指切り殺人事件犯人の葛藤

永風

犯人の憂鬱

「やっちまった……」


俺も別にやるつもりはなかったんだ、ただちょっとびっくりさせてやろうぐらいのつもりだったんだ。

それがまさかこんなことになっちまうなんて……。


 「とにかく止血しないと」

そんなこと無駄だと思いながらも一応の応急措置を施した。

この時俺は冷静さを欠いていたのだろう、そうでもなければ俺みたいな一高校生が手袋まで使って隠ぺい工作なんてするはずがない。


 「あとは凶器か」

今回の事件の凶器となった包丁に付着した血を跡が残らないよう念入りに洗い、元通り洗面台の上に置く。


 「次は現場の状況を綺麗にしておかないと」

あまりの痛みに暴れたせいでぐちゃぐちゃになってしまった今回の事件の現場である台所を、俺は一切の乱れなく何事もなかったかのような綺麗な状態に戻す。


ここまで淡々と事件の隠ぺい工作をしてきた俺だがここで重要なことに気づく、

 「隠ぺいしたことがばれた方がヤバくないか」

ここで俺は人生最大の選択に迫られれることになった。


事件を起こしたことを正直に言うべきか、

事件を起こしたことを最後まで隠し通すか。


俺はこんな事をしちまったなんて絶対に誰にもばれたくはない、でもばれた時にどっちの方が恥ずかしいことかなんて火を見るより明らかだ。そもそも人としてこの事件を隠すということは絶対にやってはいけないことだ。


でもこの事を言ってしまったら周囲の俺を見る目はどうなる、まるでごみ屑を見るような蔑んだ目を向けられ続けるに決まっている。

両親もこの事件を隠そうとはするだろうがそれも野次馬どもの24時間に渡る毎日の訊きこみには到底敵わず、遂にばれた暁には両親までもが後ろ指を刺されることだろう。

そんなことになれば両親はヤクザに野次馬どもを抑える事を頼み込み、その代償のケジメとして指を切ってしまうだろう。


俺だけが味わうべき苦しみや痛みを両親までもが味わう事だけはあってはならない、そんな事になってしまっても俺は指をくわえてただ見てるだけなんて本当に嫌だ、俺は昔幼馴染に嘘をついて泣かしちまったときにもう嘘なんてつかないと指きりまでして約束したんだ。


俺は決心した、包み隠さず正直に真実を伝え誰にもこの事件には指一本も指させないと。


今まではめていた手袋を取り母のもとへ向かう、自分の犯してしまった罪の意識が曇天の空模様のように俺に暗く重く圧し掛かってきたがそれでも辞めるわけにはいかない。


俺は意を決して母を呼ぶ。

「か、かあさん」

勘当されもう呼べなくなってしまうかもと思い、どうしても声が震えてしまっていた。


「どうしたんだい?」

何にも知らない母さんの後ろ姿は俺の心を落ち着かせてくれる、大丈夫だと。指汚なしとて切られもせずというように、身内の者はどんな悪人でも縁を絶対に切らないというじゃないか。


俺は大きく深呼吸して、言葉を紡ぐ。

「りんご切ってたらさ……」


俺は息が詰まり涙声になりそれでも強引に溢れそうになる感情を押し戻して、平静な面した仮面を被る。手袋を外し露見した動かぬ証拠を母さんの方に見せながら最後の言葉を搾り出す。

「指切っちゃった」


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