第一章④:竜島球始(りゅうとうきゅうし)

 亮との戦闘から約半月、夏の本番を迎えるプール開きが始まり、各地方から人が集まる時期が訪れる。都内で最も有名な巨大プール“東京マリン”は、通常料金では大人4000円、子ども2000円と結構高くつくのだが、プール開きはどなたでも500円というサービス価格になるので学生が特に血気盛んに集まってくる。


 真也達は男女30人で分け隔てなくプールを満喫し、日が暮れる前には退場する。そして彼らの溜まり場ダイサンに移動して夜まで遊ぶというのが毎年の恒例の日課となっている。


 その翌日、登校して廊下を歩いてる最中、真也の前に突如木偶でくの棒のような身長190cmほどの長身が立ち塞がった。


「ねぇねぇねぇねぇ……」


「ん、どうしたの?」


「あのさぁ……昨日、真也のこと探してたよ?」


「何が?」


 立ち塞がる木偶の棒は、口調や会話のテンポ、身動きまでがゆっくりとしていて運動能力は差ほど高くない為たまに周囲をイラつかせてしまうことがある。あだ名はデク。


「なんかぁ、どこだっけなぁ~南都なんと中のぉ……竜村たつむらって人がぁ、束岡つかおかの事を探してたよ?」


「だからぁ、探してたのは分かったから、何で探してたの?」


「いやなんかねぇ、ケンカしたいらしい」


「ちょ、はぁ~!? 何それ! どうしたの、ほんで大丈夫だったの?」


「だいじょうぶ、だいじょうぶだったぁ……でもね、おれのことをね、束岡だと思ったらしいよ」


 彼は先日、長身で強そうなオーラが出ていたが為にその木偶の棒は他校の不良に絡まれていた。




『おい、そこのデカいの、お前どこ中だオラァ!』


『え、おれ?』


『お前だよ、他に誰がいんだよ舐めてんのか! あ”ぁ”!?』


『あ、ほんとだいないねぇ』


『たらたらしやがって、お前どこ中だっつんてんだろオラァ!!』


『どこ中って……あぁ、四区中だよ』


『四区中だぁ!? お前が束岡かんのやろぉああああ!!』


 デクは南都中の数人に囲まれる。


『束岡……いや俺ちがうよ、束岡はもっと身長こんくらいで、ゴツい身体してるよ』


『あ? 束岡じゃないだぁ~?』


 囲んでる仲間のうち一人が頭角に耳打ちする。


『確かにコイツ、何か鈍いし気迫も感じねぇから多分違うっすよ!』


『そうだな……ったく紛らわしい奴めーーおい、木偶の棒! 束岡に伝えろ、ギャラク(ギャラクシティ:昭和30~40年辺りに建造された都営団地が取り壊され、新築で作られた14階建てでプラネタリウム等様々なアトラクションや施設が設置されている団地を囲んだビル。真也の祖母はその11階に住んでいる)に俺ら溜まってっから掛かってこいってな!! 行くぞお前ら!』


『『『おう!』』』


 デクを囲んでいた連中は早々に立ち去っていった。




「ほう、じゃあ学校終わったら攻めるか~!」


 真也が意気込んだ矢先に、3年の茂樹が歩み寄ってきた。


「おう、お前らまた行くんか~? 今度どこ行くんだよ」


「今度はっすねぇ、何か南都中の一年の竜村たつむらと竹島たけしまって奴がワンツー(コンビという意味)で俺と創はじめみたいなやつらなんすけど、そいつらが俺とやりたいらしくて喧嘩売られたんで買いに行こうと思ってーー」


「やめとけ」


 茂樹は食い気味に制止を要求する。


「え、な、何でっすか!?」


「いいじゃないっすか! 何で止めるんすか!?」


 真也と創は納得いかない様子で茂樹に言い寄り、茂樹は静かに返答する。


「……あそこには、ヤバい奴がいるんだ」


「ヤバい奴って誰?」


 真也が含み笑いしながら聞き返すも、茂樹のトーンは変わらない。


「……その竜村の兄貴だ。あいつらは3兄弟で、喧嘩売ったその中1が三男坊なんだよ。んで次男坊が関東最強と言われてるんだ、俺も敵わねぇ……。関東中を潰し回った奴で、今は暴走族にも入ってる。暴走族の首領もやってる。だからそいつが出てきたらやばいから、マジで殺されるからやめとけ!!」


