りを奮い立たせているところ、大声を出している方の仲間達に創が注意する。


「うるっせぇよお前ら、デコ来んだろうが。叫ぶんじゃねぇ」


「あ、ごめんごめん!」


「悪い、つい」


「っはっはっは! 危ねぇ危ねぇ」


「取り敢えずな? 瞑想しながら怒りを爆発させとくんだよ、分かったか?」


「「「おう!」」」


「おし、いつ来っか分かんねぇから360度ちゃんと見渡しとけよ?」


 真也がそう行った瞬間、いきなり真っ黒な箱クラ(当時ヤクザ達の間で主に特攻車使われていた、クラウンという名の角張った乗用車)が真也達に向けて凄まじい勢いで凡そ100kmくらいの時速で突っ込んで来たのが見えた。


「っ!? ……うぉあああああっ!!? 皆逃げろぉア”ア”ア”ア”!!!」


 真也は即行でありったけの声を張り上げて、耳にした仲間達がギリギリで左右に飛び込んで回避した。しかし、その避けたところに車が走って突っ込んできて、乗ってきたバイクがみんな思いっきり引き倒された。


「(な、何だこれ!?)」


 真也は必死に状況から事態を考えてみる。


 当時のヤクザの間で悪徳金融が流行っていて、闇金を借りたり担保で車を借りたりした客から、担保として借りた金を払えなかった車や土地を巻き上げるのを生業として裏社会で成り立っていたのだ。そして奪った車というのは、その元客の名義であってナンバープレートも偽造のを使っていて車体番号も削って、人を引き殺しても警察に足が付かないよう細工を施す“特攻車”として使われるのだ。その特攻車は暴走族やムカついたチンピラを対象に、ヤクザが引き殺す為に使う道具の1つであり、引き殺した跡が付いたら川や溝等に捨てて廃車として後始末をつけるのである。

 その殺人兵器が、中学生同士の喧嘩する為に待ち構えていた真也達に向かって突っ込んできたのである。


「や、やべぇの来てる!! これ喧嘩どころじゃねぇぞ!! 向こうバック連れてきたぞ!!?」


 バックというのは、暴走族からの上納金を受け取る代わりに全ての問題を解決し後始末をつけるというヤクザとの契約を結ぶことである。おそらく喧嘩の相手になる筈だった向こうの連中が雇ったのであろう。ヤクザの鉄砲玉が突っ込んできて真也達に襲いかかる。


「やべぇ!! これ本当に殺されるぞ!!? 取り敢えず一旦逃げるぞ!!」


 真也達が車を避けて逃げようと向いた方向から、凡そ50人ぐらいの相手方の中学生達が咆哮を撒き散らしながら狂気持って突っ込んできた。


「やばい!! 解散! マジで逃げろ! 分散しろァア”ア”ア”ア”!!!」


 皆で一斉に猛ダッシュで塀などを乗り越えて、栗六陸橋は線路を渡る橋なので皆で線路に飛び込んでフェンスを渡って距離を稼ぐ。


「よし、皆分散して逃げろよ!? 絶対捕まんじゃねぇぞ、ブッ殺されっからな!!」


「分かった、ちと今回は“逃げ”な!」


「悔しいけど逃げるぞ!!」


「後にダイサン集合な! 絶対全員無事に辿り着けよ!?」


 真也達は目立たないように散開して即行でその場を走り去っていった。


「(すげぇの来ちまったわぁ……、これうちら10人の力じゃどうにもならんぞ!? 埼玉かぁ~、ッチ! 強烈だなぁ~)」


 そう思いながら何とかダイサンに無傷で到着し、仲間も全員一人も捕まらず無事に辿り着いていた。


「やばかったな、あれよぉ~……俺死ぬかと思ったよ」


「ほんと、車で引き飛ばされっかと思ったぜ~……」


「まさか車が突っ込んでくるとは思わなかったわ~」


 あまりの驚愕と突発的な殺意による恐怖に、思わず皆で笑いこけた。


「暴走してケツ持ちしてる訳じゃねぇのにさ~、何で特攻車が突っ込んでくんだよ!」


「「「っはっはっは!!」」」


「あれ何処の人間だろうな~? ちと裏で調べようぜ!」


 後日から色々と聞き込みして調べたところ、やはり向こうはとある埼玉地元のヤクザの組と契約をしていて、自分達では多分敵わないということでカンパ等で資金を集めて依頼したらしい。特攻車という殺人兵器に加えて50人の凶器集団が突っ込んで来たので、在日朝鮮人の中学生達とは訳が違う。


「だってよぉ、普通の喧嘩だったら勝てるけどよぉ……車とか出てきちゃったら勝てねぇよな!?」


「流石に車で引き殺されんのは勘弁だよな~……」


 そうして皆が爆笑し、死と隣り合わせであった恐怖体験を笑いのタネにして大いに盛り上がった。


「んで、どうしよっかこれ……?」


「まぁでも、やられたらやり返すっしょ!!」


 そう創が反撃を提案する。


「ちょっと待てお前~、こっちも車で引き殺しに行くのぉ?」


「そんなんふざけてんだろ、男なら素手だろうが……! 何のために俺ら前から空手やってんだよお前」


「あ、まぁそれもそっか」


 内容に対し皆がかなりの輕口で言い合いつつ、そこから反撃の手段を皆で考え込む。その一方で、案の定その場で彷徨いてた相手側の中学生達は、再び凶器準備集団罪で西新井駅警察署に連行され二度目の不戦勝となった。



つづく

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