第一章⑦:鎖錠鎚破(さじょうついは)

翌日、東京マリンで喧嘩したことが四区中に通達されていた為、校内放送から真也と創はじめは教師達に呼び出しを受ける。


「何かまた呼んでるよ?」


「知らねぇよ、んなもん」


 二人は放送に聞く耳持たず、校庭から体育館に行くまでの庇ひさしのある通路にて喫煙しながら座り込んでいた。彼らはもう公然の前で喫煙していても注意されることが無くなり、誰が通ろうと平然と吸っていた。


 四区中は自転車通学を禁止されているのだが、真也達が一切注意を聞かず手に負えない為、教師達が校外の邪魔にならない場所へ止めるようにと、校門前を彼らの駐輪場所として指定するようになった。その手に負えない理由は、チェーンやロープ、南京錠でいくら拘束し罰則を与えようとしても真也達はそれを意図も簡単に掻い潜ってしまうからだ。


 真也達は自分達の自転車に付けられた拘束具を目にすると、踵を返して技術室や体育館倉庫に脚を運んでハンマーや工具ペンチ等を持ってきて強引に破壊し解いてしまう。その彼らに習って他の生徒達も男女問わず自転車で通学し、校門前で綺麗に整列させてから校門を潜くぐっている。


 普段そういった移動教室に使われる場所は、授業が無い時は常に施錠されているのだが彼らには無意味だった。真也達のポケットにマスターキーが入っているからである。


 何故真也達がマスターキーをそれぞれ持っているのかというと、校内行事がある時に生徒会長からマスターキーを借りて、それを鍵の複製屋へ友人に走らせていくつもストックを用意させたからである。それにより技術室以外にもプールなり屋上なり好きな場所へと入ることができた。


 登校時間も各々勝手に来たり来なかったりと、生徒指導の教師達が手に負えない生徒達は数十人規模で溜まっているせいもあってある程度放任されている。その放任されている内の中心人物である真也は、登校しては授業の殆どを睡眠で過ごすなりサボって遊ぶ、給食を摂り、喫煙し、また寝るか遊ぶという、人と絡む以外に登校している意味が全くない過ごし方をしていた。


 去年まで居た縄勝一なわ かついち先生が転任していった為、彼らを制御する人間が居らず誰も手をつけることがそもそも不可能な状態にあった。そこで、とある昼休みに学年主任が教師達を集めて1つ提案をする。


「縄先生が居なくなって力で制御できる先生が不在の今、彼らに対し1つの拘束をさせましょう」


「拘束!? そんなの無理ですよ!」


「そうですよ、何を仰っているのですか!」


「まぁ落ち着いてください、物理的に縛るのではなくルールで一ヶ所に誘導させるのです。あの図書室の隣にある図書閲覧室(図書室内の要らない本を保管する場所)があるでしょう? あそこを彼らの特別教室にしましょう」


「特別教室……!?」


「えぇ、彼らはよく仲間内で一ヶ所に溜まっているので、その集まる場所をこちらで用意すれば、彼らの反発も弱まり文句言わずそこへ居座るでしょう」


「なるほど! 彼らの習性を利用するのですね!」


「利用ではありません」


「え?」


「彼らの習性に、従うだけです」


 学年主任の提案は教師全員に可決され、一人の教師が真也達の元へ伝えにいく。


「もうお前らは、好きな授業に出てくれればいい。それで、先生達も何も出来ないし後輩達に示しがつかないから、教室を一つ用意するからそこにいてくれない?」


「教室?」


「あぁ、図書閲覧室ってあるだろ? あそこをお前らの教室にするから、そこにいてこれ」


「分かった」


 そうして真也達は正式に居場所を設けられ、教師達と彼らの互いの過ごしやすさが向上した。




 彼らの居座る特別教室には、大きなソファやテーブル、長い椅子、そして30cm程の大きい灰皿、将棋やチェス等といった普段学校で使う事の無い物があちこちに置かれていた。彼らが溜まっていくうちに、自分達が読む様々な週刊紙を収納し、完全に真也達のプライベートルームと化した。






 真也と創が校内放送を無視して暫く遊んでいると、教師の方から彼らに向かって走ってきた。


「おい真也ぁあああ!!」


「ッチ、何だよ!」


「お前、放送聞こえたんなら相談室来いやんのやろおお!!」


「知らねぇよ、用があんならそっちから来んのが筋だろうがよぉオラァボケ!」


「だから今来たんだろうが!」


 廊下中から笑い声が反響する。


「お前、放送で呼ばれて来ぇへん奴なんて中々居れへんぞ? 生徒相談室に来てくださいって先生が言うてんのに来やん奴がおるかホンマに……」


 教師は関西弁で怒りながら呆れ、真也もその態度に不満を持って不機嫌に喋る。


「いいじゃん何なの用は? タバコ? タバコが駄目なの? ここで吸っちゃあ」


「お前昨日、東京マリンでお前賀歌がか中の奴ボッコボコにしたやろ」


「いや、ボコボコにはしてない、2発入れただけだよ」


「その2発入れられた生徒が重症で、向こうから電話来たんや。謝りに来い言うてんぞ」


「別にいいよ謝るくらいなら、やったの俺だし。でもそいつらがやったことも事実だかんな! その事実はちゃんとハッキリさせろよ?」


 それからすぐ  中へ教師と創との3人で謝罪に向かい、校長室に座らされる。真也達の向かいには包帯が至るところに巻かれていかにも重症だと思わせる姿の生徒と、そこの教師が並んで座っていた。


