第一章⑤:彩雷竜結(さいらいりゅうけつ)
売られた喧嘩を買いに来た真也達は、竜村たつむら兄の提案により、真也達はドッチボールで勝負をつけることになった。しかし、それは真也達の知るドッチボールではなかった。
「おう、アヤメティックボルトでやるぞー! おい権吾けんご、内野10人、外野3人で13対13な~。おうしいくぞ~分かれろ~」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ……アヤメティックボルトって何すか? ちと訳分かんないす……」
「いやだから、アヤメティックボルトやるんだよ今から」
「あ、いや、ドッチボールやるって言ったじゃないっすか!」
真也達は初めて聞く用語に笑いながら竜村兄に問う。
「ドッチボールやるっつったけど、俺達のルールがあんのよ。アヤメティックボルトって俺らが作ったドッチボールがあるから、よく聞けお前ら」
竜村兄は病院の方を指差す。
「今からルールを説明するぞ。あの辺の近くにアヤメ精神病院ってのがあるだろ? そこにちと見学に行ったんだよ俺らで。したらよ、すげぇのがいっぱい歩いてんだよ!」
竜村兄の言うアヤメ精神病院というのは、区内の精神科で最も重い症状の患者が最終的に搬送される場所で知られている病院である。
「あそこにいる患者って、身体を斜めにしたり、腕とか首とか足を変な方向に曲げて歩いてるんだよ。壁に向かって喋ったりベロ出して変な格好で走ったりさぁ。そんで、そいつらを観察して、覚えた動きで物真似しながらボールを投げる! 普通に投げたらルール違反で即外野行きだ、面白いだろ?」
彼が含み笑いしながら言う“アヤメティックボルト”というのは、小中校の間でたまにある陰湿な悪ノリの一つだった。
「そんな、無理っすよ! そっち有利じゃないっすかそんなの!」
「良いんだよやるんだよ! っはっはっは! 楽しいからやるんだよ!ーーおーし、チーム分け終わったか~?」
相手側の仲間が着々とろう石で地面にコートを描き、ルールを知らない真也達に構わず勝負の準備が整えられた。竜村兄が肩を回しながら内野に足を踏み入れる。
「うし、んじゃ俺も入る~」
「だから~! おかしいでしょ!? おかしいですよね? うちら13人選抜しましたけど、そっち中1が13人じゃないんですか?」
真也が笑いながらツッコミを入れる。
「んで、何でそこに、何個も歳上の竜村君が入って来るんすか!? おかしいでしょ!」
「いや、俺も遊びたいんだよ。お前相当な自信あんだろドッチボール? あんだけ意気込んでたんだから」
「ありますよ、自信は。ただ、ありますけどアヤメティックボルトとかいう訳分かんないルール押し付けられて、勝てる気しないっすよそんなの……やったことないんだから。んで、強いっつっても俺くらいですよ? うちらでドッチボール慣れてるのって」
「いいんだよそれでも、やるんだよ~。楽しいんだこれが!」
「じゃあ分かりましたよ……やりましょう」
「はいアヤメティックボルト、スタート!!」
竜村兄の掛け声と共に、変則ルールのドッチボールが始まった。初っぱなから理不尽極まりないスタートで、一番やり慣れているであろう発案者の竜村兄がボールを持って、有無を言わさず先攻を取られたのである。
真也達が不満を抱く間も無く竜村兄が真也達に向かって、自分の設けたルール通り身体を斜めに傾けながらボールを脇に挟み、奇妙な笑い声を出しながら走ってくる。
「げっへっへっへっへ……」
「え、なになになになに!?」
竜村兄は真也達のコートで左側にいる人に顔ごと目線を向けながら、スポーツでよくあるフェイントパスのように腕だけ右側にいる人に向けて豪速球を投げたのだ。すると不意を突かれた真也の仲間は反射的に動くことができず、そのまま被弾して外野行きとなった。
被弾した仲間に限らず、知らないルールを押し付けられた上に奇妙な動きで一人走ってくるのを、勝負とはいえ見入らない筈がない。それに加えフェイントをかけて一人減らしてきたのだから、初見相手にしろ竜村兄は本気で勝負を挑んできているのだろう。
