第8話

じっと視線を感じる。高校時代からずっと視線を感じていた。近寄らないでくれと同級生との壁を作っていたのに毎日飽きずに挨拶やノートを持ってきて声をかけてくる。うんざりしながら、曖昧な返事で返してきた。卒業して会うこともないと思っていた。まさか警察官になっていたとは思うだろうか。運動神経は良かった。ドジではあるがほわほわした子だった。

「まさか警察官になるとはね」

暮松の呟きにふっと鎌ヶ谷が笑う。

「お?何?好きだったのか?」

がんっ!と前の運転手席を蹴る。

「おいおい、蹴るんじゃねえーよ。俺も驚いたけどな」

助手席に座った佐伯がノートパソコンから視線をあげた。彼は暮松からスマホを預かり何やらやっている。

「知り合いだったんですか?」

「まあな、事件に巻き込まれてな」

「俺が関わった事件に巻き込まれたんですよ。それなのに警察官なんて……呆れた…」

別世界に一人いっている顔面に手のひらでグイッと掴み避ける

「帰ってきてください、穴が開きます」

グニュと頬を抓る。1秒2秒……。

「痛いです」

「おかえりなさい。痛くしてるんだ痛いですよ」

「ですよね。懐かしいです。少し初めてあった頃を思い出してました」

「その為に僕をじっと見るのやめてくれませんかね?」

ぶわっと体温が上がり真っ赤に染まる感覚がわかった、恥ずかしくて俯くしかない。

暮松を見ることが無意識に癖になっているのだ。

「それより目的の場所に着くぞー」

「その前にコンビニで飲み物買っていいですね。一息入れようとしたら連れ去られたので」

「しゃーない.了解」

こてんと肩に重みが載せられた。

「うん、なると思ったよ柳田さん」

深くため息をついた。昔から眠くなると人の顔をじっと見る癖は変わっていないようだ。



そして、学校になれ、友達もできて仲間と一緒に行動するようになって楽しいと感じた。でも、クラスで一人浮いている淡々と空を眺める彼がとても、孤独で辛く重いものに見えた。

楽しそうな声をどんな気持ちで聞いているのだろう。そして、何を考え空を眺め、何をつしているのか。

「夕貴、いるか?」

「幸村さん……」

突然現れたスーツ姿の男性。親しい仲なのか暮松を名前で呼んだ。

学校では見かけない人だった。

「誰?知り合いみたいだけど…」

親友がヒソっとつぶやく言葉に同感した。幸村と呼ばれた彼を呼んだ暮松の声は鬱陶しそうだ。

「刑事ですよ…手を出すと公務執行妨害で逮捕されるよ…で?なんです?」

手を軽くあげ無抵抗です。とアピールしている。

幸村はそれにプハッと笑ってみせた。

「殴らなきゃ逮捕しないよ…知ってるでしょ?馬鹿」

「はいはい」

そう言って手を出すとポンと茶封筒を手の甲に起きため息を吐いた。

「ごめんな!こんな所まで来て事件資料なんか」

「幸村さんならいいですよ。その代わり今度おごってください。タダ働きなんですから」

「ごもっとも!助かる!たまには松雪さんにも顔出しなよ。心配してる」

「分かってます」

そっとつぶやく声は届かなかった。でも、ニコッと人のいい笑顔を見せると髪の毛をグシャッと搔き撫でた。

「存分に悩んで答えを出せばいいさ。お互いいい大人。20歳と30に片足突っ込んでる大人なんだから。答えは出る。それ、目を通しておいてね」

そう言い残すと足早にその場を去っていく。一連の流れを見ていたクラスメイトと匂いを嗅ぎつけたのか隣のクラスの山崎は唖然と見ている。

暮松は茶封筒を撫でながらゆったりとした足取りで席に戻ると大きなため息を吐いて机に顔を預けて強く白く、手の色が変わるほど握っている手がとても痛そうで心の悲鳴だと思った。本当は警察に協力したくないのだろう。

