第二章③:柔駆錬断(じゅうかれんだん)
真也達は朝鮮人の武装集団に打ち勝った翌日、その戦いで左の前腕に肉を抉り取られる大怪我を負ってしまったことに真也は心底悔やむ。素人にこれほどの怪我を負わされることが今まで一度たりとも無かったので、その戦績が逆に彼の屈辱を促進させてしまう。
勝利したとはいえ、真也の仲間達も手足や鼻の骨を折られたりと相当痛め付けられて大きく負傷している。その事に真也は、“自分一人が守れる人間の数に限りがある”ということを思い知らされた。
一対一の公式大会で無敗を築き、鳶の仕事で筋力や持久力を鍛え上げ人並外れた身体能力を身に付けていたのだが、多対一や多対多の無法戦において仲間を守りながら戦うには実力が足りず天狗になっていたのだと思い詰める。
その週の土曜日、真也は欠かさず道場へ入っていく。左腕に包帯グルグル巻きで、吊った状態のまま道着を着ている。
「押忍、失礼します!」
「またかぁ~? お~い、お前ほんと生傷絶えねぇなぁ」
「いやぁ、石出師範……俺、素人にこんだけ怪我負わされたの初めてっすよぉ……。いくら仲間を守る戦いだったととはいえ、ここまでやられたのマジで初めてっす……。これは……、悔しくてしょうがないっす……!」
「……」
「マジで……人一人の守れる数って限りありますよね……っ!」
「……っはっはっはっは!ーーそんなことねぇぞ?」
石出師範は笑った後に少し呟いた。そして、それに続いてゆっくりと落ち着いた声で真也に告げる。
「お前は、組手の部は俺と毎日のように組手してるから強いよな? 強くなったし、立派になった。今、金メダル何個取った? 十分褒め称えるほどうちはね、お前に赤の文字の刺繍が入った帯を俺が贈呈したくらい、認められてるぞ」
石出師範の言葉一つ一つが心の奥底に響き渡り、真也の目頭が次第に熱くなって涙が溢れ出てくる。
「ありがとうございます……!」
右手の袖で必死に拭けど拭けど、一向に感涙の勢いが治まらない。やがて袖に満遍なく染み渡り、目元が赤く腫れ上がる。
「で、まだ14歳、先はまだまだある。辛いこともあるし、親父さんのことも聞いたけど悲しいこともあるけれども、決して心が折れること無く、強く生きていけよ」
「……はい!」
「俺がね? いつ死のうが、何があろうが俺はお前を見ているぞ」
「……はい!!」
「まぁ、な? しんみりした話はこの辺にして、“壁の越え方”を教えてやる」
「っ!? 今丁度それ思ってたんすよ! 人間って壁が何枚もありますよね! 是非その壁の越え方を教えてください!!」
真也の表情に笑顔が戻る。
「お前は組手の部は勝っている、しかし型の部はどうだ? ーーいつも負けてるよな、理由は分かるか?」
「いや、ちょっと……思い付かないっす」
「理由はな、お前と同期で入った金山友紀(かなやま ゆうき:剛柔流錬心会にて、今現在の師範を勤めている実力保持者)いるだろう? 友紀は、あいつ根性は無いが……ね? 喧嘩するとか、人と戦って傷つける勇気は無いんだ。友紀(・・)という名前だけどな? あいつ型の部で優勝してるだろ」
「そうっすね、俺勝ったこと無いっすもん! 勝てる気しないっすもん、だって。あいつの型ってすげぇ芸術的じゃないっすか。俺は、人を倒す技術を学ぶ為にこの道場に来たんですよ」
すると鞭が飛んでくるかのように、石出師範から額に強烈なデコピンを打ち付けられた。
「ってぇええええ!! いきなり何すんすかー!?」
「バカたれ、人を傷つける為のものじゃねんだよ。人を守る為、自身を守る為、それが剛柔流。そして、お前には“剛”しか備わってない、分かるか? 何故、剛柔流という名前なのか。そこをよく考えろ、友紀の型をよく見るんだ。あいつの型は“剛”と“柔”が成り立っているだろう?」
「“剛”と“柔”ってどういうことっすか!?」