「(この人すげぇな~、あんな動きしながら正確にフェイント入れて当ててきやがった……やっぱ慣れてんだ。アヤメティックボルトとかいうやつに)」
そして、仲間が次々と外野送りにされるうちに真也もルールに乗っとって、舌を出したりして相手の真似をしながらボールを投げ返し始める。ハンドボールのように跳躍したり、竜村兄のようにフェイントかけたり、相手に負けじと変化球を投げていく。
「お~、お前すげぇとこ投げんなぁ~」
「あぁ、親父が高校の時に甲子園行っててキャプテンだったらしいんすよ、ピッチャー4番で。んで、南都なんと中の卒業生なんすよ」
「お前の親父うちの先輩なの~!? すごい奇遇だなぁおい」
真也の父親の話で盛り上がりながらの勝負が続き、圧倒的に不利な状況のまま攻められるのを食い止めようと仲間達からパスを受けては真也が投げ込む。しかし個人ルールの元で慣れてる側とそうでない側での力量差を埋めることは不可能で、真也達が精神患者の真似をしながら投げようとしても思う方向にボールを投げられず、命中制度の差が有りすぎて内野の人数差が縮まらない。そうして竜村側を何とか削っていくも、真也側も次々と外野行きにされて真也ともう一人の計2人だけが内野に残った。
「(もう無理だわ、このままじゃ勝てねぇわこれ……)」
真也は内心で勝負に折れかけるも、理不尽な負けを認めまいと内野に残っている竜村兄にある要求をする。
「竜村君すみません、あの、マジで泣き入れていいっすか?」
「どうしたんだ?」
「アヤメティックボルト無理っす!!」
「ほう」
「これは、あなた方は慣れてるから出来るでしょうけど……これが勝ち負けに影響するんですよね?」
「そうだよ? そういうルールだっつったじゃん」
「そこに竜村君が入って来る時点でおかしいっすよ!」
双方の選手が真剣にふざけながらやっているため、そういう雰囲気が充満していて一人のツッコミむ度に笑声で溢れ返る。
「こっち側もうアヤメティックボルト解除してくんないっすか!? お願いします、泣き入れて申し訳ないっすけど、解除してくれたら俺本気出すんで」
「おぉ、マジで? 良いよ良いよ、やる? んじゃ、そっちだけアヤメティックボルト解除すっからよ、お前らちゃんとやれよ?」
解除要請が受理された時には既に竜村側が6人、真也側が2人と大きな差がつけられている。
小学4年から6年まで、昼休みにはほぼ毎日ドッチボールに参加しようと近づくも、どっちのコートにも入れてもらえなかった。入った方に必ず勝ちが決まるから。そして中学1年のハンドボール投げも、40mまでのラインで60m通過する肩の強さを持っている。しかし、それらも初見の変則ルール込みではまともに発揮できない。
真也は本気で挑んだドッチボールには1度も負けたことがなく、その戦歴を汚されないためにも一層脳裏に火がついた。
後ろのコートの白線ギリギリで構え、そこからダッシュして勢力間の中央線ギリギリで跳躍し、スナップでボールに縦回転をかけながら投げ込んで1人撃破。そして、真也側も1人撃破され真也のみとなった。
レシーブに長けているとバレー部から勧誘される程に反射神経とボールのキャッチが得意とされている為、飛んでくる珠を次々と上手く上に打ち上げては自分で受け止め、豪速球で投げ返す。
そうして何とか竜村兄との一騎討ちに持ち込んだ。
「お前すっげぇな~おい!」
竜村兄は真也のあまりの実力に恍惚し、レシーブで受け止めて真也が球を握る。
「おっし、んじゃ最後は究極奥義行きますよ~!」
「見してみろぉおおお!! 一対一の勝負だんのやろぉおおおああ!!」
「んじゃ行きますよー!」
真也はボールを左手で持って、相手の目線に左手でそっと合わせる。そして空手の技の一つである“上段鉄槌”(じょうだんてっつい:小指と中指を主に拳を力一杯握りしめることで、指立て伏せをしている人は小指の付け根の肉が盛り上がる。その状態で上から相手の額に向けて体重を乗せて振り下ろすという技)を持っているボールに目掛けて力一杯振り下ろす。するとボールが一切回転がかかることなく竜村兄に向かって、野球で言うナックルに通ずる飛び方で勢いよく上下左右にブレながら飛んでいく。それはどこで地面に落ちるのか、どこに当たるのか自分でも予測できない程の変化球で、竜村兄に見切らせる事なく奥義一発で撃破した。