紗英はゆっくり近づいていく。親友二人は止めようと手を伸ばしかけ何を思ってかその手を止めると心配そうにこちらを見ていた。

構わず暮松の席の前に立つ。

「柳田さん……ごめん、缶コーヒー買ってきて…あと、放っておいて欲しい」

曇った声でそう柳田に告げ大きくため息を零し、ブレザーから小ぶりな財布を取り出し千円を取り出した。

「分かった」

差し出された千円札を受け取り足で一回の廊下の角にある自動販売機で注文された缶コーヒーを買うと急いで教室に戻り、そこは以前のように、時間が止まっていた。

紗英の足音だけが教室に響き、異質な空間となってしまっていたが、暮松は体を起こすと辛そうに顔を歪め手を出した。

「ありがとう……お釣りはいいよ。あげる」

受け取って机に置くと片手でクリップを開けると一気に飲み干してカンッと軽い音が全員の鼓膜を震わせ、それが合図かのように授業開始の鐘が鳴りパタパタと席についていく。

「空が赤い」

紗英も席に着こうと背を向けると彼はそうつぶやく。

それはどいうことかと聞きたい。タイミング悪く担当教科の教師がやってきてしまった。




翌日の朝、教科書類を机にしまっているとコツンと何かにぶつかった。取り出して見ると、紗英がよく飲んでいるメーカーのレモンティーだった。

他のクラスメイトも同じように飲み物を取り出していた。同じ人もいれば違う人もいた。

誰がこんなことをしたのかと思った。私はふと暮松に目を向けた。視線を感じたのか彼が私を見てふわりと笑った。

「毒や異物は入ってないよ。昨日迷惑かけたからそのお詫びだと思って。これからも警察が来ると思うけど許して欲しい」

そう言った彼は再び空を見始めた。

私は入っていたレモンティーを見つめた。親友の飲み物を見るとミルクティーといちごみるくだった。

それは私たちがよく好んでいる飲み物だった。周りで見て居ないようで見ている彼は一体どんな人生なのだろうか。しかも全員の好みを把握しているということは彼のどこかにもう一つ目があるのではないかとも思った。

空が赤いと呟いた時、あの時の彼は母親を思い出して居たのだろうか。周りが真っ赤に染まっていたと言っていた彼は赤が苦手なのだろうか。あれは恐怖の色なのかもしれない。秘密の多い彼を助けたいと何故か思った。

気がつけば、警察に関する資料を読みあさっていた。自分でも恐怖するぐらいに、そして、私は………。


1秒でも早く、彼の近くへ。



「ねえ、ねえ、!柳田さん!」

少し高めの男性の声に強く呼ばれた。ぼやけた輪郭の中、キラリと存在を示す赤い光。焦点が合ってびくりと体を動かし大きく体を起こす。

「え!!うぁぉ!ごめんなさい!寝てました!」

気がつけば、暮松の方に寄りかかり眠っていたようだ。一気に体の熱は上がった!

「相変わらずですね。初日から寝るなんて、馬鹿ですね」

「ば……うう、すみません、おっしゃる通りです」

ホアンと頭に逆鱗を起こした鎌ヶ谷の顔が浮かびブルリと体を震わせる。

「まあ、怒られはしないと思うけど気をつけたほうがいいよ」

そう言われて胸をなでおろす柳田だったがピクリとする。

(彼がそう言ったからって、本当にそうかわからないっ!!)

基本暮班はそう言う事に関してはゆるいのだがまだ、知らない。

「あれ?鎌ヶ谷さんと佐伯さんは?」

「店内」

暮松の指が指した先はコンビニだった。

「喉乾いたついでに、熊谷さんのおしゃぶり買いに」

「おしゃっ?」

「タバコ」

タバコを吸うジェスチャーをした暮松に納得した柳田は顔に変な跡がないかコンパクトな鏡で確認する。

一方店内では熊谷と佐伯が店内の飲料を物色中だ。

「それにしてもあの彼、興味なさそうですけど。事件に関わらせていいんですか?」

緑色のカゴを持ちブラック缶コーヒーを片手で二缶手にした鎌ヶ谷は動きを止めた。

「あーいつもあいつは人に無関心なんだ。調べただろ?あいつの事」

「さらりとですけど」

あれは残忍としか言い難い当時一桁の年の少年が出くわすものではない。

「彼奴は人間が信じないし恐怖なんだ。この世で怖いものは人間だけだ幽霊でもない。人間は鬼に化け人を欺き、あざ笑う、これ言ったの推定15のとき、中学の卒業式」

手にした、缶のココアを落としそうになり、手の内で何回かバウンドさせ落ち着いた。

「え……」

「まあ、そうだわなとしか言えなかった俺は子供か……」

いくらなんでも精神年齢が高すぎて怖い。人間は鬼にだというけれど。化け物かとすら思った。

「本当の年齢分からないと言っても15の言葉ですか?」

困惑した声で発した佐伯はポツンと立ち止まる。そんな佐伯を気にすることなく暮松が言っていたレモンティーを手に取り、サンドイッチを四つカゴに放り込んでいる時、佐伯が近くに来た。