 茂樹は言葉を連ねる毎に熱が入って真也達に必死で危機を伝えるも、その熱意は真也達に届かなかった。


「いや出てこないでしょ、そんな中坊を相手に……。いや、俺も弟がいるけど、自分から喧嘩売ってボコられたところで、兄貴が出ていく筋合いは無いんで。弟可愛いとは思うけど、この間の北都ほくと中みたいな狂った姉貴じゃない限り、絶対大丈夫っすよ!」


「……俺は忠告したからな。もし何かあっても、一応俺の知り合いのツテがあるから何かあったら連絡しろ」


「分かりました! んじゃ明日行ってきまーす!」




 真也は特に気が振れることなくいつものように仲間と絡んだ後に帰宅し、家族4人で食卓に向かう。父親の容態は少し軽くなってきた様子で、以前よりは表情や口調に含まれる苦しさが薄まっていた。


「真也、お前が喧嘩する度に警察沙汰になったり母さんが学校に呼ばれたりするんだが、それは良い。だが喧嘩しに行く時は必ず俺と母さんに言え、伝達しろ。報告、連絡、相談をきちんと守ったうえで喧嘩しろ」


「分かった、守るよ。んじゃ早速だけど一昨日さぁ、南都中の方で喧嘩売られた奴がいるらしくて、俺と戦いたいらしいから明日行こうと思ってるんだよね~」


「そうか、どこに行くんだ?」


「ん?南都中」


「そこお前……、俺の出身校だよ」


「え!?」


「俺が卒業したの南都中だよ、俺の後輩達と喧嘩すんのかお前?」


「そうそう! 何かすげぇ奴がいるらしいから行ってくるよ!」


「そっかぁ、分かった」


「まぁ何するにしても、いきなり警察から電話来るとビックリするから、もう何しても良いからやる前にとにかく私に言って」


「そのかわり筋は通せよ? そうすりゃ俺らは文句言わねぇから、好きなだけやれ」


「分かった!」


 こうして真也は喧嘩の前には食卓で戦線前報告するようになった。






 翌日、真也は創や坂本達15人と共に、勝村達の溜まり場ギャラクへと乗り込んだ。すると入り口から見渡すだけでも凄まじい人数が確認でき、同年代~5つ6つ上だったりおっさんと呼ばれそうな見た目の人まで幅広い年代が大勢集まっていた。そこには厳ついバイクも並んでいて、その他にも外からエンジン吹かしながらバイクが次々と入ってくる。


「これやべぇって……」


 真也の仲間達は全員膠着し、その場に立ち尽くす。真也も目の当たりするまでの意気込みが途絶えて大きく怯む。


「これはやばいな……、茂樹君が言ってたヤバいってのはこういう事だったのか……!」


 その幅広い年代の連中は全員タメ語で喋っていて、その全員がファミリーを意識しているので、端から見れば一層恐ろしいオーラが漂っているのである。卒業生から新入生まで、そこにいる全員を竜村3兄弟が仕切っている。


 徒党やグループという括りでは収まらない、1つの組織が出来上がっている規模なので徒党グループの真也達は圧巻する。その中で真也は創に笑いながら言う。


「……こりゃ~やべぇとこ来ちゃったなぁ~……、どうする創?」


「行くっしょ!」


「行くっしょじゃねぇよ!」


「行くっしょ!」


「っはっはっは! ったく……んじゃまぁ行くか!!」


 創の特攻に真也がついていく形で二人が中へと入っていった。広大な敷地の隅々まで響き渡るように、真也と創は大声で挨拶を響かせる。


「俺ら呼ばれたんですけど~、すいません失礼しまーす!!」


「すいませーん!! 失礼しまぁああああすっ!!」


 周囲に見られる中、正面の奥に竜村がいるのが見えた。そしてそこにはやはり兄もいた。


「おう、お前かぁああああ!! 四区中の~、お前かぁ! うちの弟が喧嘩売るやつ間違えちまってゴメンな~」


「あ~! 全然良いっすよ! 何か、タイマン張りたいって聞いて来たんですけど……」


「おい、権吾けんご~!」


「なぁに?」


「おい、来てんぞゴラァ!」


 兄に呼ばれて出てきた弟が真也の前まで歩いてくる。体格はそこまでガッチリとしていないものの、身長は真也とだいたい同じくらいである。細身に見える為、おそらく持久力に長けている体型なのだろうと真也は推測する。