「うおぉおおおお!! 何だ今のぉおお!? すげぇな~おい、負けたぞぉおお!! こいつはすげぇよ!」
竜村兄は大いに喜んではしゃぎ出す。
「これは中1にしてはすげぇぞ……皆こいつヤバイかんな~!ーーよっし、んじゃ次のゲーム行くか!」
「っはっはっは! 次のゲームて何すか、だってもう勝ち決まったじゃないっすか! んじゃ取り敢えず俺達の方が強いってことでーー」
「まだだ」
「いや、まだだじゃないっすよ! どういうことですか、まだ続くんですかこの訳分からないゲーム!」
真也は腹を抱えながら問う。
「いや違う、次は腕相撲だ。俺は色んな奴と喧嘩したし腕相撲もしたけどよ、タメまでには負けたこと無いんだよね。歳上には負けたことあるけど、大人とかには。流石にタメや歳下には負けたことないから、お前腕相撲強そうだしな」
竜村兄が腕相撲を持ちかけると、真也の後ろにいる創はじめや坂本達が静かに笑い出す。
「あの人、個人勝負で真也に挑んでるけど絶対負けるよね」
「おい、そこ何笑ってんだ」
「いや、何でもないっす! すみません!」
「まぁ良いっすよ別に、俺腕相撲の自信あるんで。俺も負けた事無いっすから、やりましょうよ」
「おっし、んじゃルールはまぁ普通のやつな。力抜いて、手を組んで、合図が鳴った瞬間に相手の腕を反対側に倒した方が勝ち。いいな?」
「はい、まぁすごい当たり前のルールっすから。んじゃやりましょうよ」
相手側からレフェリーが間に入り、二人が握った手の上に手を添える。
「レディ……Go!!」
その瞬間、真也は持ち前の瞬発力で、手首を捻って肩から全体重乗せて内巻きに勢いよく押し倒した。
「はい~、終了~」
「……あ、あれ~? ちと調子悪いな~」
竜村兄はすっとぼける。
「何すか、いや勝ったじゃないっすか」
「ちょ、まてまてまて。ちと準備運動してなかったからさぁ」
「……まぁ良いっすよ、良いっすよ別に」
「ほんとに?」
「良いっすよ」
「まぁしっかしお前の手の平は分厚いな~、組んだだけで強いって分かるわ」
「あ、そうっすか。でもそちらも相当ですよ」
「おっし、じゃあ行くか!」
「レディ~……Go!!」
そして同じ光景がリピートされる。
「うわぁ~、こりゃやべぇな~! こりゃちと待て、こっちも身体温めるから!」
竜村兄はその場で念入りに準備運動を始める。
「おっしゃ~、温まったぜ。いくぞんのやろぉ……」
相手の表情に本気が浮かび上がり、真也もそれに応じて一層気を引き締める。
「3度目の正直ですからね~、いきますよ~」
「はい、んじゃお願いします」
「レディ~……Go!!」
今度はレフェリーが手を離した状態から、ピタリと真ん中で止まる。これは、真也が力を見せつけようとわざと手を抜いているのである。
「……うぅおりやぁああああ!!」
竜村兄が身体能力を高めようと叫び始め、手首を必死に捻る。しかし、真也の方は手首をガッチリと固定しているため微動だにしない。その力量差は、族の長とはいえ学生の頃から拳立て週に1000回をこなしてきた真也を追い越せる筈もなく、腕が真ん中から傾けられない。
「おっし、良いっすか? いきますよ~……ッオァ!!」
真也が軽くとどめの宣言をした直後、一瞬にして竜村の腕が押し倒され決着する。
「これで分かりました?」
「……ダメだ……はぁ、はぁ……ダメだぁ……こいつには勝てねぇわ、こいつやべぇわ。竹島、お前こいつと喧嘩すんのやめとけ、絶対ブッ殺されんぞ! 絶対やべぇから……はぁ~疲れた~。初めて負けたわ、お前大したもんだわ、歳下に負けたの初めてだわ~」
こうして、真也の実力は竜村兄を通じてあちら側の周囲に認められ、関東で一番大きく強く、そして寛大な組織とも友好関係が結ばれることとなった。
つづく
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