第一章②:統率気孔(とうそつきこう)
基宮との対戦によって真也の強さと印象が噂で学校中に広まる。校長は警察沙汰にしないようにした。その一週間後には父親が退院するが、その後もみるみる痩せ細っていく。それを見て真也は怒りと悲しみを訴える。
「おい、そんなんじゃ戦えねぇじゃねぇかよ!」
父親は自己流の喧嘩、真也は組手で対戦する。父親は鳩尾から胃の辺りまで手術の跡が付いている。父親は仕事と真也との組手をこなすも、何を食べても吐いてしまい、ゲェゲェと痩せ細っていく異様さにある日真也は問い詰める。
「親父、何でそんな吐いてるんだよ。胃の中の腫瘍が下の方までいってて、それが摘出されただけでそんななるのかよ!? 何で腹かっ捌かれた跡があんだよ!?」
「……」
「お父さん、もう話しますね」
「……」
「あのね真也、お父さん……胃にガンができちゃって、その……余命があと半年なのよ」
「……は?」
「お父さんね、前に病院で手術したでしょ? それで胃を摘出したりと色々やったんだけど治せなくて、その日がら余命あと半年なのよ」
「……おい、親父どういうことだよ!!」
「真也落ち着いて、気持ちは分かるけどーー」
「わかんねぇよ!!」
「っ!?」
「わかんねぇよ……、何でそんな大事なこと俺に隠した? 知らないうちに倒れてたってなったら理解できて丸く治まるとでも思ったのか? あ”ぁ”!?」
「いやそうじゃなくて……」
「じゃぁ何なんだよ……バカな俺に分かるよう説明しろよ! な”ぁ”!?」
真也は母親の胸ぐらを掴んで吊り上げ、必死に吠える。それをよれよれになりながらも父親が真也の肩を掴んで引き剥がす。
「やめろ真也」
「親父は何でそんなことになったんだよ……全っ然わかんねぇよ!! 俺を散々ボコボコに殴りやがって……やり返される前におっ死ぬつもりか? それが礼節を重んじる人間のすることかよ!? ふざけんな!!」
「……、なら今の俺を倒してみろ。喧嘩流とはいえお前にはまだ負けん」
「そんなヨレヨレな奴を相手するか馬鹿! もう知らねぇよクソ親父!!」
ごみ箱なり周囲の物に当たり散らしながら部屋へと戻る。
「お父さん……」
「放っておきなさい」
「でも……」
「あぁなることは分かっていただろう、暫くそっとしておきなさい。物に当たっても無視しろ、だがお前や食事に当たった際には俺に言いなさい、前のようにまた躾てやっから」
「お父さん……お父さん……」
「お前まで泣くなよ、ったく……これじゃ安心して寝れないじゃないか」
「その身体で何言ってるのよ! 私だって、私だってあなたのことをーー」
「分かっている、辛い役目をさせて悪かったな」
真也がベッドで横になっている部屋の床に、夜中の間暫くは呻き声が響き続けた。
翌日の朝から真也は物に当たり散らし、食事や起床の挨拶だけは目を剃らし力みながらもきちんとこなしていく。支度を終えるとそそくさと玄関へから鞄を持って出ていった。
「あなた……」
「俺や道場から礼節を仕込まれただけあって、あれでも大人しく治まったもんだ。あいつも心ん中で踏ん張ってるが、まぁ学校ですぐ当たり散らすだろう。俺と同じで基本的に他人に容赦が無いからな……、うっ……うぉるぉろろろろ!」
「あなた!! 無理に喋らないで、ほら洗面所行くわよ!ーー真也……」
父親の想定通り、真也は学校中当たり散らし、目が合っただけの生徒に学年問わず顔面に一発拳を叩き込んでは被害者と周囲に恐怖を植え付けていった。
学校中に恐怖が充満していく中、一人の男教師が真也の元へ歩いてきた。
「ちょっと君、私の前に立ってくれる?」
「あぁ!? 誰だてめぇは!!」
「もう忘れたのかい? 君のクラスの担任、縄克一なわ かついち先生だよ」
本来数年で別の学校へ異動する人が多いのだが、縄先生は11年この中学校に勤めている。その理由としては、こうした不良の集まりを上手く束ね、教育させることの出来る当時唯一の人材だったからである。
縄先生とは、相手を痛め付けて分からせるのではなく、その強さをゲームや色んな形式で伝えて相手の純粋な心を引き出す達人である。
とある授業の最中、一人の女子生徒が手を挙げる。
「先生……、ちょっと具合悪いので保健室に行ってきます……」
「ん? 生理痛かい?」
「は、はい……」
女子生徒は恥ずかしそうに小さく呟き、続いて男子生徒一人も片手を挙げる。
「俺も、下痢気味でお腹痛くて……」