 竜村弟は平然とした表情で憤る様子も無く喋り出す。


「あ~、俺は別にお前と喧嘩したい訳じゃないんだけど、一応うちの頭は俺じゃないんだ」


「あ! そうなの!?」


 彼は既に友好的な喋り方をしていて、互いの緊張感は次第に紐解かれる。


「で、今は居ないけど竹島って奴がいるんだけどさぁ……」


 竜村弟は笑みを含みながら喋る。


「何だ、そいつが俺とやりたって言ってんの?」


「そうそう、そういう事なんだよ! だから昨日探し回ってたんだよね~、多分来てると思ってさ」


「あ、そうなんだ~」


 そうして二人が喋っている中、重厚なエンジン音を轟かせながら1台のバイクが入ってきた。そこに乗っているのは相撲取りのような巨漢で、身長180cm以上の体重130kgといった横にも縦にも大きく広がった体格をしていた。その巨漢は金髪で、毛先がピンクのオールバックで襟足が凄まじく長い奇妙な髪型をしている。


「な、なんだよこいつ……!?」


 真也と創は小さく呟き、それを聞いた竜村弟が平然と答える。


「あれが竹島だよ」


「あれが中1かよ!!?」


 真也含む周囲が爆笑する。


「あいつが竹島なんだよ~、あいつが喧嘩好きでさぁ~。一行をブッ潰したって噂を聞き付けて、お前とやってみたいなって話をしてて~。『じゃあプール行ってみれば?』って話したら、行っちゃったんだよこいつらが。んでまぁ間違えてあいつがでっけぇ奴に手出してたらゴメンね、多分怖い思いをしたと思うから」


「大丈夫、大丈夫! あいつ木偶の棒で自分が喧嘩売られてることすら分かってなかったから」


「っはっはっは! ほんとにぃ~? そんなことある!?」


「いやあいつデクって呼ばれてっからさ、うちの学校で! あんなにデカいのに、運動神経悪過ぎる、反応速度も悪すぎるからデクって呼ばれてんだよ」


 周囲は暫く笑声喝采で盛り上がる中、竹島は横で物々しいエンジン音を止め、降りてこちらに向かってくる。


「お~う、お疲れ~」


「おうでっけぇな~竹島~」




「お前が束岡かぁ~!」


「お前が竹島かぁ~!」




 双方の顔がニヤつき、真也の方から問いかける。


「どうする~? 俺は別にやってもいいけど~」


「俺も良いよ~?」


「じゃあやるか~?」


「待て待て待て!」


 二人の総意が一致した所で、竜村兄が間に入る。


「俺も色んな所ブッ潰して、色んな奴見てきたけど……お前ら二人がやり合ったらどっちか重症じゃ済まねぇぞ?」


「ふむ……」


「う~ん」


「取り合えず、こんだけ楽しく皆で話してんだから、うちらと遊んでこうぜ!」


「おぉ~、いいね!」


「っしゃ、やろうぜ!」


「っつうわけで、皆ドッチボールで勝負だんのやろぉおおおおおあああ!!」


「「「ッシャオラァアアアアアア!!」」」


 ギャラク内の皆が賛同し、熱意込み上げて盛況の波が巻き起こる。真也も甲子園まで行ってピッチャーの4番やっていた父親からドッチボールを教わっていたため、自信に満ちた表情で賛同の声を張る。


 こうして竜村兄の提案により喧嘩ではなく、皆でチーム分けして大人数でのドッチボールが始まった。その名も、“アヤメティックボルト”。






つづく

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