「ごめんね昨日、俺の友達ぶっ飛ばしたからあぁいう事になるんだよ?」


「あぁ……そうだね、こっちもごめんね」


 真也は包帯巻きの生徒の隣に居る教師に顔を向ける。


「そちらの生徒が僕の友達をボコボコにしてるのが目についたから、間に入るのは当たり前でしょ? 友達だったら。だから僕を呼び出したからには、その友達の学校からも呼び出されると思いますので、それには対応してくださいよ?」


「分かりました」


 そうしてお互いに治療費を請求する事なく、喧嘩の件は無事に済まされた。包帯巻きの生徒も反省し、後日真也の元へ訪れて仲間に加わりユッケと名付けられる。








 賀歌がか中へ謝罪に行った数日後、真也達はいつも通りダイサンに集合して、着いた矢先に目についたのは他校と四区中のそれぞれ十数人が向かい合っている光景だった。その相手校は、どうやらとある周辺の中学2~3校が結集し真也達の溜まり場へと襲撃しに来たらしい。それも真也達の元に何の連絡も来ていないので意図的な奇襲である。


 真也は自転車に股がったまま、その状況に見会わない自転車のベルを鳴らして声を掛ける。


「何やってるの~?」


「いや、何か襲われたらしいよ」


「あぁ? いや誰その人達?」


「鹿中と、加賀中の奴で、片方がこの間プールでやられたらしいんだけど」


「あぁ、この間謝りに行ったじゃん、どうしたの?」


「いや~、別に喧嘩とかしに来た訳じゃないんだけど、どういう奴がアイツをブチのめしたのか見に来たんだよ」


 鹿中の代表らしき人物はそう告げ、真也は来た連中全員まとめて遊ぶよう提案し、暗くなるまで遊び回ってその連中もまた仲間に加わった。


 そうして仲間を築いていくうちに、真也はどこに行っても仲間が居るため常に声を掛けられるようになる。






 その数日後、夏の本調子を迎える8月上旬に家族で海へ出掛けることになった。真也の父親は診断で余命半年と告げられているにも関わらず、診断後の数日よりも容態が軽くなって日を追っていくうちに順調に回復へ向かっている。


「抗がん剤が効いていて、良い兆候ですね。今のところ胃を切除した事によって、筋肉が衰えて身体にとても負担がかかっていると思いますが、食事もだいぶ撮れてきたので一般成人の生活に戻る事が出来ますよ」


 そう医師から告げられて、最初に皆で思い立ったのが日帰りの海水浴である。数時間後、海に到着して両親は砂浜でゆったりと、真也と弟は波に揺られながら走ったり泳いだりして遊んでいる。


「おっし、んじゃ俺も行くぞ~!」


「ちょっとお父さん! あんま無理しないで、医師からあぁ言われたけどいつ何が起きるのか分からないのよ!?」


「大丈夫だって、治ってきてると言われたし一般成人レベルまでは遊んで良いんだろう?」


「そうだけど……」


{心配するな、せっかくあいつらがあぁやってはしゃいでいるのに座ってるだけじゃもったいないだろう?」


「……えぇ」


「決まりだな、ほら行くぞ!」


「ふふっ」


「おーいお前らぁあああ!」


「ん、何~?」


「どうしたのお父さん?」


「俺も加わるぞ~、そぉら喰らえぇええ!」


「うわっ!? しょっぱ……、何すんだ親父!!」


「げほっげほっ」


「っはっはっは! 油断しているからそうなるんだ」


「……ったく」


「ぅうおりゃっ!」


「うわっ!? やるな~、兄より弟の方が戦いを心得てるようだぞ?」


「うるせぇ! 今から喉カラカラにしてやっから覚悟しろ!」


「その意気だ、さぁ二人ともかかってこい!!」


「無茶しないでよ~?」


 そうして家族4人は海を満喫し、早朝出発で東京都内からの日帰りなので家族全員がへとへとになって帰ってきた。その運転手が父親なので、回復してきたとはいえよく運転できたと思われる。そして自宅に入るなり真也は部屋に転がり込んではすぐ熟睡に入る。その直後、彼のPHSピッチに突如着信が入った。





つづく

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