「そっか、じゃあ二人ともこっち来てごらん。痛みを治してあげるから」
「……え? 先生が?」
「そう、いいからこっち来てごらん」
生徒二人は不安ながらも言われた通り教卓の前に来て立ち止まった。
「じゃあそのまま立っててね、今から先生の片手をお腹に添えるからじっとして」
「は、はい」
縄先生は先に女子生徒のお腹に数ミリ間隔が空いた位置に右手を添え、静かに力強く息を吹き出す。
「……はぁ~~っーーおし、真也! 今手を当てたこの子の背中を触ってごらん?」
「え、俺?」
「いいから」
「あ、あぁ……」
真也は不貞腐れながらも女子生徒の後ろに立ち、その子の背中に手を当ててみる。すると、真也は驚愕し一瞬で背中から手を離す。
「あっっっち!?」
「「「えぇ!?」」」
教室内の生徒は一斉に立ち上がる。
「ほら、みんなおいで~」
生徒達は並んで順番に女子生徒の背中に手を当てては、真也と同じ反応し一歩下がる。その間も縄先生は男子生徒に同じように手を当てる。そして全員が触り終わった後、その男女二人の生徒が驚いた様子で先生の顔を見る。
「先生……お腹痛くない」
「そうかい、良かったねぇ」
「えぇ!? 先生、一体何をやったんですか!?」
真也が率先して縄先生に聞く。
「ふふふ、これはね、気を送ってるんだよ」
「……気?」
「そう、気。この子達の背中暖かくなったでしょ? これは先生の気が通過したからなんだ」
「気が通過……?」
「ははは、ピンと来ないと思うけど、要は体内の見えないエネルギーを送ったのさ。人の身体は、通過した気の力を倍に増幅させる楽器のアンプみたいなものなんだ。その熱で血行を良くして痛みを治したってわけさ」
「す、すっげぇええええ!! そんな漫画みたいな事できるんですか先生!?」
「やべぇよ先生……すげぇよ先生!! 気って本当にあったんすか!!」
「あるよ~、長年の修行が必要だけどね」
縄先生はこの中学校の教師であるとともに、太陽塾という合気道の師範である為、人間離れで非現実的な力を会得しているのであった。
真也は運動神経の良さから、様々な運動部からスカウトされるも全部断っていた。団体競技に興味が無く、空手をやっているため他の競技に興味がなかった。そんな彼は縄先生の気の力に惹かれて数日後、縄先生が顧問を勤める合気道部へ入部するのだった。
ある時、問題児の集まりである1ー1教室前の廊下にて縄先生から呼ばれ、唐突にとあるルール形式の勝負を申し込まれる。
「唐突に呼び立てて悪いねぇ、ちょっとしたゲームをやろうと思ってね」
「ゲーム……?」
「そう、今からお前はここ、知ってると思うけど鼻の下のここ急所ね。そこに正拳突きを叩き込むんだ」
「え、えぇ!?」
「で、どんなフェイントをかけてもいい、いつでも打ってきていい。ただし、必ずここに拳を入れること。いいかい?」
「え、でもそんなことやったら縄先生やられちゃいますよ……いいんですか?」
「あぁ、心配ない。全力でかかってきなさい」
「わ、分かりました……どうなっても知りませんからね!」
真也は一歩下がって構えた状態で前後にステップし、集中力と全身の温めを行う。それを正面にいる縄先生はニヤつきながら無防備な状態で眺めている。
この時、真也は体重78kgの身長171cmで中学1年生にしてはかなりの体格、その正面に立っている縄先生は体重58kgの身長156cmと相当な体格差が生じていた。中身が完全に逆なのだが、体格が大人と子どもくらいの差で周囲は不安の声が漏れてざわつく。
戦闘準備が整った真也は、全力で距離を詰めてまず左手でフェイントをかける。そして若干下がってからの前蹴りを打つフリをして、再び身体を左右に揺らしてフェイントをかけながら虚を突く機会を伺う。そして隙を見たと真也は内心で奮い立たせながら言われた箇所へ一発打ち込む。その瞬間、鞭打たれたかのような炸裂音が廊下中に響いて周囲がざわつく。女子達も瞬発的に悲鳴を上げる。
周囲がゆっくりと顔を上げていくと、不穏な雰囲気が別の色に変わっていく。その中心にいる真也の全身は凍ったようにピタッと止まっていた。
真也の拳は、尚先生の手の平にしっかりと収まって握られていたからである。
「うそだろ……!?」
「それだけではないぞ?」
「……あっ!?」
拳を受け止められただけでなく、真也の喉元に縄先生の右人差し指が寸止めされていたのだ。そして縄先生は少し真似た声色で静かに言う。