「壊れなくてよかったとは思います。けど、それは……」

「それ以上言うな。俺も分かってる。でも、覚えとけ、彼奴は当時発見された時の年齢で止まってもいる」

佐伯は何故か目頭が熱くなるの感覚を覚えた。

感情が一人で歩いて暮松夕貴という人物を壊しているのかもしれない。彼は孤独だったのかもしれない悲鳴をあげたいと思っていてもあげられなかった。

すでに壊れているのかもしれない。そう思えてならなかった。



被害者は二週間銀行の行為で休みをもらっていて自宅にいた。顔色も良く見え、事件後の恐怖を感じさせなかった。

「お伺いたいことがありましてご協力ください」

「刑事さんたちにはもう話してあるんですけど……」

鎌ヶ谷は苦笑いを浮かべ、ボリボリと頬をかく。

「俺たちは今日から他の連中とは別で捜査する事になったので改めてお伺いたいのですが」

納得してくれたのか、自宅内に招き入れてくれた。

子供がいるのか、小さな靴やおもちゃが玄関に置かれて温かみを感じさせた。

「可愛いお子さんですね!」

柳田が頬を緩ませて被害者中嶋芳正に言うと本人も嬉しそうに笑った。

「そうなんです。念願の子供でして可愛くて仕方がないんですよ」

暮松は何かを探すように中嶋芳正の顔をじっくり見ると目を細め、ゆっくりと瞼を下ろした。

「ああ、刑事さん、お茶を入れますね」

「刑事さん、彼女は中嶋夕美です。夕美、お茶を五つ頼むよ」

「ええ、分かったわ夕美です。お世話をかけております」

キッチンへと姿を消す彼女の姿にさらりと見た暮松はため息をついた。

「暮松どうしたんだ?」

暮松のため息に鎌ヶ谷が気づいたが首を振られた。

「どうぞ、おかけになってください。あの、鎌ヶ谷さんのお名前を伺いましたが他の三人の方のお名前を伺っても?」

あっと声を出した、佐伯はあわてた。その行動に暮松は笑ってしまった。

「笑わないでくれませんか?」

「すみません、あなたでもそんな行動をするのかと思って……」

本当に可笑しそうに暮松は笑う。

「佐伯信乃と言います」

「私は柳田さえと申します。名乗り忘れて申し訳ありません」

頭を下げた二人に手を振って否定した。

「いえ、名乗る前にこちらが、口を挟んだのでお構いなく、………そちらの方は?一見刑事さんには見えませんが」

暮松の服装は真っ黒な私服。他の三人のようにスーツではない。

「暮松夕貴と言います。見た目通り、警察に籍を置くものではありません。協力者と思っていただければ」

「そうですか」

ぎゅっと手を握った中嶋芳正。その様子を見てパチクリさせる暮松。

「何をそんなに、緊張しているんですか?」

「いえ、そのえっとなんと言いますか………」

「疑われるのが、怖いんですか?」

「ちょっ、それはあんまりだ。被害者なんだぞ!暮松夕貴!」

「フルネームで呼ばないで、呼ばないでくださいよ。佐伯信乃さん」

「おまっ……」

「お前ら!喧嘩はよせ!中嶋さんすみません騒がしい連中で……」

いかにもお恥ずかしいと言う風に言う鎌ヶ谷は苦笑いをみせた。

(本当は恥ずかしいとすら思ってもいないけど)

心のうちではべえーと舌を出していたりもする。おっさんである。

「いえいえ、仲がいいのはいいことじゃないですか。な、夕美」

「そうですよー。警察って真面目で気難しいイメージがあったものですからみなさんを見ているとそうでもないのかなって思っ他くらいですよ」

「そう言っていただけると助かります。どうかリラックスして当時のことを話してもらえれば幸いです」

ちょうどお茶を持って来たニカっと笑ってみせた鎌ヶ谷を横目で見てうえーという顔を表でみせずに裏でみせていた暮松の足を思いっきり踏みにじり、声にならない激痛に悶絶して、手で顔を覆いながらお茶を置いている夕美を見ていた。

「事件があった日は大口の取引があって大量にお金が入っていた日でした。日頃のプレッシャーと疲れなのかお腹の調子がすぐれなくてお手洗いに席を立ってお腹が落ち着いたので手を洗っていたらいきなり従業員専用の扉が開いて……」