「いいか、何度も説明させるなよ? 剛柔流というのは、“剛”というのはまずこうだ」
石出師範は正拳突きを打ち出し、道着の擦れる音に乗せて炸裂音が周囲に鳴り響く。
「“柔”というのはこうだ!ーーすぅーーっ、ハァ~~~……」
次に石出師範は腹式呼吸という、腹部に空気を溜めるイメージで鼻から息を吸い、ゆっくりと腹部に溜まった空気を押し出すように息を吐いていく呼吸法を行う。その呼吸法は、使う場面によって少しずつ異なるものである。例えば歌唱において使う場合、呼吸だけでなく決まった音の高さを出すた為に声を張るので腹筋により力が入る。そして武術で使う場合、種目によっては打ち出す時の瞬発的な気合いの発声に使われる他、もうひとつ使い道がある。それは、格闘技に共通する“気合いを込めた息の吐き方”である。
やり方としては、まず気力と集中力をかき集める意識で鋭く息を吸い込む。そして次に、そのかき集めた気力と集中力を全身に行き渡らせるのを意識し、主に上体に力を込めて息を吐く。そして息を吐き終える手前で、急ブレーキをかけるように息を切るイメージで止める。この時、“クッ!”っといった音が出れば正しく出来ている。
石出師範は口から闘気を漂わせるようにゆっくりと呼吸し、“剛”だけを打ち出した時とは違い手足がより真っ直ぐと、しなやかさも兼ねたより鋭い動作に研ぎ澄まされた。
「ハァ~~~~……クッ! これが“柔”。その“剛”と“柔”を成り立たせる為にお前に必要なものは、“柔”が足りない。その怪我だろ? “剛”に励むな、今は“柔”に励め! いいか、人間は畳1畳あればどこにでもトレーニングが出来るんだ、それを肝に据えて今後も頑張っていってくれーーで、お前は今日は見学!! 動くな! 怪我を治す事に専念しろ、分かったか!」
「分かりました……押忍!!」
そうして言われた通りに左腕の治療に専念し、石出師範から“柔”を重点的に習っていくのであった。
数日後、学校終わって帰宅したところ、自宅のアパートの前で同年代くらいの知らない子達が凡そ20人くらい集まってきていた。その人達は全員女子で、真也はその光景を前に思わず驚愕する。
「(なんじゃこりゃ……、あ”ぁ”? 家の下に何でこんな……知らねぇ奴が群がってんだ?)」
取り敢えずそれらを無視して掻き分けるように二階へと駆け上がっていこうとしたところ、一人の女子に呼び止められる。
「束岡さん、ですよね!?」
「あぁ? 何だお前」
「○中から来ました!」
「……、で?」
「いや、あの~色々噂聞いて、一目見たくて皆で会いに来ました!」
その子の言葉に周囲の女子達も続いて、黄色い声援が真也一点に向けて投げ掛けられる。真也も女子が嫌いな訳ではないので、そういった出来事は一応嬉しくはある。だが真也は、中2にして既に様々な出来事に見回ってる為、重度の厨二病を患い硬派を気取っていた。
「うるせぇ、帰れ!」
「「「キャーー! 束岡君ーー!!」」」
「だからうるせぇって、人ん家の前で騒ぐんじゃねぇ! とっとと帰れー!!」
「待って、束岡君ー!」
真也は無視して自宅に入るなり、母親から真っ先に問われる。
「真也、アンタにもようやく女が寄り付いてきたのね~」
「うるっせぇボケ! んなもん知らねぇよ、帰れっつっといたからすぐ帰るだろ。親父、煩くして悪かったな。キンキンしてて嫌だろ、今後来ないようにするから少しばかり我慢してくれ」
「気にするな、それよりお前はあのメス達の中から一人選ぶことを考えろ」
「親父までそれかよ! ったくどいつもこいつもーーうるせぇ!! お前らいい加減とっとと帰れー!!」
「……お前の声が一番煩いんだよ」
つづく
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