「……お前はもう、死んでいる」
「やっ……やっべぇええええ!! 先生やべぇ! 縄先生カッコ良すぎますよそれーっ! その台詞似合いすぎますよ!!」
「っはっはっは!」
この時、真也の内心にまるで噴水かのように高揚感が溢れて出て、脳内麻薬を抑えきれぬまま尚先生に飛び付く。
「先生! 先生のその強さ、全部俺に教えてください! お願いします!!」
「っはっはっは、いいよ。じゃあうちの太陽塾って合気道の道場で教えてあげるよ」
「ほ、ほんとですか!!?」
「あぁ、いいとも。じゃその前に、ちょっと面白いことやろっか」
「面白いこと?」
「まぁ着いてきなさい」
真也は内なる高揚感を何とか抑えつつ、縄先生の後をついていく。縄先生は各教室へ行き、扉を開けては2~3人呼んで次の教室へ行く。
「はい、失礼しまーす。んじゃ君と君、こっちおいで~!」
「ん? あ、はい」
「なんだろう?」
こうして5クラスから15人の屈強な不良が、廊下にいる縄先生の元へ集められた。そして頃合いを見て尚先生は明るい口調で15人に向けて言う。
「それじゃ、今から皆で力試しだぁーっ!」
「ち、力試し!?」
「何するんすか先生!?」
「ゲームっすか!?」
「はいはい今から説明するからね~、ルールは単純。俺が今から直立して、人差し指をこうやって前に突き出すでしょ? この人差し指に手の平を押し当てて、俺を少しでもよろめかせられたり、間接が少しでも曲がったりしたら君たちの勝ちだ」
「ほ~……」
「そんなの、楽勝じゃね?」
「そしてここからが重要だ、よく聞くんだよ? 君たちの中の一人でもそれが出来たら、皆にジュースを奢ってあげよう」
「えっ!?」
「マジで!!?」
「さぁ、やりたい人は手を挙げてごらん」
「俺やるやる!」
「やりたい!」
「はいはい、じゃあ順番にね。まず君から」
指名された一人目が縄先生の正面に立ち、言われた通りの状態になって尚先生の合図とともに始まる。そして唸り声と気合いが入り交じった声を発し、全身で押し出そうとするも、縄先生は全身はおろか間接すらビクともしなかった。
「くっそぉおおお、何なんだよこれ、全っ然動かねぇじゃねぇかよ!」
「嘘だ~、俺に任してみろ。やってやっから!」
こうして次々と15人が同じように敗れ、真也に番が回ってきた。
「おっし、やってやっからな! 今度こそ絶対負けねぇからな!!」
真也は両手を重ねて縄先生の人差し指に押し当て、15人と同じように全力で体重を掛けて押し込もうとする。すると縄先生は来賓らいひん用に使うようなツルツルのスリッパを履いていた為、微動だにしないまま後ろへ滑っていった。
「カーリングじゃねぇんだぞおらぁ!!?」
「はっはっは、ほら俺自身は全く動いてないぞ、頑張れ~」
「くっそぉおあああああああ!!」
1ー5の教室から1ー1の教室前廊下の奥まで二人で滑走し、奥の壁に衝突した。
「はぁ……はぁ……どうだぁ!?」
「残念だけど、動いてないんだよね~っはっはっは!」
「何だマジかよ……ちっくしょーーいって!?」
真也の手の平の真ん中が少し出血していた、縄先生の人差し指が衝突直後に少し突き刺さったのだ。常人なら、こうまで至らぬうちにどこかしらが動いて即終了となるのだが、首から下が石像みたいに全く動かなかったのだ。一度自信の両手で、右手の人差し指を左手の手の平で押し当ててみてほしい。すると、自信の力だけでも少し動くはず。しかし縄先生は相手の全身を受け止めながら微動だにしなかった、つまりそれほど尋常でない力を秘めているということである。
真也含む16人が圧巻し、悔しがってるところに縄先生がニヤつきながら歩いてくる。
「んじゃ、次のゲームやろっか!」
「くっそ~、次は絶対勝つかんな!」
真也が威勢を発した後に、16人が一ヶ所に寄ってヒソヒソと会議を始める。
「次こそ絶対勝ってやろうぜ!」
「あぁ、俺たちなら次はやれるって!」
「皆で協力して勝とうぜ!!」
こうして16人の中で仲間意識が芽生え、固く結束し徒党を組むのであった。
皆で次の勝負に備えて意思合わせを行い始めた直後、昼休みが終わる余令のチャイムが鳴り解散となった。
「おう、じゃあ5時間目が始まるから皆教室に戻れ~、またやろうな」
「次こそは勝つかんなーっ!」
こうして各々が教室に戻っていくも、創だけは真也の元へ近づき後ろから肩を軽く叩いた。
「なぁなぁ、束岡ってさ……」