カリカリと柳田が概要を簡単にメモ帳にまとめていく。佐伯は中嶋芳正の証言を既に出来上がっている資料と矛盾点がないか確かめている。

真剣な顔で聞いているその横で興味なさそうに中嶋芳正の後ろにある庭を見ていた。

「フルメットを被った。男の人が入ってきて拳銃を突きつけられました」

「身長と服装は?」

鎌ヶ谷の問いかけに、思い出すようなそぶりを見せ首を傾げている。

「ええ、と丁度暮松さんと同じ高さでした」

中嶋芳正の答えに暮松の腕を掴み立たせた。

「暮松の身長は176センチであってたか?」

「はい」

「佐伯、伊吹洋一の身長は?」

「179センチですね」

「あってますね」

頷き合った四人は嘘をついていないと確信し合う。

暮松は座りながら鎌ヶ谷の背後に手を回し、柳田の裾を引っ張っりトートバックの中身を指した。

柳田は暮松が指した中身、タブレットに電源を入れパスワードを入れ事件資料を液晶に表示させてから手渡す。

「ありがとう」

ふわっと笑った暮松に顔を赤らめた柳田に佐伯は少し冷たい目を向けた。

「銃を向けられて、金を用意するように言われて。その時怖くてそのあとどうしたか余り覚えていないんですけど。多分私が男の人が用意したカバンに詰めたと思います」

「他の人たちからもそう出てます」

不安そうにしている中嶋芳正にそういうと、一息いれるためにゆっくりお茶を飲むと釣られたように中嶋芳正もお茶を口にする。

一息入れて落ち着いたところで容疑者の名前を出した。

「容疑者として上がっていた伊吹洋一とは面識は」

佐伯は鎌ヶ谷の言葉を受け事件資料から伊吹洋一の写真を表示させ中嶋芳正にみせた。

「いいえ、ありません」

「そうですか。他と、証言は同じようなのでこれで失礼します。ご協力ありがとうございます」

「いえ、余りお役に立てませんで」

「あーあの、質問いいですか?」

「はい?なんでしょうか?」

切り上げようとする刑事たちをよそに黙っていた暮松が口を開いた。

「事件資料にはネイディーアーズという会社との取引とありますが知っていたのは?」

「私を含めた支店長と副支店長の三人です」

「わかりましたありがとうございます。あともう一つ。高校はどちらのご出身ですか」

「呉王大学付属高校、普通科ですが」

「大学は?そのまま呉王大学ですか?」

「ええ、そうです」

「そうですか、下らない興味に、答えてきただきありがとうございます」

暮松はふわりと笑った顔で礼を述べるといえいえと首を振った。

「ご満足いただけたならがいません」

「それでは失礼させていただきますね」

鎌ヶ谷が、場を仕切るといそいそと足早に中嶋夫妻の自宅から素早く姿を消す。

今度は佐伯が運転する車で、今日の暮松が付き合う日程を終えたので自宅に戻る道路を走る車の中で鎌ヶ谷が口を開いた。

「それで?何故他人の経歴に興味を示さないお前が被害者に出身校を聞いたんだ?」

「と、言われましてもね。事件資料にも書いてなかったので」

「それは巻き込まれただけの方なのでそこまで詳しくは聞かないと思いますよ先輩」

さも当然という風に答える暮松に不思議そうにする柳田。

「そうですね、でもつながりは一応見つけました」

暮松がさらりと言った言葉に助手席に座っていた鎌ヶ谷が思いっきり振り向いた。

「首痛めますよ」

「んなっ事はどうでもいい!何が繋がったんだ?!」

「出身校がつながりました。被害者と容疑者の」

「繋がったところでなんなんですか?」

苛立ったよう佐伯が疑問を投げける。

「これは独断で行われた犯行ではない可能性ですよ。専用の通路にあるお手洗いに入る場合。最近の銀行は通用口は暗証番号が必要ですから」

あ!と声を上げてドンっとガラスを叩いた。

「事件資料にはお手洗いとしか書いてません!」

悲鳴に似た声で確認していた柳田は声を上げる。

「殺された時点で気づいて欲しいね」

「俺らは行員の中にいるとは思っても見なかったんだよ!」

「中嶋芳正さんははじめの聴取で専用なんて言ってません。言っていたら書いてますよね」

途方にくれた声でそう呟きため息をついた。

佐伯は何を思ってかじっとバックミラー越しに暮松を見ていた。

「佐伯さん、お願いが…」

「なんだよ」

苛立ちを隠さず返事をする佐伯に気にせず微笑んだ。

「容疑者と被害者を接点を調べて欲しいんですけど……」

「は?」

発しられた声に気にもとめず空を見ている。

「具体的には?」

「SNSなど、いろんなところ?」

暮松の返答にため息しか出てこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る