第7話

自分の新しい上司鎌ヶ谷の話を何処かでどうでも良さそうな顔で話を聞く暮松夕貴の顔にいや、独特な彼が纏っている雰囲気に目を奪われる。目を奪われるのはこれが初めてではない。柳田紗英は中学の頃、あれは滅多に雪が降らない東京という場所で記録的な大雪に見舞われた日。

東京の人にとっては大雪だが雪国と呼ばれる地域で暮らしている人たちにとっては何でもない記録かもしれない。それでも東京のいや、他の地域の人達には迷惑な天気だ。

寒空の下、雪がしんしんと降り積もるなかザクザクと雪道を歩いて行く。時折、足が滑りヒヤッとする。

(こんな時に滑りたくないよね)

雪が降ったこの日は高校入試当日で、電車が止まる可能性も考え早めに家を出た。しかし、自分の周りには中学生らしきも姿が見当たらない。

「もしかして、迷った………?」

凍える体に嫌な汗が流れる。当日迷子にならない様、二、三回通って道を確認済みのはずだった。けれど周りに自分と同じような人たちが見当たらない。しかし、見覚えのある大きなビルを見つけ、安堵の息を吐く。

「自分が早く来すぎただけだよ。きっとそう……」

自分ない活かせるようにつぶやくと一歩踏み出す。

が、つるりと凍っていたアスファルトの上に足をおいてしまい滑った。

「うわっひゃあ!」

ドスンという音と、頭が一向に来ない。腹部に何かが巻きついているような感覚がある。

下を見ると。自分のではない男性の足があった。

「……ほら、立って、僕まで滑って倒れる」

肩を掴まれ、立ち上がらせてくれた。

どうやら巻き付いていた感覚は彼が柳田に回した腕だった。

もうもうと考えているうちにこの男性が後ろに来ており、その矢先足を滑らせたようだ。抜かされていたら怪我していたかもしれない。

「あ、あのありがとうございます」

「今、滑っておいてよかったんじゃない?」

「……え?」

「受験生」

男性の言葉に納得した。

「ここら辺だと見かけない制服だしバッチに中学って書いてある、他の同じ制服の子も見かけない。単独で平日にこんなところにいるとなると時期的受験生」

そう説明してくれた男性も学ランを着ていた。年上の大人の男性かと思った。

「まあ、俺も受験生だし」

「同い年!?だったんですか!!」

「………まあね」

そう呟いた彼の声は寂しげで今日のような冷たく冷え切った声と困ったような悲しげで声と共に冷えた瞳をしていた。

どうして、そんな声で答えたか聞こうにも聞いてはいけない気がした。

スタスタと歩いていく姿は大人の男性と変わりなく、大人びた青年だと思った。その時の私はまた、子供じみて青かったのだろう。彼が人には大ぴらかには口にはできない重い過去があるなど思いもよらず、新しい春の香りに手を伸ばし新しい世界の扉を開けた。



春になり、風が木を襲い儚く美しく咲く桜の花びらが舞う。

周りの同学年や保護者は楽しそうに新しい学び舎の前で写真を撮っていた。紗英自身も両親や親友たちと写真を撮り、ドキドキと校舎を眺めると胸が高鳴り嬉しく気分が最高潮になった。

ふと、視線を横にずらした時、受験日に助けてもらった青年が桜の木に手を置き空を眺めていた。

「ごめん、私、ちょっと行ってくるね」

ちらっと目的の彼に視線を向けて隣で話していた親友たちに声をかけるときゃーと年頃の女の子特有の歓喜に沸く。

「たぶん?てか、絶対想像してるのと違うからね。受験の時助けてもらったから改めてお礼言うだけ」

「ああ、滑りそうになって助けてもらった!しかも、歩くペースまで合わせてくれて紳士な子!」

「彼がそうなんだ!言ってた通り雰囲気が別格だわ」

「うん、そう、だね……」

あの時の冷たく冷え切った声が今でも、忘れられず、時折その疑問を考える。赤の他人、しかも數十分しか共にはしていない紗英が考えても答えは出るはずもないがどうにも気になってした方がなかった。

そっと足を前に出し彼の元に行く。その間もずっと空を見上げていた。その横顔はあの時と同じ表情だった。知りたくて仕方がなかった。

でも、聞いてはいけないと本能が警告するように心拍が上がって行くのを感じながら声をかけた。

「あの、受験の日はありがとうございました」

話しかけた時、こちらに受けられた目が鋭く温かみのない瞳で紗英を映した。その目に一歩後ろに下がってしまう。何故彼はそんな瞳を見せるのだろうか。

紗英を映した瞳は一度瞬きをすると温かい目で紗英を映す。

「ああ、あの時の、無事に合格したんだね。おめでとう」

こちらに向き直った時、キラリと赤い物が光った気がした。右耳だった。

小さく日光に照らされて輝いていた。

「えっと、こちらこそおめでとう!私柳田紗英です」

人当たりの良い柔らかな雰囲気でにこりと笑った彼は本当に同じ同級生だとは思えなかった。

「暮松夕貴よろしく、同じクラスかわかんないけど」

暮松夕貴と名乗った同級生は寂しそうな困った表情を見せてくれた。

「紗英!!」

友達がタイミングよく声を掛けて手招きする。振り返った私は返事をして暮松夕貴から離れた。

「彼、どうだった?」

駆け寄ると第一声がそれだった。

「どうって言われてもやっぱり同い年なのかなって思っちゃった。彼………冷たい感じがした」

ムッとした顔を親友の二人は見せた。

「感じ悪そうなの?」

ふるふると否定した。

「そうじゃなくて、何というか温かいんだけど一線越えると真冬みないな感じ」

「何それ?」

「よくわかんないよ」

「だよね。私もだよ」

そうだ。これは赤の他人の同じ学校言うだけで、無闇矢鱈と何でも聞いてはいけないものだ。彼自身踏み込んでほしくない問題でそのことが嫌なのかもしれないと思い知りたいと思ったことに扉を閉めた。