創は暫し状態を維持したまま、考える様子で言葉を詰まらせている。そして数分後、再び創が言葉を紡ぎ出す。
「束岡って、昔ポッポって店に毎日のように通ってなかったか?」
「……えっ!? あ、うん通ってたよ」
「だよね! 初めて会った時の事を覚えてる?」
「えぇ!!? っていつの話してんだよ、つかお前誰だよ」
「小4の時に見なかったか?」
「小4……って、確かミニ四駆の大会が始まったときだよな?」
「そうそう! いつもお前大会上位にいたよな、パーツの組み合わせとかよく一緒にやってたよな! 固い握手もしたよな!」
「……あぁ~!! あの時の!?」
二人は感極まって廊下前でそのまま抱き締め会う。
「お前何でこの中学校にいるんだよ!? お前違う学区だろ?」
「いやぁ、3年の繁樹君ってやついるだろ? 俺あいつと幼馴染みなんだよ」
「おぉ、俺あいつとは入学式の時に絡まれてさ、俺も幼馴染みなんだよ」
「マジで!? 俺その繁樹君がこの中学に来るって聞いたから来たんだよ」
「そうだったのか~、良い巡り合わせだな~」
「だな~、んじゃあちょっと話合いでもしようぜ」
二人はそのまま5時間目の授業をサボり、体育館裏でタバコをふかしながら座ってのんびりと数時間かけて思い出話に浸るのであった。
ー
ーー
ーーー
彼らが出会うきっかけとなった小学4年生の夏、ポッポという名のオモチャ屋での出来事である。当時、真也は小学2年生の頃から毎日ミニ四駆が入ったボックスを持って通っていて、色んな学校から集まった200人規模の小学生の大会で常に上位入賞していた。その店での大会で彼の成績が良い理由は主に2つ。
1つは彼自身とても手先が器用で、針を使って折り紙で鶴を折れる程で周囲から天才肌と言われていたからである。
そして2つ目は、彼の祖父母が以前述べた通り大手会社を運営している為、会う度に毎回1万円貰っていて各部品おおよそ600円なので買い足しに困ることがなかった。
当時開かれた大会の賞品はチケットで、優勝5000円分、準優勝4000円分、3位3000円分、4位と5位が1500円分と用意されていた。その為、毎年白熱した大会が開催される。
真也が毎日通いつめて2年の月日が経った夏、その店で恒例の大会が開かれ彼はまたあっさり入賞し
、少し離れた席に座ってミニ四駆の本体と部品が入ったボックスを開けて組み立て始める。そこへ創はじめという同い年の少年が隣の席に座って声を掛ける。
「ねぇ、今度は何つくってんの?」
「ん? △△だよ」
「へ~、君いっつも大会で入賞してるよね。どうしてそんなに強いの?」
「店主にいつも教えてもらってるからな~」
「いいなぁ~、俺にも教えてくんね?」
「いいよ~」
こうして約1年間、二人はミニ四駆を通じて毎日店で会っては一緒にミニ四駆を走らせたり組み立てたりで遊んだのだった。
ーーー
ーー
ー
そして仲間達や縄先生と数日過ごしていくうちに、別クラスながら仲間皆1つのクラスに集まって談合や昼食を取るようになり、真也は徐々に明るさを取り戻していく。
次第に徒党を組んだ真也含む16人のメンバーの内でそれぞれ番号を設けるようになった。表のリーダー各である創はナンバー1、そこから14人順番に番号がが割り振られ、一番強いとされる真也は“裏番”と呼ばれるようになった。何故なら彼が首を突っ込むと惨事を引き起こしかねないからである。そのため基本的に動くのは表の15人で、いざとなれば裏番が動くという役割を担っていた。
真也は主に、仲間に戦い方を教えていた。戦いにおいては何を使ってもいいと、どう使えば勝てるのか、どう役割分担すれば勝てるのか等を伝授していた。そうして組織的意識が定まって数日が経った頃、とある昼休みに集まった時に創の口から真也について話題を振る。
「そういえばさ、知ってるか? 俺が小学6年の卒業式で校長が言ってたんだけどさ、真也君について各学校の全校集会で注意換気されたんだよ」
「あ、俺も俺も~」
「言ってたなぁ、そういや~」
「よく覚えてたな」
「あったりめぇよ、中々そんなの言われないだろ普通」
「え……何、じゃあ俺のこと皆元から知ってんの!?」
「そりゃあなぁ、基宮の件もあるし知らない奴はもういねぇだえろうな」
「そうか……まぁ、今は落ち着いたよ、皆のおかげでな」
つづく
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