けれど、事件は起こってしまった。


夕貴とは同じクラスになった。彼は後ろの席でやはり空を眺めていた。

「ねえ、ねえ、暮松君って年上っていう話知ってる?」

「私も聞いたことある!!でも、本当なのかな?」

クラスメイトがこそこそ話しているが聞こえた。あの時の声が今この場で言われたように耳奥で聞こえた。

『……まあね』

今思えばあの返答は可笑しいと感じた、でも、暮松夕貴はそれに対して否定しなかった。

それ以降クラスや同学年で様々な彼の噂を耳にすることが多くなった。

本当は年上

悪い不良とつるんでいる。

親を殺した

警察によく連れて行かれる

悪い噂ばかりがたった。彼自身、弁解や否定する事はなく。一人席に座ってただ空を見ていた。

紗英はこの噂がどれも本当とは思えなかった。あの時の暖かい笑みを見せることができる彼がそんな噂の事をやるとは思えなかった。

興味本位で聞き出そうとした男子に冷たい瞳を向け何も言わずに視線を向けるだけ。

それは肯定ととる子が多く、廊下を歩いて行くだけで他の子が避けて行くという光景が入学して3ヶ月で出来上がってしまった。

なんども声をかけようと体を向けるとちらりと紗英を見るだけで足がすくんでしまう。

彼を知ろうとおふざけなのか本気なのか新聞部に所属していた男子がパンドラの箱をこじ開けようと噂を彼に持ちかけた。

それは本当にパンドラの箱だった。

「新聞部の山崎っていいますわ、あ、因みに一組な、二組の暮松夕貴君に質問がいくつかあっるんよ!何や君、面白そうな匂いするしな!」

明るいテンションで、話しかけた山崎を視線を向け、目を細め冷たいに瞳を見せた。

「おおっ怖い怖い。そんな目を向けるから人殺しやら何やら噂たつんやで?」

ピクリと頬杖をついていた指が動いた。その反応にクラスメイトはざわついた。

「それで、本当に殺さんたんか?暮松の両親」

「………殺してない。死んだのは確かだけど」

ぼそりと呟いた声は真相を知りたいクラスメイトの静かなお陰で耳に届いた、

「どうして亡くなったん?」

「質問してばかりだね。」

「そりゃあ、そうや。新聞部記者やもん」

疎ましそうに山崎を見る。

「何やどうせ事故かなんかやろ?それぐらい答えたらどうや?」

「じゃあ、情報交換と行こうか?」

「おおーええどーとりあえず質問に答えてくれや」

打ち解けたかのように暖かい笑みを山崎に見せ驚いたように身を少し引く。

「あーごめん、一つ訂正、父親は行方不明のまま姿を消して7年経って死亡届が出された」

「なっ……」

あまりの事に言葉を失う。

頬杖をついたまま身を乗り出した暮松はさらに笑みを深めた。

「あまり、覚えていないけれどねたぶん母親は目の前で死んだと思う真っ赤に染まったからね……ごめんね、僕、その当時の記憶が曖昧でさー犯人捕まってないんだよねー」

教室が冷凍庫のように冷たく手足が凍えるように冷たく感じる。これが血の気が引くという奴かと場違いにもそう思ってしまった。

「な、なんや嘘はいらへんで?面白くもない嘘はナンセンスや」

山崎の言葉に一瞬で冷たい雰囲気に変わった。先ほどの暖かい笑みが嘘だったかのように

「さて、君に情報提供したんだからこちらにも渡してほしいな。俺が幾つなのかと犯人教えてくれると嬉しいけど」

声は柔らかいのに笑っていない。彼にとってこれは地雷だ。

「あーすまんなーその情報はちょっと無理あるわー。わかるやろ?なぁ?」

「こっちは噂はあくまで噂だと思って担任やら教頭先生に対策しなくていい何してほしくないと噂に対して対策してこなかった僕も悪いさ。でも、あくまで噂真実は隠れてるもんだからね。安易に足を突っ込まない方がいい、行きたいのならね」

パンドラだとクラス中が察した。だから何も答えなかったのだ。噂は噂のままの方が人によってはいいこともある。その噂が当の本人に不利であってもだ。近寄らなければ真相を知らなくて済む。

彼自身が蓋をしてくれていたのに私たちの興味が壊してしまった。

彼の抱える問題は大人でも難しすぎる問題で、教師たちも何もしなかった意味や警察に連れて行かれる理由もこの大きな問題。

それから友達が出来た。しかし、悲しそうな顔は継続中だった

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